第二十一話 ラケッティア/騎士判事補、入会儀式。
さあ、やってまいりました。
憧れのマフィア入会儀式でございます。
もう、すでにゴッドファーザー・モードで指を刺す予定のピンでネクタイをとめて、準備万端でございます。
いやあ、久々にゴッドファーザーらしいことができる。
といっても、ゴッドファーザーにはマフィア入会の儀式のシーンはないんだけどね。
まあ、細かいことはいいんだよ。
エルネストを迎えて、お互い抱き合って、部屋の奥へ進める。
あらかじめ手紙で馬鹿みたいに丁寧な儀式をやるからテンションを合わせてくれと懇願していたのがきいたのか、エルネストは神殿にでも出かけるみたいな顔でついてくる。
そんなおれたち二人を見て、〈ちびのニコラス〉にいる連中全員が、あのグローシアス親子でさえ、これから何が起こるのか気にしているようだ。
ちょっと噂を流し過ぎたきらいはあるが、まあ、いい。
酒場フロアのカウンター裏、厨房のさらに奥の部屋に普段、おれたちが食事するときに使っている部屋がある。
落ち着いた調度と壁紙、それに丸テーブルがあって、そこにアサシン娘が例の格好で待っている。
その部屋、上のほうに小さな丸い明り取りみたいな窓が開いている。
本当は従業員用の裏階段に開いているので、外の空気はおろか光だって漏れてこない。
たぶんこの部屋は旅籠の従業員用の食事部屋で、あの窓からオーナーがときおり見張っていたのだろう。
あの窓に誰でもたどり着けられるように、裏口の鍵はかけていない。
好奇心旺盛なマフィア・オタクがいれば、きっと覗きに来るだろう。
――†――†――†――
「やったぜ。裏口は鍵がかかってない」
グレヴェザが小声で嬉しそうに呼びかける。
「鍵がかかっていない? 妙だな。慎重なクルスにしては不用心すぎる」
盗賊ギルドなどの犯罪組織はどれも独自の入会儀式を持っていて、それを門外不出にするのが普通だ。
クルスもそのつもりだったらしいが、情報が洩れて、少なからざる人間が儀式の噂をしている。
ただ、そのうち旅籠に忍び込んでまで、その儀式を見てみたいと思う人間は少ない。
クルスの得体の知れなさ、飼っている暗殺部隊、ばれたときの危険を思えば無理もない。
グレヴェザのように恐ろしく野次馬根性が強いか、ロランドのようにクルスを追い、少しでも情報を欲しがっている人間くらいだろう。
実際、旅籠の裏手には忍び込もうかどうしようか考えあぐねているものが数人いたが、結局、彼らはロランドたちからどんなだったか様子をきくだけで我慢することにしたらしい。
グレヴェザは人差し指を口に寄せたまま、裏口の扉をそっと押した。
油を差した蝶番は軋み一つ上げることなく、静かに開いた。
短い廊下が厨房まで伸びていて、横には階段がある。
その階段の途上に丸いガラス窓がはまっているのが見える。
足音を忍ばせて、ゆっくり覗き込む。
燭台が光を投げかけ、丸いテーブルが見える。
テーブルの上にあるのは、錐のように細い短剣とホイールロック・ピストル、それに女神パレアの護符カードが一枚。
クルスはドアのそばにいた。黒の礼服姿でクラヴァットを宝石のピンでとめている。
クルスの部下である四人の少女たちはおそらく暗殺任務遂行時に身につけるらしい黒装束の姿で部屋の四隅に立っていた。
グレヴェザがひそひそとロランドにたずねる。
「あの女の子たち、みんな殺し屋なのか?」
「それも超一級のな。おれたちがここにいるのがバレたら、おれたちの息の根を止めるのはあいつらの仕事だ」
「おお、おっかねえ」
ロランドの興味はクルスと一緒に来た男に移る。
長い金髪、青い趣味のいい服、優し気な美貌と犯罪組織に手を貸すような人間には見えない。
だが、クルスはこの男を自分の組織の相談役に迎えようとしている。
よほどの切れ者なのだろう。
クルスと優男はロランドが覗き込んでいる窓の真下までやってきた。
儀式が始まるのだ。
――†――†――†――
「エルネスト・サンタンジェリ、ナイフと銃と共に生き、ナイフと銃によって死ぬものよ」
エルネストはインクと羽根ペンと共に生き、インクと羽根ペンとともに死ぬだろうが、そこはこらえてくれと、手紙で前もって指示してある。
「指を出しなさい」
エルネストは人差し指を出した。
普段はインクで汚れている指を必死になって石鹸で洗ったらしい努力に涙がちょちょぎれそうになる。
感動は胸にそっと閉じ込め、ネクタイのピンを外して、その針でエルネストの指の腹を刺す。
血がじんわりと小さな玉をつくる。
それを女神なんとかの札にポタポタ垂らさせる。
「両手を出しなさい」
エルネストは両手を椀のようにして出す。
おれは血が垂れた女神のカードを燭台に近づけて火を移すと、それをエルネストの手のなかに落とす。
手の中でカードが燃えて、大切な商売道具である手が大やけどものなのに、エルネストは涼しい顔だ。
ツィーヌ特性の氷属性のオイルを手のひらのたっぷり塗り込んだからだろう。
おかげで、こっちも焦らずに進められる。
便利な世の中になったものだ。
「きみの国の言葉で繰り返すがいい」
エルネストが頷く。
「クウェスト・エ・イル・モド・イン・クイ・ブルチェロ」
「わたしはこのように焼かれるだろう」
「セ・トラディロ・イル・セグレト・デッラ・ファミリア」
「ファミリーの秘密を口外するようなことがあれば」
「ブルチェロ・コメ・インフェルノ」
「この身は地獄の業火に焼かれるであろう」
「セ・ラ・ミア・リングア・パララセ・コメ・ガルーザ」
「わたしの舌がガルーザのように秘密を話せば」
ガルーザというのは、この世界をつくった女神を裏切ったやつで、まあ、キリスト教のユダにあたる。
いやあ、いつの日か使うこともあろうかと覚えておいたイタリア語のセンテンス。役に立ったなあ。
あ、ちなみに話せるイタリア語はこれだけ。
みんなよくやってくれた。
台詞や雰囲気を大切にして、手のなかで火が燃えても無傷でいられる薬もつくってくれた。
それに後ろの窓から覗いてるやつもいる(もし、誰か覗いていたら、素早く三回瞬きするようにアサシン娘たちに言っておいた)。
儀式のことはそれなりに知れ渡り、クルス・ファミリーの得体の知れなさという魔術性を大きく高めてくれる。
儀式としては大成功だ。
――†――†――†――
ロランドとグレヴェザが裏口から出てくると、さっそく野次馬たちが取り巻いた。
どんな儀式だったか、あの優男はどんな地位につくのか、クルスはそのなかでどんな役割を果たしていたのか?
「ありゃあ、筋金入りの秘密結社だぜ」
グレヴェザが教える。
「お椀みたいにした手のなかでカードがメラメラ燃えてるのに全然熱くないって様子でさ。あいつらのあいだでしか通じない言葉で誓いを立てさせるんだ。その言葉ってのが、白魔法でも黒魔法でもないし、錬金術言葉でもないし、古代の竜言語でもない。さっぱり分からない言葉なんだ」
「どんなことを誓わせられたんだ、そいつは」
「組織の秘密を漏らしたら、手のなかで燃えてるカードみたいに我が身が焼けても構わないって誓いだ。こんな儀式、そんじょそこらの盗賊ギルドや魔術士の兄弟団じゃ見られないだろうな」
「おい、待てよ。秘密を漏らしたら殺すってことはおれたちもヤバいんじゃねえのか?」
「そりゃそうさ。ちょっとでもしゃべってみ? たちまちお陀仏だぜ」
「――おれは何もきいてない。いいか? きいてないからな!」
「お、おれも!」
みなすっかり怯えてその場からいなくなった。
グレヴェザはこの世には根性なしがなんと多いことかと嘆いていたが、そのうち事情通の人間が味わう優越感に機嫌がよくなったのか、口笛を吹きながら帰途についた。
一方、ロランドはずっと黙り込んでいた。
儀式のもたらす異常な雰囲気にあてられたのもそうだが、ロランドにはクルスがまるでロランドに見せるために儀式を用意したかのように思えていたからだ。
今回の潜入行では、結局、クルスという人間がさらに計り知れない大きな謎になったという結果だけが残った。
――†――†――†――
「さあさあ、みんな! おれの100パーセント自己満足に付き合ってくれた礼だ。ガンガン食べてくれ!」
入会儀式をしたのと同じ部屋でおれは料理を振舞った。
籠いっぱいのパンに、梅干しで甘酸っぱくしたチキン・カポナータにキノコたっぷりのアンチョビ・リゾット。
飲み物はエルネストには赤ワイン。アサシン娘たちには柑橘系シロップをそばの鉱泉で採れた炭酸水で割ったもの。
「いやあ、儀式のおかげで一つ上のステップにいけたな。うちもいよいよ本物のマフィアのファミリーっぽくなってきた」
「マスター」
「ん?」
「ボクらは入会の儀式をしなくてもいいのか?」
「おっ、儀式したいの?」
「想像してたよりかっこよかったしね」
「そうだろう、そうだろう。かっこいいだろう。じゃあ、明日、パパっと四人まとめて済ましてみるか――ん、なんだ、どうした。なんかジトーっとした顔でおれのこと見てるな?」
「マスターはアサシンの乙女心を分かってない」
「なにそれ」
「特別な儀式には特別な服を着たいのです」
「いつものアサシンウェアじゃダメなのかよ?」
「ダメに決まってるでしょ」
「ジルヴァも同じか?」
こくり、とうなずく。
「そんなこと言っても、暗殺者用の服なんて作ってくれるやつ、ここにいるか?」
「ここにはいないけど、オレステアまで行けば、店がある」
「オレステア?」
「ここから南に半日ほど行った町。ここに来るとき通ったでしょ?」
「あんま覚えてない」
「とにかく、ボクたちもボクたちなりにおめかししてくるから」
「分かった。分かった。おれはついていかないでおくよ。そういうのは当日のお楽しみにしたほうがいいんだろ?」
「なんだ、分かってるじゃない」
「おれだって四人の美少女と暮らして、もう半年以上経ってるんだぞ。乙女心の一丁や二丁、ポポンと分かっちまうもんだ」
「乙女心を一丁、二丁で数えている時点で乙女心が分かってない」
「うるせー」




