第十九話 ラケッティア、山登りの苦行。
イタリアというのは縦に長い国である。
南は地中海のシチリア島、北はアルプス。
ぶっちゃけた話、北のアルプスに住んでいるイタリア人にとって、同じイタリアに住むシチリア人よりはやはりアルプスに住むオーストリア人のほうが身近に感じるものらしい。
北イタリアの人びとはシチリアがイタリアのなかに含まれていることを国境線を使ったジョークかなにかだと考えている節もある。
なにせイタリア北部にはロンバルディア同盟なる団体がいて、この団体が統計データを並べ立て、いかに南イタリアがお荷物であるかを声高に主張している。
実際、南イタリアを切り捨てて北イタリアだけで独立すれば、国民一人当たりのGDPがドイツやフランスと同じくらいになるらしいのだから、不況だマフィアだと南から厄介な話を持ち込まれれば、北だけ独立はおいしい話にきこえてくる。
ただ、南イタリアが独立すれば、マフィアが牛耳るコロンビアみたいな国になるのは間違いない。
話がずれたので北イタリア人の話に戻るが、1914年、第一次世界大戦が勃発し、1915年、イタリアがオーストリアに宣戦布告するとアルプスが戦場になった。
イタリア軍もオーストリア軍も少しでも高い場所から砲弾をぶち込めるよう陣地をつくろうとして、気づけば標高三千メートルの氷だらけのアルプスのてっぺんに陣地をつくっていた。
その陣地には山砲と呼ばれる平地で使う大砲より若干小さめの大砲が置いてあるのだが、若干というのは本当に若干であり、結構な大きさと重さがある。
アルプスでにらみあう両軍はその大砲を全部バラバラにしてパーツをひとつずつ兵隊の背中にしっかり縛りつけて、ピッケル片手に断崖絶壁を登らせてた。
大砲はすべて人間の背に乗ってやってきたということである。
もちろん陣地にあるパスタもトイレットペーパーも同じくである。
アルプスの断崖にへばりつく陣地にあるもの全ては転落死しそうになりながら運んだのだ。
前置きが長くなったので本題に入るが、例の都に運び込まれる武器――おれたちがかっぱらうことになっている武器も同じように兵士たちに背負われて登ってきている。
考えてみてほしい。
都じゅうが剣技大会で浮かれているのに、自分たちだけ祭りはお預けで、くそ重い剣だの防具だのを背負わされて夜の崖道を登らされている兵士たちの気持ちを。
そして、そんな兵士たちのあいだに聖院騎士の格好をした胡散臭げな二人組が現れて、聖院騎士団の権限でその荷物預かるとかほざいたりした日には兵士たちは怒り狂って、おれとセディーリャを崖から突き落として、リヴォンブルク司法当局の行方不明者リストにおれたちふたりの身長と体格、髪と目の色を記載して、その本を閉じちゃうに違いない。
そんなわけでおれとセディーリャはもらった聖院騎士の服をゴミ箱に捨てて、おれは中折れ帽とジャケット、セディーリャはローブ風の外套姿で崖で待つことにした。
不機嫌なたいまつの列が岩のあいだでうねうね身をよじりながら、こちらに登ってくる。
にこにこしたおばあちゃんのいる峠の茶屋をつくり、兵隊さんご苦労様です、と茶でもてなし情に訴える作戦を考え、なかなかよさそうだと思ったのだが、残念なことにおれはおばあちゃんじゃない。セディーリャも然り。
あれこれ悩んでいると、ヴィクトルがやってきた。
皇帝ひげを生やしたデカいつるっぱげと一緒に。
ヴィクトルもかなりがっちりしていて、身長百八十センチ超えてるのだが、つるっぱげはそれより十センチはデカい。
シャツに黒いチョッキに白い前掛けと大衆食堂のオヤジみたいな恰好をしているが、まくった腕からはなんだかよくわからないが痛そうな入れ墨が手首まで。
「紹介してなかったな。ダンドレアスだ」
「うっす」
「あ、ども。なあ、ヴィクトル。今回の武器かっぱらい作戦はあくまでかっぱらいであって暴力はなしだよな」
「そうだ」
「めっちゃ暴力的だぜ、あんたの連れ」
「そんなこたあねえさ。ダンドレアスは大衆食堂の経営者なんだ」
「なあ、ダンドレアス。ヴェルデ・ソースつくれる?」
「なんだそれ?」
「じゃあ、ラグーは?」
「よく分からん」
「……ゆで卵は?」
「つくったことがないな」
「お湯は沸かせられるよね?」
「あー」
「なあ、ヴィクトル。ダンドレアスの食堂じゃなにが出てるんだ?」
「AランチとBランチ。値段は同じだ」
「その内訳は?」
「Aランチはパンと生卵。Bランチはパンとチキンのバター焼き、エッグベネディクト、コーヒー、サラダ、デザートはラムボール・クッキー」
「……Aランチ頼むやついるの?」
「むしろAランチしか頼まない。Bランチを頼もうとしたやつは腕をへし折るぞってどやしつけることにしてる」
「ほらぁ。やっぱりカタギじゃないよ」
「念のための保険だ。荒事になったときのための用心だよ。ところで、聖院騎士の制服を着ていないようだが」
「あんなもんゴミ箱に捨てたよ」
「またなんで?」
「サツに変装するなら念入りにしないといけない。サルヴァトーレ・マランツァーノを殺すとき、リトル・ニッキー・レンジリーは殺し屋チームと一週間モーテルに引きこもって、財務関係の役人になるためのレッスンをしたんだ」
「よく言っている意味が分からないが、どうやらダンドレアスの出番のようだね」
「いやいや。一応、こっちも暴力抜きで荷を奪うつもりでいるから」
「どうやって?」
それはもっともな質問だ。
おれ自身、どうやるのかさっぱり見当がつかない。




