第二十二話 ラケッティア、嵐の予感。
翌日、オレステアという街へ四人娘が旅立つと、おれはエルネストと、分厚い帳簿を置いた部屋でダンジョンにまつわる細々とした書類仕事をちまちま片づけていた。
「なんだかんだで、投資した金貨六千枚のうち、二千六百枚は回収できてる」
「そのようだね。この支出は?」
「貸し装備の修繕費」
「この収入は?」
「カトラスバークからの上納金」
「売掛金や買掛金はないんだね?」
「この稼業、基本的には現金のやり取りだ」
「この抗争損失準備金という科目は?」
「インテリどもの喧嘩に備えての金だ。青騎士党と紅の剣士団、それに施療院のシスターたちのあいだで抗争が起きて、ダンジョンの運営に支障をきたして、損失が発生したら、その科目を使う。まったくインテリどもには参ってる。何度争いを仲裁したか分からない。この土地からたたき出してやりたいと思うことはあるけど、あれはあれでいろいろ役に立ってるから変に邪険にもできない」
「でも、全体を見れば、ダンジョンの八百長は非常に利益率の高い稼業だ」
「介入する必要を感じることもあれば、やりすぎると客足に影響することもある。宝箱の出現率とか敵の強弱とか、結構、毎日の調整が忙しい。そのなかでも、最も大変なのが――」
――†――†――†――
妹至上主義者の相手だ。
「――つまり、天使が堕天使になるとすれば、それはエレットに対して嫉妬するときに他ならない。それほどエレットの存在が尊いということだ。わかったか?」
おれとエルネストはレイルクのもとへ、亜人系モンスターとそれ以外のモンスターの出現比率の話をしに来たのだが、カボチャの頭をした亜人がいるという話をすると、突然、エレットはカボチャのクリームのパイをつくるのがうまかったという話になり、慌てて話題を別のところへ持っていこうとするも、後の祭り。
そっからはもういつものごとく、堤を破った奔流が村を押し流すのを高台から空しく眺めるお百姓さんの気持ちで、この苦行がはやく終わんねえかなと待っていたら、かかった時間はトホホの一時間四十九分二十一秒。
エルネストが来ることで、シスコンから受ける苦行の度合いが分散するかと思ったが、そんなことは全然なく、ダメージは二倍。そんなやつがボスとしてこのダンジョンの最終階にいるのだから、レイルクと戦った相手はゲームバランスの崩壊を声高に訴えるであろう。
まあ、もちろん、その妹さんはすでに不幸な方法で亡くなってるわけで、それを切なく思うならば、相手の妹自慢に多少は耳を傾けてもいいだろう。
だが、多少の概念がねじ曲がり、ほんの数分のはずが、一時間二時間に拡大されていると、待ったをかけたくなる。
要するに、老人ホームのお年寄りの昔話に付き合うようなもんだが、そういうのは一種の慈善であり、施療院のシスターの仕事だ。
もちろん、シスターたちから見れば、レイルクは討伐対象なので、顔を鉢合わせた日には血を見ることになる。
「ああッ、難しーっ!」
こうやってあちこち奔走していると、今のおれはマフィアのゴッドファーザーというより、上からどやされ下から突き上げられる中小企業の中間管理職に思えてくる。
「そんなに辛いかい?」
「え、あんた、あれ辛くないの?」
「最初のうちは辛かったけど、冷静に考えれば、彼はすでに亡くなっている妹のことをまるで今も生きているかのように話している。これは偽造の亜種だ。そう思うと、辛さは消えて、むしろ好ましさが勝ってくる」
おれのまわりの金髪ロンゲのイケメンはこのエルネストとレイルクの二人だけだが、二人ともちょっとヤバい人だ。
つまり、おれが知り合う金髪ロンゲのイケメンは現在100パーセントの確率で頭がおかしいということになる。
残念なイケメンってやつだ。
この記録がどこまで続くか知らんが。
ダンジョンの外に出る。
すると、施療院の前でただならぬ騒ぎが持ち上がっていた。
あちこち怪我人だらけ。
どうやらベッドの数も足りてなく、怪我の軽いものは外に敷いたキャンバス地のテントの上に寝かされ、ちんちくりんのシスター・ヨハンナ以下全員が薬と包帯を両手にあちこち走り回っていた。
比較的元気な怪我人、ベッド待ちの怪我人、そしてシスターたちから得た情報のきれっぱしをタコ糸で縫い合わせて分かったのは、地下八階に非常に統率のとれたモンスター集団が現れたということらしい。
山羊面の亜人種で、冒険者たちからはデビルゴートと呼ばれていた。
ゴブリンや豚面のオーク、それにスノーマンやトロルなら分かるが、デビルゴートなんてやつはきいたことがない。
「すまん。エルネスト。先に戻っててくれ。おれはもう一度レイルクに会いに行ってくる」
ダンジョンの入り口から離れた秘密の入り口にある魔法陣で一気に地下最終階へ。
「僕にも分からない。そんな魔物を置いた覚えはない」
レイルクは読んでいた本を閉じ、首をふった。
「つまり?」
「誰かよそ者が召喚したのだろう」
「――じゃあ、お前の仕業じゃないんだな?」
「ああ」
「ホントにホントか?」
「ああ。どうかしたのか?」
おれは椅子に深く腰掛けて、目頭を押さえた。
つまり、こういうことだ。
誰かがおれを潰す目的でダンジョンに魔物を放っている。




