第五十五話 ラケッティア、思い出分類作業。
大きな旅をすると、取るに足らないものとスゲー重要なものを頭のなかで振り分けるようにしている。
なんで、そんなこと始めたのか分からないが、たぶん旅で得たものを失わないようにするための頭の体操だろう。
フォン・メドフ亡き後、人民執政とか公平親衛隊と名乗っていたエスタブリッシュな連中が元の宰相や伯爵、大公殿下の近衛兵に戻った。
これは取るに足らないものだ。
で、重要なもの。
レンベルフ大公アルブレヒトが飛行艇をポーンと買ってくれた。
元人民執政や元公平聖職長といった連中が慌てて宮廷に尻尾をふり、たぶん裏切られて怒っていると思ったのだろう、大公に多額の現金や領地を納めた。
まあ、機嫌うかがいの付け届けだが、大公は別に怒ってなかった。誰かに対して激怒するには品がよすぎた。それでもおれたちに飛行艇を買うために激怒したふりをした。
そのおかげで金貨百万枚があっという間に集まった。
買い取った飛行艇に積み込むスロットマシンやゴブリン・ディーラーたちの育成のためのもふもふ派遣などあれこれ細かいところを話し合い、総合的なところはセディーリャに任せることにした。
セディーリャにはおれたちと一緒にカジノをやろうと誘ったが、カジノが出来上がったら、また旅に出るとのことだ。
正直、セディーリャがカジノを運営してくれると安心なのだが、その一方で、セディーリャがまた別の場所で面白いラケッティアリングを見つけ出し、それに誘ってくれることを期待してもいる。
まあ、たまにはジレンマに悩んだほうがいい。
もうひとつ重要なものはゴブリンとのスロットマシンにまつわる協定だ。
監督と回収で取り分十五パーセント。
こちらの取り分はゴブリン同士の金融ネットワークで為替にして運ぶ。
カラヴァルヴァ側の代表者、というか代表ゴブリンのアドレスももらったので、ひとまずこの状態で取引をまわしてみる。
それにゼメラヒルダはゴブリンをディーラーにするアイディアにも乗ってくれた。
体はちっちゃいが野心はでっかいゼメラヒルダは自分たちの勢力をもっと拡大するものには貪欲に行動する。
そのうち実質的にカジノを任せるのも考えているが、まあ、そのへんは判断を急がなくてもいいだろう。
重要なものとしては仲間がひとり。
そう、マフィアエルフを目指すポンコツ属性ちゅどん体質のウェティアだ。
いま、おれたちは例の飛行艇をちょいと借りて、カラヴァルヴァに向かっているのだが、飛行艇のあちこちに『ウェティア立ち入り禁止!』の張り紙がしてある。
そりゃお空のなかでどんがらがっしゃん、ちゅっどーん!されたら全員死ぬ。
彼女のちゅっどーん!をどうコントロールしていくのかは今後の課題だが、もっとイカれた連中だって、なんとかなったのだ。なんとかなるだろう。
そして、最大級に重要なものが〈ロミオ〉と〈フリエタ〉だ。
特にロミオ。これでゴッドファーザー・モードはますますゴッドファーザーに近づく。
スラッシュの葉巻工場とは専属契約を結び、タバコの入っていないロミオは独占契約となった。代金はスロットマシンの上がりから差っ引いてもらう。
ちなみにフリエタは独占ではない。
なにせファンクラブがある。マリスそっくりの女の子たちがぷかぷか吹かすから、これはスラッシュのいい収入になる。
しかし、ロミオはおれの独占である。
これまでボス会談なんかをするとワインそっくりの葡萄ジュースや〈命の水〉そっくりのシロップ割りを飲んでいたが、葉巻だけはどうしようもなかった。
いつかはぷかぷか吹かしたいものだと思っていたが、その念願ついにかなった。
あー、見せびらかしたい。ロミオを吹かすところをボス連中に見せびらかしたい。
また、サラザルガで会議でもやるか。
「アレンカも! アレンカもぷかぷかするのです!」
操舵室前の手すりから甲板を見下ろすと、マリスがアレンカたちの前でフリエタをこれ見よがしに吹かしている。
「ダメダメ。アレンカはお子さまだから、まだはやい」
「むーっ、アレンカはお子さまじゃないのです!」
その発言がきこえたのか、船倉の出入り口からミミちゃんが泡食って飛び出したが、アレンカが相変わらずちんまりしたお子さまであることを確認すると、安心したらしくアレンカを追い回し始めた。
ツィーヌとジルヴァも一本試すときかなかったが、マリスはおれがマリスのために選んだという言質を盾に要求を拒み、するとふたりはおれに自分たちにも葉巻をプロデュースしろせっついてきた。
「いやあ、あれはマリスのユニセックスなファッションでやると似合うのであって、ふたりの格好だとたぶん滑稽――」
「なによ、それでもなにか考えなさいよ! 男でしょ!」
「そんな無茶な」
「……マリスばかりずるい」
ずるい、ときいて、しゃっくりしちまった。
これも重要なものに分類されるのだが、ヨシュアのやつ、なんかよく分かんないけど、おれのことずるいやつ認定して、さらに追いかけてくるようになった。
「オーナー、大変だ!」
ジャックが階段口から飛び出してきた。
「なんだよ、ジャック。まるでウェティアが機関室に入ったみたいな慌てぶりだな」
「その通りだ! ウェティアが機関室に!」
「ツィーヌ! アレンカ連れて機関室に行け! ジャックとジルヴァは救命気球の準備! マリスは艫の警鐘を鳴らせ! 総員退艦準備! これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない!」
――†――†――†――
取るに足らないものをひとつ言い忘れた。
ルージンギンだ。
ルージンギンはディウト救出に顔を出さなかった。
行こうと思えば行けたが行かなかった。
で、おれはまあ、損な役回りを買って出た。
ルージンギンが本当は八百長に加担していたことを教えたのだ。
もちろん、ディウトは信じない。
で、おれは一軒の酒場に連れてった。
そこではルージンギンがふたりの酌婦に囲まれて、崖の芋でつくった火酒をあおって、ケラケラ笑っていた。
ルージンギンは全部認めた。
八百長のこと、自分の本心、ディウトを厄介払いしたくて処刑から救出に行かなかったこと。
ディウトは悔しさに涙を流した。
師弟関係は解消され、ディウトは「あなたなんか足元にも及ばないほどの立派な剣士になってみせる!」と酒場にいる全員に誓った。
ああ、きっとなれる。
誰にもきこえていないつもりだったようだが、おれにはきこえた。
こうして、ディウトは弟子の命を助けるためにおれを刺したルージンギンのもとを去った。
そのときのルージンギンほど、晴れ晴れとした顔のやつは見たことがない。
そのときのルージンギンほど、うまそうに酒を飲むやつもまた見たことがない。
以上、取るに足らない話だ。
レンベルフ公国 ソードマンズ・ブッキーを殺した男編〈了〉




