第十七話 ラケッティア、啓蒙活動。
カトラスバークでまず目につく商売が馬の預かり屋だ。
これが城壁の外にずらっと囲いや小屋をつくっていて、馬だけでなく馬車も預かる。
というのも、カトラスバークで一番広い道は幅がたったの二メートルしかない。
馬車はおろかロバだって歩けない。
次に目につくのが、城門あたりにたむろしカードをしたり三つ足鍋を囲み熱燗をすする暇そうな男たち――その名も出口案内人。
カトラスバークの狭い城壁のなかには、効率的な都市計画なぞくそくらえとばかりにじゃんじゃん家を建てた結果、難易度ナイトメア級の迷路が出来上がった。
不慣れな旅人はおろか昔から住んでいる人間ですらしょっちゅう道に迷う。
で、この迷路のことを知り尽くした出口案内人たちが道に迷った人間を外まで連れ出す。
別に連れていくのは出口だけでなく、どこそこのだれそれの家まで行きたいという用事もきちんと果たす。
この出口案内人、よっぽど実入りがよいらしく、その職は都市ギルドによって金貨百枚という高額で販売されている。要領のいいやつなら、そのくらい三か月で取り返せるらしい。
なにせ、よそ者どころか昔からの住人でさえ、道に迷うのだ。見知らぬ街の狭い裏通りで餓死したくなかったら、出口案内人に言い値を払わなければいけない。
しかも、その他にも客の健康を祈って乾杯がしたいからと酒手をせびり、途中で見かけた屋台店でつまんだ軽食、通りがかりの雑貨屋で買った日常品、あげくの果てには出口案内人がおごってやると大口叩いた友人への杜松酒まで当然のごとく客持ちにさせる。
ここまであこぎに稼げるのなら、許可なんてもらわずにモグリで商売する出口案内人が出てくるが、案内人の権利金は都市の重要な財源。
当然、ギルドの統制は厳しく、無認可の出口案内人は見つかったら、稼いだ金と商売道具を没収される。
しかし、金はともかく、商売道具は知り尽くしたこの街の道に関する知識のことだ。
どうやって没収するかといえば、粗末な蒸留酒を大瓶で二本持ってくれば、記憶を引っこ抜いてくれるアル中の魔法使いがいるので、そいつに違反者の頭のなかをいじらせて、道順に関する知識を全部引っこ抜く。
五人に二人はそれ以外のものまで引っこ抜かれて、くるくるぱーになってしまう。
そんなリスクがありながら、城門にたむろする出口案内人の半分は無許可のもぐりだというのだから大したもんだ。
正規の出口案内人に稼ぎの半分を渡して、出口案内人助手ということにしてもらって、合法性を確保しているらしい。
こういう俗物っぽくてキナ臭い稼ぎは大好きだ。
おれなら無許可の闇ギルドを立てて、モグリの案内人たちをひとまとめに武装させて町の警吏が手を出せない大規模な護衛団をつくったり賄賂用の基金をつくったりして稼ぎやすくする一方で、正規の都市ギルドからも闇ギルドのモグリたちを大人しくさせるという名目でカネを強請れば――
「と、いろいろ考えて、モグリの出口案内人を雇って、その働きぶりと野心を確認しようと思ったら。このありさまだよ!」
小雨が降る狭い街路に誘い込まれ、数人のゴロツキに前後をふさがれて、身ぐるみ置いていけ、のワンパターン。
ジルヴァと背中をつけ合って、前後を警戒する姿勢を取る。
まあ、警戒してもおれは何もできんのだけど。
ジルヴァはおれの耳元にぽそっと、全員殺るかとたずねてきた。
「殺ってもいいが、その前に説教をさせてくれ」
「説教?」
おれは不思議がるジルヴァから離れて、おれをハメたモグリの出口案内人のほうへ二歩踏み出した。
「いつもならビビってションベンちびるところだがな、今回は怒りが先立ったぜ。だから、説教してやる。お前ら、犯罪者のクズどもときたら、自分たちが持っている裏稼業の可能性を工夫もへちまもねえ追い剥ぎでパーにしてるんだもんな。それにお前ら、その格好はなんだ? ボロ袋頭からかぶったみたいなみすぼらしいのもむかつくし、武器が敷石を外したのとか木の棍棒とかって、どういうことだよ? 明らかにお前らの追い剥ぎ稼業が儲かってない証明じゃねえか! いいか、今からでも遅くないから、城門に引き返してモグリ仲間と語らって、無許可の闇ギルドをつくれ。で、ナメられない武器で武装しろ。団結しろ。それで正規の案内人に稼ぎの半分を巻き上げられずに済むんだ」
追い剥ぎたちはポカンとしている。
たぶん、カネを出せと言われて、説教が飛んできたのが珍しいのだろう。
おれの頭を叩き割るためにかかげられた武器がだんだん高度を下げていく。
頭の上、顔の前、腰のあたり、そして腕から宙ぶらりん。
追い剥ぎたちはどうしようか迷っているようだ。
ぶちのめして金品を奪うか(=ジルヴァに返り討ちにあってぶち殺される)、話をきくか。
「本当に稼ぎの半分を取られずに済むのか?」
おれをハメてここに連れてきたモグリの案内人がたずねた。
いかにも好奇心に負けた感じでだ。
ピンハネが消えてなくなる可能性、これに抗える人間は少ない。
他の追い剥ぎたちも興味深々だ。
「あんたらはこの街の道順を知ってる。警吏が追ってきたら、街に逃げればいい」
「だが、正規の案内人が道案内についてくるぞ」
「だから、数で負かすんだ。正規の案内人がついてくるって言っても一人か二人だろ? だから、こっちは武装して数を二十人くらい集めて反撃してボコボコにする。道案内が気絶すれば、警吏たちはこの迷路のなかでにっちもさっちもいかなくなる。とりたきゃそいつらから出口までの案内料をとってもいいぞ。一人一人でやっていたら、正規の案内人に稼ぎを巻き上げられるか、とっ捕まってアル中魔法使いの御厄介になるが、全員で徒党を組めば、正規の出口案内人たちはあんたらに刃向おうとしなくなる。やつらは死ぬほど怖いんだよ、払い込んだ金貨百枚分の元を取る前にくたばることが。あんたらには失うものは何もないだろうが、やつらには失うことへの恐れがあるんだ。その強みを生かせって言ってる」
おれは自分の言ったことが相手の脳みそに染み通るまで辛抱強く待った。
すぐ短絡的な暴力に走りたがるマフィアのボスたちにビジネスライクな合理化を説いたチャーリー・“ラッキー”・ルチアーノも同じような苦労を味わったことだろう。
結局ルチアーノは〈ボスのなかのボス〉の称号にこだわって、いたずらに抗争を長引かせる頭の古いボス、マッセリアとマランツァーノを殺っつけて、ニューヨークを五つの縄張りに分けた。
先人の苦労にしみじみしているうちに、モグリの案内人が短剣を鞘にしまった。
「ちょいと、みなと相談してえ。後ろの連中をこっちに来させるが、あんたたちに危害は加えないから、通してやってくれ」
追い剥ぎたちは鶏みたいに一か所に集まって、協議を始めた。
そうだ、そうだ。話し合え、話し合え。
そして、合理化しろ、組織化しろ。
「……」
ジルヴァが黙っている。いつものことだが、黙っているのに加えて、こっちをじいっと見てる。
「暗殺の腕前を披露できなくて不満?」
こくり。ジルヴァはうなずいた。
そのうち代表者クラスのモグリ案内人がやってきた。
眉を八の字に困った様子で、
「みなと話し合ったんだがな、坊主、おめえの言うことは正しいし、それがすげえ儲かることも分かるが、おれには仲間にそれをうまく説明する自信がねえ。だから、街中のモグリの案内人を一か所に集めるから、おめえのご高説をよ、一発ぶってほしいんだ。みなも納得すると思うからよ」
――†――†――†――
人生何が起こるか分からないという保証がなければ、退屈でやっていられないだろう。
貸し装備をパクって逃げたバカとルックウェルをジルヴァと二人でとっちめて、偽造の契約書を書いたやつに会うべく、カトラスバークへ向かい、そこで奇妙な地場産業〈出口案内人〉にハメられて身ぐるみ剥がされそうになりながら、今度は一転、そいつらのために犯罪組織を一つこさえるべく、おれは大きな樽の上に立っている。演壇のかわりだ。
市内のあるワイン商の地下室にモグリの出口案内人が二百人以上集まった。
人が入りきらす、梁の上に登ったりしている部屋には濡れた服の臭いと獣脂蝋燭の臭いが籠っていて、黄色い髭を生やした男たちがめまいのするほど強いタバコを吹かしていた。
どうも連中、とにかく儲かるとしか内容はきいていないらしい。
手持ちの薬がないのでゴッドファーザー・モードになれないのが痛い。
おれの見た目はどこにでもいる十六のクソガキであり、そんなクソガキよりも思慮深そうな老人の姿のほうが相手も真面目にきくと思うのだ。
とは言ったって、カネになる話は誰の口から出てもカネになる。
こいつらだって聖人君子みたいな暮らしをしているわけではない。
毎晩飲める酒の量が二倍に増える、娼婦をもう一人追加して3Pができるときけば、ハイハイしてる赤ん坊の言葉にも耳を傾けるかもしれない。
一方、ジルヴァはというと、おれの足元にいて、警備に気を尖らせている。
本人の経験からいえば、この手の演説は暗殺者が紛れ込むのに絶好の環境であり、危険がいっぱいなのだそうな。
とりあえず、静かになるのを待っていても、らちがあかないから、先ほどの連中に話したのと同じことを話す。
闇ギルド。団結。武装。地の利を活かして警吏たちとやり合う。
一通り話すと粗野だが、好意的な賛同の声が相次いだ。
「この小僧の言う通りだ!」
「警吏とグルになった許可証野郎どもをぶちのめしちまえ!」
「許可証野郎どもは上がりを取るばかりで、自分じゃちっとも道案内をしねえ!」
「その通りよ! 今じゃ、カトラスバークで道案内をするのはおれたちだけだ!」
「おれたちこそ、本物の出口案内人よ!」
「そうだ!」
「おい、待て! おれたちはこの小僧にどれだけ払わなきゃならんのだ?」
「毎月稼ぎの一割」
こっちは娯楽のつもりでやっている。
別にロハでも構わなかったが、それだと話がうますぎて、こいつらは怪しむだろう。
「おめえに納めればいいのか?」
「月に一度、クルスのダンジョンにある〈ちびのニコラス〉という旅籠に持ってきてくれればいい。カネは最終的にはおれの伯父のもとに支払われることになっている。こっちはあんたたちがどんな商売をしようが気にしない。まあ、おれならギルドの本部をどこかにつくって、そこ囲い込んで警吏たちが入れないようにする。偽の立札をつけるとか、間違った道に案内するとかで、警吏に手出しができない縄張りをつくるんだ。そうしたら、その縄張りを基盤に酒場を開いたり、賭場を開いたり、売春宿を開いたりできる。麻薬以外でなら好きに稼ぐといい」
あとは連中の仕事だ。ボスを選んで、ナンバー2を選んで、顧問や相談役を選ぶ。
目的の代書屋まで案内するやつが欲しいというと、おれをハメた例の案内人がやってきた。
「ちょいまち。また、カモるのか?」
「とんでもねえです。すぐに案内いたしやす」
態度も打って変わり、カンテラでおれたちの足元を照らしながら、段差がありやす、お気をつけて、ネズミの死体がありやす、お気をつけて、と至れり尽くせりの案内業をしてもらった。
代書屋に着く。
古い家でドアの横に真新しい銅のプレートが打ちつけてあり、こう刻まれていた。
〈代書人 エルネスト・サンタンジェリ〉




