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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
リュデンゲルツ地方 クルスの八百長ダンジョン編
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第十九話 騎士判事補、仲間を集う。

 四角いランタンの光が暗闇のなかから葉や枝、花、木の実、樹の幹を白く切り出す。

 ランタンは森のあちこちにある。道のわきの切り株に置かれ、別の場所では枝から吊るされ、大樹の洞のなかに置かれていることもある。


 大洋にまかれた離島のように暗闇から浮かび上がる森の横顔。

 その一つで、剣が風を巻く音がする。


 その斬撃をまともに受けた魔物――冒険者たちからはヘルハウンドと呼ばれる邪悪な狼がたまらず、後ろ脚で立ち上がる。


「今だ、エレット!」


「はい!」


 狙いすまされた矢は下顎へ刺さり、魔物の脳を貫いて上顎に縫いつける。

 ヘルハウンドはそのまま横に倒れ、しばらく痙攣したが、やがて動かなくなった。


「今ので最後か?」


 ロランドがエレットにたずねる。まわりにはもう二頭、ヘルハウンドが倒れている。一頭は心臓を射抜かれ、もう一頭は首が皮一枚でつながっていた。


「そのようです――あ、ロランドさん。待ってください」


「新手か?」


「そうではありません」


 最後に倒したヘルハウンドが淡く光り出し、その光は絞り出されるように浮かび上がり、目くらましの閃光を一つ放って消えた。


「な、なんだ、今のは?」


「モンスターに囚われていた精霊の力が解放されたんです。これはそのささやかなお礼です」


 エレットの手のひらに見たことのない小さなコインが一枚、静かに光っていた。


     ――†――†――†――


 精霊のコイン一枚、それにヘルハウンドの牙を戦利品にして暗闇の森――ダンジョンの地下四階から引き上げると、雨が一滴、ロランドの鼻に落ちた。

 二人は蝋をひいたマントをしっかり羽織りなおすと、小雨が降る道を下り、施療院の前を過ぎて、一番近い町に降りた。


 宿屋のオヤジがせっせと呼び込みをして、屋台は雨宿りの屋根を貸すかわりに安物のアクセサリーやジンジャーブレッドを売りつけようとする。一方、毛織のケープをかぶった子どもたちが水たまりの上で跳ねていた。

 町の活気は小雨ごときでは冷めないのだ。冒険者たち、商人、ただダンジョンのある町を歩きにきた物好きで通りはいっぱいになる。


 戦利品を青騎士党の店で換金すると、〈ちびのニコラス〉へ。


〈ちびのニコラス〉も大盛況で、石炭の焼ける匂いと濡れた服の匂いと煮立ったシチューの匂いがすくい取れそうなくらい濃く籠っている。

 グローシアス親子はシチューにぶち込む牛の胃袋はちのすを刻んだり、樽から長靴型のジョッキにエールを注いだりと忙しく働いていたが、パチンパチンと性格が変わるたびに味付けや客のあしらい方にムラが出る。

 客のなかには〈窪地〉の犯罪者も混ざっていたが、クルスの膝元で商売に励むほどの命知らずはいなかったので、仲間内で集まって大人しくサイコロをふっていた。


「やっぱり二人だけでは限界でしょうか?」


 シチューをすくう手を止めて、ロランドがこたえる。


「そうだな。あと一人は増やさないと、これ以上深い階層には行けそうもない。無事帰ってこられるギリギリが地下四階だが、このダンジョンは地下まで三十階以上はありそうだ」


「五人や六人のパーティもあるくらいですからね」


 エレットはこのダンジョンを最深階層まで行くつもりだ。

 他のダンジョンでは感じなかったものを感じたのだと言っている。


「仲間を探すなら、青騎士党か紅の剣士団か」


 クルスのダンジョンにやってきてから、二週間が経っていたので、なんとなく街のことも分かってきた。


 まず、クルス。

 ここの元締めであり、〈ちびのニコラス〉に住んでいるらしいが、ロランドは未だその姿を見ない。

 仲間集めならここでもできるが、相当の経験のある冒険者でなければ相手にもされない。ロランドとエレットがここで仲間を募るのは難しいだろう。せいぜい酒代をたかられるのがオチだ。


 そうなると、青騎士党か紅の剣士団ということになる。


 青騎士党は錬金術を、紅の剣士団は占星術を極めんとする集団であり、自分たちでダンジョンを探索するほかにも、研究の役に立ちそうな素材の買い取りやアイテムの販売をしていて、今では冒険者ギルドのかわりすら務め、探索隊パーティの編成やダンジョン絡みの依頼クエストの公示などを行なっている。


 便利で冒険者たちからの信望も厚いが、欠点が一つ。


 この二つの組織。異常なくらい仲が悪い。


 知識を極めんとする大志を抱きながらも、その時間の大半がお互いの誹謗中傷に充てられているのは実に悲しい話だ。


 本来、知識として錬金術と占星術は相互を補完し合うもので、錬金術師は星の位置を読み、霊薬を調合するのによいタイミングを知るし、占星術師は物質の本質を知らなければ、星の位置が地上の物質や気候にどのような影響を及ぼすのかを知ることができないのだが……。


 ロランドにとって気になるのは、この二つの組織の対立が悪化し抗争が勃発しそうになると、クルスが現れて仲裁に入るという噂だ。


 対立する二つの団体を仲裁すること自体は犯罪でもなんでもないので、そこでクルスを見かけたとしても、ロランドにできることは何もない。

 クルスが簡単に証拠を残したりしないことは、カノーリの事件で思い知った。


 だが、何かしているはずだ。

 このダンジョンのある土地で何か非合法的な稼業を持っているはずなのだ。


 なんとしても尻尾をつかんでやる。


 ロランドの決意は固い。


     ――†――†――†――


 青騎士党のギルドで見つけた魔法使いはロランドたちと歳の違わない少年だった。


「そっちは二人探してて、おれも二人探してる。こいつぁ、いいや。おれたちはお互い満足のいく協定を結べそうだぜ」


 褐色の肌に銀髪という砂漠の民らしい特徴が目立つ顔には人好きのするダークブラウンの瞳。

 膝丈のグリーンの魔導士外套に銀糸で裾を縁どったマントを羽織り、額に翠石を飾るサークレットをつけた洒落者風の出で立ちは本人曰く、魔法使いとしての実用とファッションを融合させたものだとのこと。


 二人とは言うが、とロランドが指摘する。


「そっちはあんた一人しかいないじゃないか」


「おれが二人、一緒に冒険してくれるやつを見つけたら、そいつもついてくることになってんだ」


「何者なんだ?」


「剣士だ。腕は保証するぜ。剣士が二人に弓使いが一人――」


「弓術士です」


「剣士二人に弓術士が一人、魔法使いが一人。剣士のお前らが前を守って、おれらが後ろから援護する。バランスはばっちりだ」


「もう一人の剣士はどこにいるんだ?」


「ちょっと待っててくれ。勘定を済ませてくる。あ、それとグレヴェザだ」


「何が?」


「おれの名前だよ! グレヴェザ・ヴェル・サドリ。よろしく頼むぜ、ホント」


 その後、グレヴェザが二人を連れてきたのは〈窪地〉だった。


 大きなテントの酒場に入ると、髭むさい男たちがいっせいにロランドたちのほうを振り向いた。この〈窪地〉にあって、娼婦でもなければスリでもない未成年は嘲笑いの対象だ。


 握りがメリケンサックみたいになっているナイフを腰に差している男がニヤニヤ笑いながら、酒場のオヤジに向かって、


「オヤジ。おれのおごりでこちらのお客さんにミルクを三杯」


「ミルクなんてねえよ」


「はあっ? なんで用意してねえんだよ!」


「誰も飲まねえからだよ!」


「飲むわけねえだろ、ミルクなんか!」


「じゃあ、注文すんじゃねえよ、バカ」


「バカはてめえだ。こういうときはミルクを奢って、ガキどもがそれをビビりながら飲むのが常道だろうが!」


「なに言ってやがる、このクソ野郎。常道だぁ? んなたいそうな言葉吐く前にツケ払え、ボケ!」


 てめえ。死ね。このバカ。


 そういった言葉が酒場じゅうを乱れ飛び、全員が参加する乱闘が始まった。


 いや、ただ一人、バカげた喧嘩から距離を置いている客がいる。

 でこぼこした白鑞のジョッキからブリキのカップへ火酒を移しながら、静かに酒をなめている。


 グレヴェザが会いに来たのは、この剣士らしい。


 長身で癖のかかった白髪まじりの髪は伸ばすに任せているが、髭はきれいにあたっていた――いや、違う。そもそも生えていないのだ。


 剣士は女性だった。


「ほらほら、座れ、座れ」


 グレヴェザがロランドとエレットに席を勧める。どうも常連らしい。


「ほら、婆さん。見ろよ。二人、仲間を連れてきたぜ。約束通り、おれたちとパーティを組んでもらおうじゃねえか」


 婆さん、と呼ばれた女剣士が顔を上げて、ロランドとエレットを見た。

 彫りの深い顔に苦労を感じさせる深い皺が刻まれていて、その眼光は鷹のごとく鋭い。


 ロランドは相手の剣を見た。剣客らしいレイピアで十字の鍔とお椀の形をしたヒルトがかかっている。そして、腰の後ろには左手用の短剣。


 彼女の腕前がどのくらいのものかは剣を抜くまでもなく判明する。


 酒場全体に満たされた怒号と誰かの歯が折れる音の騒乱からブリキの皿が一枚飛んできて、彼女の白鑞のジョッキにぶつかった。

 火酒が粗野な芳香を残して地面へ飛び散ると、それまで店で取っ組み合いをしていた男たちの動きがいっせいに止まり、耳鳴りがするほどの静寂が訪れた。


 女剣士がこめかみに青筋を立て、剣の鍔に手を置きながら立ち上がると、その場にいた男たちが我先にと争って入り口に殺到し、酒場のなかにはロランドたちだけが残ることになった。


 グレヴェザは口笛でどこかの国の行進曲を吹きながら、カウンターの跳ね板を上げて、勝手知ったる台所を漁るかのごとく素焼きの酒壜を一本取り出して、戻ってきた。


 その左手にはカップが四つ。


 グレヴェザはカップをそれぞれの前に置き、壜から赤ワインを注いだ。


「それじゃ、パーティ結成を祝って乾杯といこう」


「あまり酒は得意じゃないんだ」


「一口でいい。じゃあ、新しいパーティに。富と名声とその他いろいろに乾杯!」


 ぶつけたカップを少しすする。


「ゲホッ、ゴホッ」


 通が表現するところでは粗野なコクに恵まれたワインというべきものだったが、ロランドにはただの苦い汁に過ぎない。


 それを、グレヴェザも女剣士も顔色一つ変えずに一口を飲んでいる。


 ふと、エレットが気になった。


 どんなふうにしているだろうか?


 ロランドはちらりと横目で少女を見る。


「ぷはぁ」


 実においしそうに一息で飲み干していた。

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