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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
レンベルフ公国 ソードマンズ・ブッキーを殺した男編
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第四十七話 ファミリー、抗争その二。

 リヴォンブルクの銀行家一族フガリウス家の総帥オットー・フォン・フガリウスは唸るほどカネを持っていたが途方もないケチで評判だった。

 きっとなにかの役に立つだろうと道に落ちていたがらくたを拾い集めて、執務室をいっぱいにし、部下が契約書の写しを間違えて羊皮紙を一枚無駄にしようものなら烈火のごとく怒り、クビにしてしまう。


 そんな彼にとってつらいのは給料日であり、行員たちに給料を支払うときはまるで我が子を奴隷商人に奪われた母親のごとく涙を流した。


 それ以上につらいのは預金が引き出されることだ。

 彼はカネを預かった瞬間から、そのカネは自分のものだと思い込む悪癖があった。とはいえ、この悪癖は銀行家全てにある程度まで共通するものであったが。

 部下に対しては預金をおろしに来た客に対してはなにがなんでもカネをおろさせるなと厳命し、預金者にカネをおろさせないための分厚い手引書をマニュアルを自ら作製し、あの手この手でカネをおろさせなかった。


 横領した部下には殺し屋を差し向け、利子と新規預金者の数をめぐるジレンマに心張り裂けそうになり、気分が悪いと頭取室の隠し扉を開き、そこに敷き詰めた金貨の海を眺めることで自らの魂を救済した。


 トントンとノック。


「入れ!」


 彼は決して「どうぞ」とか「お入りなさい」とは言わない。


 支配人が額の汗を拭きながらやってきた。


「あの頭取」


「なんだ?」


「フォン・メドフ子爵の代理人の方がいらしています」


「そうか。お通ししろ!」


「それが――」


「分かってる、分かってる。新規の預金だろう?」


「いえ、預金を引き出したいとおっしゃっています」


「なに!? いくらだ?」


「金貨で三万枚です」


 フォン・メドフのクソジジイめ! おれに預けたカネをおろそうとはどういう了見だ?

 ちょいとクーデターがうまくいったからって、おれさまのカネに手をつけてもいいと思ってるのか? おれからカネを取ろうとするやつは誰であっても許さん。


「よし、そいつらをおれの部屋に連れてこい。預金の引き出しを阻止してやる。それとお前はそこにいろ。おれが本物の交渉ってものを見せてやるからな」


 やってきた代理人はふたり――いかにも法に詳しそうな老人と微笑みを浮かべる長い金髪の優男で、どちらもなるほど食えない感じだ。


「どうぞ座ってください。いま、お飲み物をお出しさせますから」


「いえいえ。お気になさらず」


 と、優男が言った。


 もちろんオットーは飲み物なんか出すつもりはない。

 空気でも飲んでればいいんだ、こんなやつら。


「わしは一杯もらおう」


 なんて、図々しいクソジジイなのだ。

 しかし、相手は巨額預金者の代理人。

 フォン・メドフの増長はむかつくが、これからフォン・メドフのもとには国じゅうからカネが吸い寄せられる。そして、そのカネを世界で最も安全に預かれるのは誰か? そう、オットー・フォン・フガリウスである。


 そんなわけでオットーは大いなる妥協として、老人に水を一杯くれてやることにした。出血大サービスだ。


「支配人くん。こちらのご老人に水を――」


 と、言い終わる前に老人のほうが、


「ワインを一杯いだたこう」


 と、言ってきたのだ。


 オットーは危うく卒中を起こしかけた。

 ワインを一杯!? こいつ、何様のつもりだ? おれがワインの湧く噴水でも持ってると思ってるのか?


「いえいえ。ご老体に昼間から無理をさせるのはよくありませんよ。いま、水を持ってこさせます」


「そういえば、預金をおろす話だが――」


「その水は砂漠の真ん中のオアシスに湧く水です。古の地下水が砂によって何百年とろ過されたものでとても純粋な水です」


 もちろん、そんな水はない。

 彼が老人にくれてやろうと洗濯場の水だ。


「ほおー、それはそれは。ところで金貨三万枚をおろす件なのだが――」


「本当は錬金術士が賢者の石を作製するときに実験で使う水で、コップ一杯が同じ量の純金にも匹敵するという世界で一番高価な水です。体にもいいですよ」


「いやいや、そんな高い水をもらうわけにはいかんな。わしは慎ましいんだ。ワインで結構」


「ワインは体に毒ですよ。わたしは飲みません」


「わしは飲む。体に毒なものが好きでね」


「ですが――」


「で、預金をおろす話だが――」


「支配人くん、ワインを一杯買ってきなさい。ほら、向かいの路地を行った先のデーヴィドの店で」


「いやいや、そんなご足労を願うわけにはいかんよ。申し訳なくて。それにワインならもっと近場にあるでしょう?」


「は?」


 オットーはポカンとした。

 うちは銀行であって、ワイナリーじゃない。


 ひょっとすると、このじいさん耄碌してるのかもしれない。

 なら、こっちも戦いやすい。


「銀行には専用の保管庫があるでしょう? ほら、抵当に抑えたワインを保管するための」


 なに!? 

 オットーは一瞬だが、あの世から先代の父がオイデオイデをしている姿を見た。

 彼は父親の葬儀代をケチってギリギリまで削り、埋葬するとき棺をどうしても買いたくないと駄々をこね(なぜなら、ただ埋めるだけの箱に金貨を何枚と奮発する意味がオットーには本当に分からなかったのだ)、父の亡骸を目の粗い袋に詰めて墓穴に落とそうとして一族から総スカンを食らい、仕方なく大いなる妥協で一番安い白木のささくれだった棺桶に入れて父親を埋葬したのだが、それだけでもオットーは大変な損をさせられたと思い悩み、一週間寝込んだくらいなのだ。


 だが、守銭奴につきものの驚異的な生命力でこの世に舞い戻ると、オットーはなんとか心臓を破滅的リズムから救い出して、事情を説明した。


「あ、あれは担保に預かったワインであって、来客用では――」


「そういえば、預金をおろすんだが、金貨の輸送代はそっち持ちで――」


「すぐ参りましょう! 当銀行の秘密のワインセラーへご案内します!」


 オットーは居酒屋から樽単位で差し押さえた安ワインに導こうとしたが、


「いやいや、そんな立派な大樽からはいただけない。この汚れた瓶のやつにしよう」


 老人がひょいと手に取ったのはロイヤル・タレロの九一年物。タルガルマ・ワインのなかでも最高級のひと瓶で一本の値段が金貨五十枚という代物だった。

 それはもはやワインというよりも液体ルビーといったほうが近い代物だったが、老人は自前のコルク抜きであっという間に栓を抜くと、グラスに並々と注いだ。


 一杯が金貨一枚の値段だ。

 だが、これも彼のカネを身勝手な預金者から守るためなのだ。

 この金貨一枚で預金三万枚が救われるのだ。


 とはいっても、オットーはこの損を一か月は嘆くに違いなかった。


「なあ、腹が減らんか?」


「そうですね。ちょっとお腹が空いてきました」


「どうでしょう、フガリウスさん。昼食を取りながら商談と行きましょう」


「商談? ああ、金貨三万枚を預けてくださるというお話ですな」


「いやいや、金貨三万枚を引き出すと――」


「そうだ! 昼食にしましょう! ちょうどここにひとつ銅貨三枚のサンドイッチの残りがありますが、これでも三人で分ければ――」


「食事の前にお金を引き出——」


「ほら、支配人! ヘンリヒの店に行って、出前させろ!」


「え? でも、頭取。あそこのメシは高すぎる。食い物などどうせクソになるだけだから、もっと安くてもいいって言っていたじゃありませんか。それにいつも言ってますよね? 生ガキひとつに銀貨一枚支払うグルメなんてやつらは集団白痴の発狂家族だって」


「いいから行け!」


 一時間後、頭取の部屋には白いテーブルクロスが敷かれた食卓が出来上がった。

 老人には分厚いステーキ、若いほうはメカジキのオレンジソース。

 一方、オットーはおつまみナッツを一皿。


「そんなので体がもちますかね?」


「むしろ、これ以上のものを食べると吐き気がしてくるんですよ」


「それは大変だ。で、預金の話だが――」


「デザートはいかがです?」


「いや、もうお腹いっぱいだ。それに預金をおろさないといけない」


「それなんですが、金貨三万枚を一度におろすことは少々厄介な問題でして」


「じゃあ、いくらならスムーズにいくんだね?」


「まあ、金貨三千枚ですね」


「十分の一以下じゃないか。いや、それはまずい。金貨二万五千枚ならどうだね?」


「いえ、それは――金貨五千枚ならなんとか――」


「金貨二万三千枚」


「八千枚」


「二万枚。これ以上は下げられない」


 オットーは一万枚を告げたが、これでも本人は吐血しそうなくらい顔が蒼ざめ、ぶるぶる震え、もしこれ以上、カネをおろさせることになったら、本当に死んでしまいそうだった。


 老人は、ふうむ、と考え、若いほうと二、三言葉をかわし、そして、


「わかりました。じゃあ、一万枚で」


 オットーはビタ一文も出したくはなかったが、これしか方法はないと悟ると、二万枚の得をしたのだと自分に言いきかせながら、一万枚で合意した。


 手続きが始まり、若いほうから金貨三万枚分の預かり証を受け取ると、出納係を呼び、金貨一万枚と額面金貨二万枚の預かり証を作成して相手に渡した。


 ふたりが帰ると、オットーは頭をかかえた。


「ああ、今日は厄日だ」


「でも、頭取。二万枚も下げさせたじゃないですか。さすがですよ」


「そうかね? ふふん、まあ、いい。どうせフォン・メドフはいまや国庫からカネを鷲づかみにできる身分だ。きっとこれからがんがんうちの銀行にカネが流れ込む。ステーキとメカジキを奢った甲斐もあるというものだ」


「噂をすれば、また来客です」


 やってきたのはフォン・メドフの代言人だった。


「ちょっと入用なので預金をおろしに来ました」


「は? 預金ならお宅の代理人がふたり、金貨で一万枚おろしていったが」


「代理人? そんなものは立てませんよ。預金管理はわたしに一任されています」


 オットーの守銭奴な脳みそに血がめぐった。

 そういえば、あいつらの名前もきかなかった。

 いや、でも預かり証は本物だった。あれが偽造なわけはない。

 でも、代言人が代理人なんて他にはいないと言っている。


 と、いうことは――と、いうことは――。


 ぶくぶくぶくっ!


 オットーは口から泡を吹いてぶっ倒れてしまった。

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