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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クレイジー・コピー・キャット編
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第十九話 共同戦線、合流。

 クリスが自身の怪盗ガジェットと一緒にイヴリーの聖ルブの剣を取り戻したのはよかったが、その取り戻し方は傍目から見ていて、かなりハラハラするものだった。


 道具と剣のある部屋をクリスは足音を忍ばせず、鼻歌さえ鳴らしながら、自分の部屋かアジトでも歩くみたいに歩いた――三人の警備兵が部屋にいたにもかかわらず。


 ただ、三人は床の上に縞模様の毛布を広げて、カンテラを置き、クリスに背を向けた状態で床に座っていた。どうやら、ふたつのサイコロをふって小銭を賭けているらしい。

 どいつもこいつも懲役に行ったのも一度や二度ではなさそうな悪人面で、刃渡りは短いが幅広の剣が鞘から抜けた状態で利き手の届く位置にある(ひとりは左利きらしい)。

 サイコロに夢中なあまり、部屋にクリスがいるのに気づかなかったのだが、それでも回し飲みにしていた革袋が空になったときは口から心臓が飛び出るかと思った。


「おい、酒がねえぞ」

「すぐそばに豚袋があるだろうが」

「誰か酒持ってこいよ」

「やなこった」

「そんなこと言って、おれが目を離した隙にサイコロすりかえるつもりだろ?」

「んなことしねえよ。酒、入れてこい」


 それに対し、クリスは気安い同輩に話しかけるように、


「袋を貸してくれ。おれが入れてこよう」


 男はサイコロから目を離さないで、革袋をクリスに投げたが、かなり正確な位置に投げたので、クリスはただ手を開いているだけで革袋が引っかかった。


 男たちが豚袋と呼んだのは、豚丸ごと一頭分の皮でつくった大きな革袋のことで突っ張った後ろ足の先っぽには小さな木栓がついていた。

 クリスは豚袋からワインを入れてやり、男に返した。


「ほら」


「ありがとうよ、兄弟」


「ところで怪盗道具と騎士の剣がどこにあるか知らないか?」


「この部屋にあるよ。教授が持ってこいって言ってるのか?」


「いや。あれはもともとおれたちのものだ」


 クリスがズタズタに切り刻まれると思って、イヴリーは目を手で覆ったが、男のほうは、ただ、へえ、そうかい、とだけ言って、道具と剣が入っている棚のほうを指差した。そのあいだも血走った目はサイコロから離さなかった。

 ここが正念場で、次に賽をふる番で七が出れば、親の総取りなのだ。


 その後、クリスは棚から取り出したガジェットを次々身につけ、最後に黒の外套にさっと袖を通して、聖ルブの剣を手に部屋を出た。

 騎士の剣吊りベルトは怪盗のベルトと違って、特殊な音消し加工がされていないから、嵐の船の竜骨みたいにギシギシと音を鳴らしたが、三人の博打うちは気づきもせずにクリスをそのまま通らせてしまった。


 だが、そんなクリスを慌てさせたのはイヴリーが自分の剣を受け取ろうと、忍び足で部屋に入りかけた瞬間だった。

 クリスがイヴリーを外へ押し出し終えた瞬間、三人の警備兵は扉のほうをふり返って見た。

 なにもいないと分かると、またゲームに戻ったが、なぜクリスの物音にはまったく気づかないのにイヴリーの物音、それもほとんど何の音もしていない物音にああも機敏に反応したのか、彼女には分からず、聖ルブの剣が戻ったというのに、しばらく渋みのある木の実を食べたみたいな思案顔をしていた。


「納得がいかないって顔だね」


「ええ」


「音には二種類の音がある。普通に動くと発生する〈普通の音〉と極力音を出さないように注意した〈かすかな音〉。経験から言わせてもらうと人間の耳は両方の音を一度に注意できないようになっている。〈普通の音〉に集中すれば〈かすかな音〉をききもらすし、〈かすかな音〉に集中すると〈普通の音〉は生活音となって耳に馴染んで異質さを感じない。あの三人は間違いなく〈かすかな音〉に集中していた。話しかけられた内容も分からないくらいにね」


「何の音に集中していたんですか?」


「サイコロだよ。変な錘がサイコロのなかに仕掛けられてないかどうかを〈かすかな音〉のなかにききだそうとしていた。おれがあそこでなにしようが、そこで発生する音が〈普通の音〉である限りは彼らにとて、おれは関心の対象外なのさ。でも、誰かが忍び足で部屋に入ろうものなら、それがいつもよりもよくきこえるってこと」


「怪盗もいろいろと考えているんですね」


「きみから見れば、おれも、そこらでおばあさんの手荷物をひったくるごく初歩的な泥棒も同じ犯罪者に見えるんだろうけど、でも、犯罪者だって自分の流儀を守るためには知恵も使うし努力もする。そんなおれから見れば、あの模倣犯コピー・キャットは全くの問題外だ。人の手口を模倣して、そこに皆殺しをつけ加えてオリジナリティだなんて、馬鹿げてる。そんなことを許していたら、この世界、ケダモノだらけになっちゃうよ」


「その言葉……クルス・ファミリーと関係あるんですか?」


「そこはノー・コメントかな。まあ、世話にはなってる。どうして?」


「来栖ミツルの口癖なんですよ」


 これはロランドからきいた話だ。

 イヴリーが怪盗クリスを追うのと同じで、ロランドはクルス・ファミリーを追うことに執念を燃やしているが、その途上でよくクルスが言う口癖の話が出た。


 そんなこと許してたら、この世界ケダモノだらけになっちまう。


 この世界とは悪の世界であり、そもそも悪の世界はケダモノのみで構成されている。

 ここに来る前のイヴリーなら、そう思っただろう。


 ただ、カラヴァルヴァに来て、少し物の見方が変わったのは確かだ(本当の変化は怪盗クリスから与えられたのだが、イヴリーはそのことを頑として認めないだろう)。

 

 悪党みたいな聖人がいれば、聖人みたいな悪党もいる。


 だいぶ前、あなたは聖人?と来栖ミツルにたずねたことがある。


 特に嫌疑がかけられていなくても、不定期に任意同行を求めるという方針があり、イヴリーは〈ちびのニコラス〉に来栖ミツルをたずねた。


「任意で同行してあげたいのは山々なんだけど、おれ、ここであと三時間デミグラスソースの面倒を見ないといけないんだ。まあ、また機会があったら、誘ってちょーだい」


「……あなたは聖人?」


 海竜騎士団が支配する南洋海域ではこの来栖ミツルはルネド人から神のように崇められていた。

 来栖ミツルがつくったサウススター・ブラザーフッドという労働者ギルドにより、ルネド人の政治的経済的地位は上がり、以前のようにルビアンが強硬政策に出ることができなくなったという知らせをイヴリーはきいていた。


 イヴリー自身、ルビアンであり、支配階級の一員であったことに若干の負い目があったので、人種問題を解決したクルスの善意を単純に信じたい。

 だが、サウススター・ブラザーフッドは月に二千枚の金貨をクルス・ファミリーに送っていて、ファミリーの資金源になっている。

 また詳細は不明だが、来栖ミツルが保護したルネド人の少女が、いまはファミリーのための暗殺者となるべく訓練を受けているという報告もある。


 悪党みたいな聖人、聖人みたいな悪党。


 だから、たずねた。あなたは聖人?、と。


 すると、来栖ミツルはへにゃっと表情を崩して、


「おれが聖人? やめてよ、お客さん」


 お客さん、というのがなんのお客さんなのかはいまだもって謎だが、へにゃっとした笑顔は悪党には見えなかった。


「頭領、メシまだー?」


「腹の皮が背中とくっつきそうだ」


「あと三時間だ」


「えーっ! さっきあと一時間だって言ったじゃん!」


「そんなに待てないーっ!」


「だまらっしゃい! かわいい女の子のためならともかく野郎三人のために一からハヤシライスつくってやってるんだぞ。感謝こそされども、文句を言われる筋合いはないやい!」


 立ち止まるイヴリーに、クリスが「どうかした?」と小首を傾げる。


「怪盗クリス」


「うん」


 いまにもへにゃっと表情が崩れそうな気がして思わず、なんでもありません、と首をふる。


 ああ。変な子だと思われただろうなあ。

 もっと気にすべきことはいくらでもあるなかで、我ながら細かいところを気にしてる、とイヴリーは思い、ふふ、と微笑んだ。


     ――†――†――†――


 なんだろう? クリストフは考える。


 呼ばれて応えて、なんでもないと返ってきて、ちょっと笑われたら、これはもうズボンがお尻のところで破けたのかもしれないと思う。

 割とぴったりとしたズボンだし。


 だが、最近太った覚えはなく、むしろ夏バテ痩せを少し引きずっているから、ズボンじゃないだろう?


 ウーム、なんだろう?とクリストフは真剣に考えるが、笑われる心当たりが多すぎて、どれが正解か分からなかった。


 クリストフも自覚しているところだが、自分は笑うよりも笑われるヘマをよくするタイプだと思っている。

 それは来栖ミツルもまったく同感であり、だからこそ、そのうっかりクリストフが怪盗クリスになってクールかつスマートになるのが、怪盗もののお約束なのだ。


 ただ、クリストフ本人はそこまで考えがまわっていない。

 クリス=クリストフは存在自体が、仮面と匿名の寓話だった。

 しかも、寓話の最後ではキツネや人食い鬼が必ずひどい目にあうようにクリストフも必ずひどい目にあう。

 マスクを外し、怪盗クリスがただのクリストフに戻るとき、クリスが吐いたキザな台詞やキザな仕草の数々が甦り、クリストフをメタメタにいじめるのだ。


 いまだって、人差し指をそっと唇に添えて、静かにするよう合図しているが、これもあとでクリストフを恥の感情で悶絶させる。


「おっと。変なところで会うね」


「それ、こっちの台詞」


 曲がり角からあらわれたトキマルはちょっと首を傾けて、イヴリーを見ると、


「なんだ、そっちもケーサツ持ち?」


「じゃあ、そっちもか?」


 と、クリストフはトキマルとは反対側に首を傾けて、後ろにいるギデオンを見た。


「どうして縛ってある?」


「趣味なんだそうだ」


「じゃあ、仕方がないな」


「違いますよ。ぼくは世界平和のためにこうしてるんです。こうして、ぼくが人類を代表してひどい目に遭うことによって、世界平和成就の願掛けを――」


「トキマル、解いてやれよ」


 お互いの情報を交換してみたが、情報ではクリストフたちの知ったほうが重要さで優っていた。


「あのじいさん、やっぱりやってやがったか。で、どうするの?」


「ぼくとしては、このことを先生にお伝えして起訴できるかどうかきいてみたいところですね」


「聖院騎士団としても物証を固めて逮捕状を請求したいです」


 おれとしては――、とクリス。


「現行犯逮捕を勧める。偽クリスはまた今夜仕事をする。場所は分かってる。もう、これ以上やつらの目論見通りにはさせない」

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