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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
レンベルフ公国 ソードマンズ・ブッキーを殺した男編
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第二十八話 ラケッティア、寝取られ男はエージェント。

 フォン・ヴィンディッシュドルフという名なのだから、きっとヴィンディッシュドルフという名の領地を持ってるのだろう。


 フォン・ルデルのよりも強そうだ――超弩級宇宙戦艦ヴィンディッシュドルフ轟沈! あ、轟沈させちゃだめか。


「ヴィンディッシュドルフ。いい村だよ。静かで水がよくて、土は麦もそれなりに育つくらいに肥えてて、なによりわたしにはもう奢侈な妻はいないから、年貢ももっと軽くしてやれる」


「どうしてヴィンディッシュドルフに帰らなかったんだ?」


「いい村で、いい人たちだが、田舎というのは噂で生きている。でなきゃ、退屈で死んでしまうだろう。村に立ち寄った旅の役者たちがおれの寝取られ話を何度公演したと思う?」


「いや、知らんです」


「八十五回だ。この短期間に八十五回もやったんだ。日に三度、まったく同じ劇が違う劇団によってかけられたこともある。しかも、そうした劇団のなかには都市部の大劇団もあった。あいつら、わざとおれの領地でおれの寝取られ話を上演しやがったんだ。なんで、そんなことしたと思う?」


「箔をつけるため?」


「その通り。本物のヴィンディッシュドルフ村で上演しましたってひと言入れれば、客入りは夢のようだそうな。ふん。そんなことなら、いっそのことおれの目の前で上演すればいい。なんなら、簡単な劇評だって書いてやる。もちろん公平な立場で。でも、できない。あいつらは自分たちで生み出した虚構を真実だと思い込んでる。つまり、おれが尖らせた丸太で女房と間男を串刺しにするような男だと思ってるんだ」


「へえ。でも、人を串刺しにするってのは、そう簡単じゃあないでしょう? おれのいた世界――じゃなくて、その、いた地方では開いたウナギを串で焼いて食べるんだけどさ。これがなかなか難しくて串打ちに三年の修行が必要って話なんだよ」


「ウナギでそれなら人間を串で焼くには三十年は修行しないといけないだろう。おれが淫乱妻と間男を罰するためだけにそれだけの時間を無駄にすると思うか? 修行が終わったころにはおれは六十二歳だ。そのころには淫乱も間男もそれぞれ別口の痴情のもつれで殺されてるかもしれない」


「だから、修行はしないで別の生き方を模索した。それがなぜかおれと絡んでる」


「その通りだ」


「それってヴィンディッシュドルフ村で余生を過ごすよりもいい暮らし?」


 フォン・ヴィンディッシュドルフはとても優しそうな顔をした。

 こんな顔できるやつは後は言葉遣いが丁寧なあのサツのあんちゃんくらいだろう。


「あの戯曲のなかでおれは分からず屋のフニャチン野郎で子どもを産ませる甲斐性すらないということになる。そんな劇を一日に三度も見れば、村人のおれに対する評価も定まってくる。わざわざ石を投げつけられに領地に帰る必要もない」


「でも、年貢は少なくしてやるの?」


「自分が最低な目に遭ったからって、他の人間を最低な目に遭わせていたら、この世界はいずれ最低な世界になる」


「なんだか、あんたとはいい話ができそうだ。じゃあ、早速、本題に入ろう」


     ――†――†――†――


 ああ、ちなみにおれとヴィンちゃん(面倒だからこれでいいよな?)が話しているのはあの狭苦しいレクリエーション・ルームじゃない。


〈マンドラゴラ〉から出て、割と道が安全な階段を上って言った先のへこみにある〈杖太鼓〉という酒場だ。


 杖と太鼓がこの店のなにを司っているのかはたぶん世界が終わるその日まで分からない。へこみ広場に出っ張った鋳鉄製の看板は羊の頭である。


 蝋燭は各テーブル一本、兵士が飲み食いするテーブルは奥にあって、そこには蝋燭が三本立てられる。

 店のなかで一番大きい明かりは大鍋を煮る火だ。

 百ガロンはありそうな(そして、実際に量ったら三十ガロンくらいなのだろうが)大鍋のなかには赤みの強いクズ肉シチューがぐつぐつぶくぶく煮立っているのだが、これがクレアおばさんのクリームシチューだったら、『シチューたちははやく食べてもらいたくてぐつぐつ煮立っていた』と素直に表現できるが、これはスラムのシチューだからどちらかというと神明裁判を待っているみたいに見える。


 ほら、沸騰した鍋の底の石を取ろうとして腕突っ込ませるあれです。

 正しい人間なら神さまはお前の腕をヤケドさせないというファンタジーな司法基準をもとにして行われるジャパニーズ・トラディショナル裁判。

 とれなかったら打ち首です。

 だって神さまがヤケドさせる人間をだらだら生かしといたら神さまに申し訳が立たない。


 店は流行っていて、大きな洞窟に人がいっぱいなので、盟神探湯くかたちシチューはトレイではなく、木の板でつくった担架みたいなもので運んでいる。

 回転ずしみたいなもんで客はシチューが食いたいと思ったら、皿を担架から取る。

 よい子のみんなは現代日本ならともかくファンタジー異世界の崖っぷちスラムの住人が皿を捨てて勘定をごまかそうとしたりしないのかと不思議に思うだろうが、それはない。

 なぜなら、店主は、


「なんだよ、お前ら。来るなら言っといてくれりゃとっておきの料理を用意させたのによ」


 あのダンドレアスだ。

 お湯は沸かせる?とたずねたら、あー、とこたえたヒゲハゲの巨漢がやっている大衆食堂とはここのことだろうか?


 だが、どう見てもここは酒場だ。

 大衆食堂というのは昭和ポップスが音割れラジオからきこえてくるなか、プラスチックの皿をカチカチ言わせながらカレイの煮つけを食べる場所のはずだ。


「店は二軒持ってるんだよ。ここと例の大衆食堂だ」


「……もう一軒の店って必要とされてるの? なんか、こう、社会から――」


「必要に決まってんだろ。なんたって安い」


「だって、パンと生卵だけじゃん」


「おお、あんたか。どっかで見た顔だと思ったら、輸送隊の隊長さんじゃねえか。お連れは奥の仕切り部屋で待ってるぜ」


 奥の仕切り部屋というのは背の高い衝立で四方を囲った便所みたいな代物だった。

 なかは六人座れるようになっていて、すでにひとりが一番奥まった席にいる。

 頭からフードをかぶっていて、顔は見えないが、体が小さくて細い。どうやら少女のようだ。


「じゃあ、ちょっと紹介しよう」


 と、ヴィンちゃん。


「こちらはゼメラヒルダ。このあたりのゴブリンたちの長だ」


 柔毛が密集した細い指がフードを後ろへ掻き落とし、毛におおわれた長い鼻、ぐりっとした目、大きな口があらわれる。


 おれは驚いたが、でもファンタジー異世界では人間の住む場所に襲撃以外の理由でゴブリンがあらわれることは珍しくないのかもしれない。


 と、思ったが、ディアナは思わず剣の柄を握っていて、セディーリャは目をぱちくりさせている。


 よかった。びっくらこいたのはおれだけではないらしい。


 ダンドレアスが注文をききに部屋に入ってきて、間違いなくゴブリンを見たはずだが、これっぽっちも気にせず、注文をきいて出て行った。

 このおっさんはもっとあれこれ気にしたほうがいい。


「あのぅ、フォン・ヴィンディッシュドルフさん。これ、どんなビジネスに発展するんでしょう?」


「それはわたしから話します」


 と、ゴブリンが口をきいた。


「来栖ミツルさん。わたしたちと手を組みませんか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] なぁに、ゾンビだってスケルトンになったら友達だ 今更ゴブリンがなによ!
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