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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
レンベルフ公国 ソードマンズ・ブッキーを殺した男編
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第九話 ラケッティア、予選開始。

 まったくケツのでかいババアだぜ。

 メガトン級のケツひとつでベンチは埋まるし、このばあさんの決めるオッズはめちゃくちゃだ。

 いくら予選でも1対4はねえだろうが。


 ババアは誰かれ捕まえて、自分の店で賭けるまで離さない。

 あんまり断るようだとケツに敷く。


 剣技を極めたという男もいた。

 へっぴり腰でレイピアを思いっきり前に伸ばす。

 相手の剣から体を遠ざけ、自分の剣は相手の体の近い位置にある。

 ここから思いっきり前に突けば相手は防ぎようがないのだそうだ。


 あとでマリスにこの構えについて聞いてみたら『確かにそれなりに使えるけど、世のなかには同じくらい使えて、もっとかっこいい構えがある』のだそうだ。


 こんなふうに大会があるとヘンテコな人間も大勢集まるわけだが、そんななかで最もヘンテコなのが――え? おれ?


「むしろ自分が普通だと思ってたことにボクはびっくりしたよ」


「普通に生きるのも結構難しいんだよ」


 剣術大会の予選は宮殿前広場で行う。

 あっちこっちで木刀でぽくぽく殴り合う音がして、たんこぶこしらえた怪我人が青いキャンバス地の救護テントへ運ばれていく。


 テントは他にもいろいろあって、エール酒を出す店、焼いたジャガイモを出す店、マユツバもののまじない師、マユツバものの占星術師、マユツバものの算術師など、ギャンブラーたちのかゆいところに手が届くテントが人混みからにょっきり飛び出て旗を風になぶらせている。


「やっちまえ!」

「払わせろ!」

「カネがねえなら、ぶっ殺しちまえ!」


 物騒な叫び声がきこえるほうから髭まで真っ青になりそうなくらいビビった男が逃げてきた。

 すぐその後を袖を肘までめくったたくましい若衆が追いかける。そいつらときたら、目は血走って、口の端には唾液が白い泡になってくっついている。


 連中が走ってきたほうには予選会場のひとつがあり、大男が三人バタバタ倒れている。

 そんななかディアナがキューラックに似た棚に木製の剣を戻すところだったので、なにがあったのかきいてみた。


「あの胴元、わたしが勝つのに20対1でオッズを組んだらしい」


「大穴じゃん」


「ああ」


「で、払いきれなかったわけか」


「そのようだ」


 ブッキーも気前のいいオッズを出してるうちはチヤホヤされるが、一度払い戻しができないとなると八つ裂きにされても許してもらえない。

 事実、くだんのブッキーは青銅の街灯に上り、下ではブッキーが落ちてくるのを待って、賭客たちがうろうろしている。


 そんな賭客たちが紅海みたいに真っ二つに割れた。

 フォン・メドフ子爵の手下の、例のスマイリーがあらわれたのだ。

 スマイリーは賭けの一部がハンディキャッパーの引き受けになったことを宣言し、手下に持たせた銀貨の袋から払い戻しをやった。


 ハンディキャッパーに賭けを引き受けさせるのは試合が始まる前のことだ。

 これ、明らかに事後の引き受けだ。

 こうなるともう悪い高利貸しに引っかかったみたいなもんで、あのブッキーはフォン・メドフのポケットに入ったも同然だ。


 もちろん、ブッキーにはいやおれはハンディキャッパーの世話にはならないとかっこよく啖呵を切ることもできるが、その場合、じゃあどうやって払い戻すのかってことになって、世界が終わるその日まで街灯にしがみつく羽目になる。


 さて、おれもひとのことばかり気にせず、自分の商売の面倒を見ないといけない。


 というのも、マリスが物凄いデカい剣士と戦おうとしているのを見つけたからだ。

 いや、そいつのデカいのなんのって、ハイハイしてたころからベンチプレス二百キロ持ち上げてたんじゃねえかと思うようなやつだった。

 そいつの腕がマリスの胴回りよりも太いくらいで、得意技は叩き潰すような上段からの振り下ろし。

 そんな化け物がマリスの相手だ。


 複数のブッキーがいたので、オッズをきいてみると、デカブツの勝ちが1対19。


 ああ、そうだ。

 よい子のみんなは違法賭けノミ屋でスポーツ賭博なんかしたことないだろうから初耳かもしれないけど、この何対何とは【失敗の数】対【成功の数】をあらわしている。


 つまり、1対19とはデカブツとマリスが20回試合して、そのうち19回はデカブツの勝ちということだ。


 で、デカブツの勝率は95%。

 銀貨19枚賭けると、払い戻しは銀貨20枚。つまり銀貨1枚の儲けにしかならない。


 で、逆にこの場合、マリスのオッズは19対1。勝率5%。

 銀貨一枚張って、払い戻しは銀貨20枚。銀貨19枚の儲け。

 つまり、大穴だ。


「なあ、マリス。今度ばかしは大ピンチじゃない?」


「そうだねえ」


「相手を見なよ。まるで山だよ」


「そうだねえ」


「きっと生きたまま貪り食われちゃうぜ」


「そうだねえ」


 おれはデカブツの勝ちで30対1の賭けを募った。

 帽子をひっくり返して、様子を見ると、大勢の客がデカブツの勝ちに賭けて、帽子にこんもり銀貨の山ができた。


 客たちも行き届いていて、おれが街灯に上って逃げたりしないよう、街灯のまわりに分厚く人を配置し、犬みたいな顔した男が急にスイカ割りがしたくなったといって、山刀を研ぎ始めた。


 試合自体はまあ見るものはなく、あっという間にマリスがデカブツをぶちのめした。


 どんな賭けにも大穴好きはいるみたいで、ふたりのブッキーが街灯に上るハメになった(ちなみに後で知ったのだが、ここでのスラングでブッキーが払い戻しをできなくて逃げることを『街灯に上る』というらしい)。

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