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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
レンベルフ公国 ソードマンズ・ブッキーを殺した男編
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第四十二話 ラケッティア、痔になったペンギン。

 鋼鉄のパンツなんてはいたことある人はいないだろうから、ちょっと説明してみよう。


 見た目はボクサーパンツみたいで、何枚かの鋼鉄をボルトで止めてある。

 ズボンの前にダイヤル式の鍵がついてて、トイレに行きたいときに暗証番号を忘れるとかなり悲惨だ。

 そこのところはパンツのプロのおねーさんに何度も説明されたので、親の顔は忘れてもパンツの暗証番号だけは忘れない。

 ちなみに番号は0721だ。


 色は見る人が優しくなれるピンク色だ。

 値段は金貨一枚なり。


 ああ、一週間かそこら前にはペペ・ロペスの店で中折れ帽にあった服を仕立ててもらいながら、トキマルとジンパチ相手にふんどし派とパンツ派の論争をして、それをアレンカが勘違いして、おれを変態呼ばわりしたら、ミミちゃんに追いかけまわされたわけだが、それがいまこうしてピンク・スチール・パンツのレビューをするハメになろうとは。


 でも、まあ何事も経験だ。

 実際、ピンク・スチール・パンツをはいたことで分かったこともいろいろある。


 まず、このパンツをはくと、ごくごく小股でしか歩けない。

 足の付け根の部分が全く可動しないから、普通に歩く程度の股も開けない。

 股を開かせないのはそもそも鋼鉄パンツ製作のコンセプトなのだ、歩幅くらい犠牲にしてもかまわん!と啖呵を切る鋼鉄パンツ職人の声がきこえる気がする。


 鋼鉄パンツ職人の朝は早い。


【レポーター】「おはようございます」

【鋼鉄パンツ職人】「おはようさん」

【レポーター】「いつもこんなにお早いんですか?」

【鋼鉄パンツ職人】「鉄を打つのは一日がかりの仕事だっぺ」

【レポーター】「あ、パンツはくんですね」

【鋼鉄パンツ職人】「自分がはいて気持ち悪いもん、売り物にはできないべ」

【レポーター】「鋼鉄パンツをつくられて、もう何年なんですか?」

【鋼鉄パンツ職人】「五十年だべ」

【レポーター】「そんなに!?」

【鋼鉄パンツ職人】「最初は甲冑職人に弟子入りしただが、大きな戦争で街じゅうの騎士が遠征に出なくちゃならなくて、そうしたら、騎士たちが自分たちがいないあいだに嫁が浮気しないか心配でたまらんちゅうから、簡単には股を開けないパンツがあれば、これは売れるぞと思ったのが始まりだべ」

【レポーター】「パンツに歴史ありですね」

【鋼鉄パンツ職人】「まあ、そうだべな」

【レポーター】「ご家族は反対されましたか?」

【鋼鉄パンツ職人】「まあ、甲冑打ってたのが、パンツを打つってんだから。でも、職業に貴賤はねえべ。それにおれのお袋も嫁もおれのつくったパンツはいたらひんやりしてて気持ちがいいというでな。それでやっと認めてくれたんだべ」

【レポーター】「ご主人にとってパンツとは?」

【鋼鉄パンツ職人】「女のパンツは男の夢だべ。男のパンツのことは知らん」


 痔をわずらったペンギンみたいにチョコチョコ歩くことに慣れてくると、徐々に羞恥心が消えていき、晴れやかな気持ちになる。

 この世界は創り出されたその瞬間から大いなる善意に満ち溢れていて、たったいま、それに気づかされたみたいな――。


「おい、見ろよ。あいつの歩き方。ありゃ鋼鉄のパンツはいてるぜ」

「もうレイプされちゃったんじゃねえの?」

「誰があんなのレイプするってんだよ」

「趣味ってのは予想がしがたいもんだぜ。おれのかあちゃん、ものすげえデブだけど、父ちゃんとの出会いはレイプだったって言ってた」

「あいつとものすげえデブ。どうしてもレイプしねえといけねえなら、どっちをヤる」

「デブだな。デブは少なくとも女なんだろ?」

「どっちも男だったら?」

「デブだな」


 ……まあ、いまこの場で昼寝して目が覚めたら世界の半分がくたばってねえかなって気持ちにもなることは否定すまい。

 人間が危機にあるとき、それをあざ笑うような人間になってほしくはないと親が育てても、クソガキは結局クソガキに育つ。


 だが、てめえら、笑ってるがな、どうせろくなことしないお前らはいずれムショにぶち込まれるんだ。

 そこにはなまっちろいお前らのケツをかわいがってくれるコワモテがいる。

 そのときになって、おれも鋼鉄のパンツをはくべきだったと後悔しても遅いのだ。


 とはいえ、今はおれのほうが圧倒的に不利だ。

 機動力が大いに削がれて、電撃戦が仕掛けられる状態じゃあない。

 いまだって、足元みたらカタツムリに追い抜かれた。


 まあ、これが鋼鉄のパンツをはくってもんなんだ。

 動きがとろくなる。


 あと、冷やっこい。

 まあ、鉄なんだから冷やっこいのは当然なんだが、それがだんだん人肌に温まって、温い鉄になると、これがまた気持ち悪い。

 このパンツはまるでおれのためにしつらえたみたいにぴたっとしてて余裕がないから、気持ち悪さは倍増だ。


 おまけにこんなにきちきちの鋼鉄だと生地にはまったく遊びがない。

 この状態で勃起したら折れちまうんじゃねえかとすげえ心配だ。


 もちろん、ヨシュアに追いかけられることばかり考えていれば、かわいらしいおれのチンポコはげんなりするが、そもそもこれはヨシュア対策なのであり、それがわが息子を守るために常にヨシュアの脅威にさらさらなければいけないなんて本末転倒じゃねえか。


 つまり、おれはここ数年、日本にいたころも含めて、最も失敗した買い物をしたってことだ。


     ――†――†――†――


「おれ、急にキングペンギンになりたくなったんだ。それで歩き方から入ることにした」


 ところは〈マンドラゴラ〉の廊下にて。このセリフ言うのも三回目だ。


 一度目はディアナ、二度目はロムノス、そして三度目はセディーリャである。


「それで、色は何色ですか?」


「なんのことでゴザイマス?」


「鋼鉄のパンツですよ。はいてるんでしょう?」


「なんでバレたの?」


「以前、鋼鉄のパンツでちょっとした商売をしたことがあります。そのとき、いまのあなたみたいな歩き方をする男の人をよく見かけたものです」


「なら、おれがギリギリのところまで追い詰められてることも知ってるよな?」


「ヨシュアくんならあなたの部屋の前で待っていますよ」


「やっぱりか、チキショー。いまから赤ちゃんプレイの部屋に戻ろうかな」


「健気な話ですね」


 おれの部屋のドアの前でおれの帰りを待つ。

 おれはノンケだから、ヨシュアのしていることは意味がない。

 だが、ヨシュアは待ち続けるのだ。


 こういった展開、その健気さは忠犬ハチ公に例えられるだろう。


 ただ、本物のハチ公を見たことがあると言っている大正生まれのひいばあちゃんの話では、ハチ公が飼い主亡き後、渋谷の駅前に通ったのはそこで焼き鳥屋台をやっていたおっちゃんが餌付けしたからだそうな。

 死んだのは串まで食ってしまったかららしい。


「待っていたぞ。約束どおり、あんたのために負けた」


 ヨシュアは壁によりかかって、腕を組んでいる。

 ということは壁ドンされる心配はないな。


 あ、いいこと思いついた。

 おれではなくヨシュアに鋼鉄パンツをはかせ、暗証番号を教えなければ、おれは安泰なのでは?


 しかし、ヨシュアも手練れの暗殺者。

 そう簡単には鋼鉄パンツをはいたりしないだろう。


 そのとき、ヨシュアがおれの部屋のドアを開けた。

 鍵かけといたんだけどな。まあ、相手は手練れの暗殺者だから錠前くらいどうとでもできるか。


「部屋に入ろう。約束だ」


 ややや、約束!?

 おれ、なにか約束したっけ? おれのために八百長したらなんかしてやるって約束したっけ?


 ま、まさか、おれ、ケツ差し出すなんて約束してないよね?


 急に鋼鉄パンツが頼りないものに思えてきた。

 やろうと思えば、パンツのダイヤル錠も破れるんじゃないか?


 じゃあ、今までのペンギン歩きはどうなるんだよ!


 おれの努力は! いや、それ以上におれのケツの貞操は!


 ケツ神さま、助けてーっ!


「おれ、約束なんてしてないと思うけど。勘違いじゃね?」


「いや、確かに約束した。次回はニューヨークを舞台にしたマフィア=カモッラ戦争について教えてくれると……」


「だから、おれはマフィア=カモッラ戦争について話すなんて約束――へ? マフィア=カモッラ戦争? それって1916年から17年にかけて、ニューヨークで起きたマンハッタンのリトル・イタリーを根城にするシチリア系マフィアとコニー・アイランドのネイビー・ストリートを根城にするナポリ系カモッラが賭博場の分け前のことでもめて殺しあった、あのマフィア=カモッラ戦争?」


「詳しくは知らない。それを今日、教えてくれることになっていた」


「え? それ、話すだけでいいの?」


「ああ」


「他にはなにもしなくていいの?」


「ああ」


「え? マジ? どうしてもききたい? マフィア=カモッラ戦争」


「でなければ、待たない」


「そ、そうかー。ききたいかー。マフィア=カモッラ戦争。ききたいかー。そうかー。しょうがないなー。いやー。そうかー。ん? なに、立ってるんだ? おれの部屋に入ってくれ! 大歓迎だ! 朝まで一緒に(禁酒法以前のマフィアについて話すという)濃厚な時間を過ごそうじゃないか!」

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