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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
レンベルフ公国 ソードマンズ・ブッキーを殺した男編
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第三十七話 元剣士、片思いのキミにエールを送ろう。

 ルージンギンも酔っ払って警吏隊の留置所にぶち込まれたことが何度もあったので、面会室というものがどんなものかは多少は知っている。

 それは越え難い境界線。自由と束縛を分かつ絶対線。


 これまで彼が見てきた面会室というのは薄汚い物置の真ん中に鉄格子をはめ込み、部屋を自由人と囚人のふたつに割る。


 たいていは粗末な、背もたれがない椅子が自由人側と囚人側の両方にあり、規則としては面会に来た人間も囚人も椅子に座って、手を軽く握って膝の上に置き続けないといけないが、どこにでも抜け道と腐ったおまわりはいるもので、金次第で鉄格子越しに差し入れをもらうことができた。


 タバコ。酒。食べ物。エロい絵が描かれた風刺画。牢屋の合鍵だって持ち込まれたことがある。


 さて、宮殿のなかにある剣闘選手用の面会室は基本的な方針は留置所と同じだったが、こちらでは世界をふたつに割るのは鉄格子ではなく分厚いガラスだった。


「先生、準々決勝戦までの勝ち抜き、おめでとうございます!」


 ディウトは自分のことのようにはしゃいでいる。


 剣士だった時代も含めて、いろいろろくでもないことをしたが、もし自分が地獄に落ちるとしたら、ディウトをだましたことが罪状の第一に上がるだろう。


「先生なら優勝できると信じています!」


 さすがにそれはない。

 黒幕の考えていることは自分に人気を集めて、決勝戦――最もカネの集まる試合で自分を負かして、ごっそりいただくことを考えているはずだ。

 決勝戦には進むが、そこでは負けだろう。


「なあ、ディウト」


「なんですか、先生?」


「おれにはお前に剣の素質があるかどうか分からない。あったとしても、おれにはお前を立派な剣士にしてやるためにできることはひとつもない」


「先生、急にどうしたんですか?」


「しばらく穴掘りをしてたから、こんなふうに大会を勝って進んだことに、まあ、違和感がある。やはり自分は剣士には向いてなかったんだなとも思う。もし、あのとき呪い病で利き腕を失ってなければ、自分より強い相手にぶちあたって死んじまっていただろう」


「先生より強い剣士なんていません」


 それは八百長なんだよ、と教えたかったが、やめておいた。

 八百長を仕込んだ黒幕に喧嘩を売るようなものだが、ほんの少し、八百長で勝ったことをディウトに知られるのを嫌がっている自分もいた。


 いずれは知られることだが、その前に心の準備と辛い酒が必要だった。


 この少年が自分のことをボロクソにけなしても、それが分からないくらい酔っ払ってしまえばいい。


「なあ、ディウト。オヤジさん、元気か?」


「はい。父さんも母さんも元気です」


「両親はお前が剣士になりたがってること、どう思ってるんだ?」


「その。え、と。反対は、しています」


「言いづらそうだな。剣士になることに反対していて、おれに師事することには猛反対してるんだろう?」


「でも、先生は立派な剣士です」


「たぶん両親の言っていることのほうが正しいと思うね。おれはいつもあの店にみっともないなりをして、みっともないもんを注文するし」


「先生、無礼を承知で言いますけど、先生は自分を低く見すぎです」


「人間、いくら自分を過小評価してもし過ぎるということはないもんだ」


「とにかく! ぼくは先生の教えで立派な剣士になってみせます」


 なんだか、地獄送りの罪状がどんどん増えていく気がしてくる。

 この面会室のつくりにも何か隠れた意味がある気がする――逮捕令状とか寝床から引きずり出されるときにできるケツの怪我とか監獄の入り口で囚人を見てニヤニヤする看守だとか。


 面会を終えて、外の廊下に出てみると、例の死のにおいがする男、ヨシュアが歩いてくるところだった。


 次の試合はヨシュアとだが、こんな物事に何の関心もないような顔をした男ですら、八百長に乗るものなのだろうか。


「正直、あんたは八百長に乗るタイプには見えねえな」


 ルージンギンはざっくばらんに話しかけた。


 ヨシュアは立ち止まり、ちらりとルージンギンに視線を投げた。


「なんの用だ?」


「用はない。おれとしてはどこまで道化を演じればいいのか知りたいだけだ」


「……あんたは決勝戦で負けることになっている」


「なるほど。じゃあ、お前さんはおれに負けるわけか? 教えてくれないか? あんたみたいなクールなタイプの人間が――」


「魔族の血が入っている」


「人間と魔族の愛の結晶がこんなしけたおっさん相手に負けを演じる。その理由を教えてくれんか?」


 ヨシュアは見定めるように目を細めた。

『愛のためだ』と言って、信じるかどうかを計っているのだ。


「愛のため? へえ、兄ちゃんみたいな美男子がそこまで入れ込むんだ。よっぽどいい女なんだな」


「男だ」


「は?」


「相手は男だ」


「そいつはまた。まった趣味してるな。マジで惚れてるのか?」


「ああ」


「相手もそうなのか?」


「そう、とは?」


「男が好きな男なのか?」


「……まだ、そうではない」


「あちゃあ、片思いか」


「いつか成就させてみせる。必ずだ」


「まあ、なんかしらの希望を持ってるってのは日々の生活に張り合いが出るからな。がんばれよ、兄ちゃん」

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