第二十三話 騎士判事補、ヤギヤギ・クエスト。
<緊急クエスト>
・地下八階を根城とするデビルゴートの討伐。
・デビルゴート勢力の殲滅に金貨二百枚。
・デビルゴート発生の有力な手がかりに金貨二百枚。
何もかも規格外のクエストだ。
クエストの報酬は通常、金貨十枚くらいで、高額クエストでも五十枚を超えることはない。
金額の高さもさることながら、このクエストを出したのが、クルスであることもまた驚かれている。
これまでクエストは青騎士党や施療院、それに裕福な商人や物好きな好事家が出していたが、クルスがクエストを出すことはこれまで一度もなかった。
何もかも把握していると思われていたクルスにとって、デビルゴートの出現は寝耳に水だったのだと噂が流れ、クルスはこの出来事に高い関心を払っていると誰もが口にした。
貼り紙は街のいたるところに貼られていて、腕に覚えのあるパーティなら是非とも受けるべきだと誰かが言いふらしていて、挑戦者は後を絶たない。
「まあ、たいていは山羊どもの袋叩きにあって、施療院のご厄介になってるらしいがな」
グレヴェザがフフンと笑う。
ロランドたちは〈ちびのニコラス〉で鶏料理と果実酒をつまみながら、丸テーブルを囲い、グレヴェザがどこかの壁から剥ぎ取ってきたクエスト依頼書に頭を寄せている。
「これを成功させれば、カネになるし、この街でも顔が売れるぜ」
「売り物になるだけの顔ならな」
「おっと。言うじゃねえか、ロランド」
「でも、多くのパーティが挑戦して返り討ちにあってます。わたしたちに果たして殲滅ができるでしょうか?」
大切なのは、と、グレヴェザが人差し指を立てる。
「バランスだ。やられた連中は直接攻撃一辺倒、魔法一辺倒、弓一辺倒のパーティばかりだ。大勢のモンスターを狩るなら、長時間戦えるバランスが大切なんだよ。なあ、婆さん」
カレンは短剣を砥石にかけながら、ちらりとグレヴェザに視線を流すと、
「わたしとロランドでもいつまでも持ちこたえられない」
「つーと?」
「前衛がもう一人要る」
「簡単に言うけどよ、前衛任せられる剣士ってのは人参みたいに土から生えてるわけじゃねえんだぜ?」
でも、と、ロランド。
「カレンさんの言う通り、探す必要はある。やるなら盤石の守りを手に入れて臨みたい。それに探し方を工夫すれば、いい前衛が見つかる」
「どうやって探すんだ?」
「前衛一人だけ探すんじゃなくて、前衛一人、後衛一人で余ってるチームを探す」
――†――†――†――
ロランドの提案にもう一工夫加えて、新規メンバーは施療院で探すことになった。
山羊たちにボコボコにされて、少数精鋭で突っ込むことに懲りた連中のなかからすぐにでもダンジョンへ潜ることのできる連中を仲間にするのだ。
もっともグレヴェザは四百は六では割り切れないと言って、分け前が減ることに最後まで抵抗を続けていたのだが。
さて、ロランドの誤算は彼が思いつくくらいの手は他のパーティの連中もとっくに思いついていて、施療院はすでに寝込んでいる怪我人を売りに出された家畜のようにじろじろ見る冒険者たちであふれていたということだった。
その光景、さながら奴隷市場のごとく。
怪我人の安らぎを図々しく邪魔する連中にシスターたちは不満であったが、ベッド不足の事情もあり、復帰できるものには早めに復帰してもらいたいと思っていたので、ダメ!とぶった切ることもできない。
ロランドたちが着いたころには冒険者パーティが使える軽傷者を網でごっそりさらってしまった後で、残りはまだ療養の必要なものばかり。
「うまくいかないなあ」
「そうがっかりすることはないって。四で四百を割れば、一人金貨百枚! ヒューッ! やる気が出てきた」
「おれとカレンがぶっ倒れたときのことは考えないのか?」
「そんときゃ見捨てて逃げるから安心してぶっ倒れてくれ。どうせ施療院で目が覚めるのがオチだ。まあ、殿を務めた礼にお見舞いの品くらいは好きなものを選ばせてやる」
「まったく……ん?」
施療院から旅籠の並ぶ通りへと戻る途中、ロランドの体がこわばった。
クルスの甥と言われる少年が道を施療院のほうに登ってきているのだ。
しかも、ロランドたちを見ると、目的のものを見つけたらしい顔をして、オーイ、オーイと手をふった。
ロランドはこのクルスの甥とは初対面ではない。
ウェストエンドで会っているし、言葉も少ないながら交わしていた。
だが、相手はロランドのことを覚えていないらしい。
あるいはわざとそのフリをしているのか?
だが、クルスの甥はアサシンを連れず、寸鉄を佩びず、ひどくくつろいだ様子だ。
「ああ、やっと見つけた。ロランドってのはあんただな?」
「そうだが」
「おれはそこの〈ちびのニコラス〉に住んでる来栖ミツルってもんだ。実は伝言を頼まれてね」
まさか、クルスか?
「女剣士だよ。めっちゃ美人だぜ。そいつが、赤い甲冑の赤毛の剣士でロランドってやつのいるパーティを見つけたら、連れてきてほしいって言われてんだ。鏡の前のテーブルに一人で酒をなめてる。あんたらのパーティに入りたいんだとよ」
グレヴェザが、ちぇっ、四百割る五は八十枚だ、とこぼし、ざっざと足元の土を爪先で蹴った。
クルスの甥、ミツルはとにかく知らせたからな、と言うだけ言って、施療院のほうへ歩いていった。
まあ、いいや、とグレヴェザがひとくさり。
「クエストも成功しなきゃカネにならねえもんな」
「でも、どうしてわたしたちを名指ししたんでしょう?」
エレットの問いはもっともだった。
そして、ロランドはそれに対する答えを持っている。
これはクルスの仕込んだ罠に違いない。
どこかで自分がクルスの身辺を探っていることに気づき、スパイを送り込もうとしているのだ。そうだ。きっとそうに違いない。
突然だが、人間、数年に一度、かけるカン一つ一つがことごとく外れる日がある。
もし、その日が来たら、自分のカンやアイディアを疑って正反対の行動を取るよう心がけ、全財産を失いたくなかったら、トランプや競馬場には絶対に近づいてはならない。
ロランドはまさにその日の真っただ中にいた。
クルスがスパイを送り込むという自説に自信を持ち、むしろ、こちらからスパイの顔を拝んでやろうじゃないかと一人いきりたったが、その自信と勢いはまもなく極度の困惑と高速度の収縮によってこの世からきれいさっぱり消え去る。
なぜなら、〈ちびのニコラス〉で姿見を後ろにして、テーブルでホットワインを口にしている女剣士とは、騎士裁判所付き聖院騎士アストリット騎士判事補に他ならなかったからだ。




