第十六話 ラケッティア、徒然馬車。
偽物の魔法契約書を書いた男が住んでいるのはガンヴィルから海岸に沿って、南東へ五時間か六時間ほどいったところにあるカトラスバークという城砦都市で、そこで表向きは代書屋をしながら、裏では文書の偽造をしているという。
あの魔法契約書が店に持ち込まれたとき、店番していたのはアレンカだった。
魔法契約書というのはただ文章を正しく書くだけではだめで、単語ごと言い回しごとに決まっている呪文の詠唱や特殊なインクをつかって文字をつづり、魔法の力を込める。
アレンカ曰く、偽造された魔法契約書はそうした魔法の力が付与されていて、それもアレンカが作成したのとまったく同じやり方で契約と文章を魔法でつなぎとめていた。
だから、それが偽物だと分からなかったわけだ。
まさに魔法のようなのです。
アレンカも騙せる、そんな魔法のような文書偽造屋というと、おれの頭に浮かぶのは一人だけだ。
オークション・ハウスの執務室に馬鹿二人を縛りあげて、ほったらかしにした後、おれは元の姿に戻り、ジルヴァの操る馬車に乗り、カトラスバークを目指す。
助手席に腰を落ち着けて、のんびりと曇り空の田舎道を楽しみながら、思考をあそばせる。
向かって右手には白い野の花を敷きつめた荒野がある。
きれいだし誰の所有でもない馬が群れで走るところなぞとても迫力がある素晴らしい景色であることは間違いない。
間違いないが、じゃあ、この景色毎日楽しめるようにしてやるが、かわりに料理の腕がゲロマズになるぞ、と神さまから取引を持ちかけられたら、丁重にお断りするだろう。
まあ、その程度の景色。
じゃあ、一日一回パンチラに遭遇できる運を授けるが、かわりにお前はもうクソマズなオートミール粥以外つくれなくなるぞと言われると、たぶんパンチラを取るだろう。
まあ、男なんてそんなもんです。特に高校生は。
以上が右側の景色。
んで、左側ですが、まず相変わらず顔を隠しているジルヴァが手綱を握っていて、その向こうには海へと落ち込む崖がある。
二時間もののサスペンスドラマで犯人が自分の犯行を全部ゲロるにはもってこいの崖だ。
なぜ、人は崖のそばにいくと己が罪について、頼まれもせずにペラペラ話すのだろう?
崖でなければいけないのだろうか。
バンジージャンプしながらではだめなのか?
スタバの馬事公苑店でキャラメルマキャアトグランデサイズヴァッファンクーロとかいうオサレな飲み物を注文して、キャラメルマキャアトグランデサイズヴァッファンクーロとかいうオサレな飲み物をストローでチューガボボと飲みながらではいけないのか?
まあ、場所のことはいい。
一番の懸念はあの手の犯人たちの見上げた勇気だ。
弁護士を同席させず自分の罪を認め、他に手口がどうとか、動機がどうとかぺらぺらしゃべるなんて自殺行為。
こうなってしまうと、弁護士の仕事はない。せいぜい裁判官の情状酌量にすがるくらいだけど、それって悪党としてどうなの? って話だ。
「どう思う?」
ジルヴァにたずねる。
「……わたしなら、話さない」
「やっぱりプライドがある?」
「もし、わたしが話せば……、マスターに危険が及ぶ。だから、話さない」
なんだろう、ホロリと来る健気さ。
「ありがとう、ジルヴァ。なんかすごく新鮮で嬉しいよ。その言葉だけでもこっちの世界に来てよかったと思える」
ジルヴァはあまり表情は変わらないし、変わったとしても覆面に隠れてるので分からない。
ただ、人が言うほどの無感覚ではない。
嬉しいときはそれが分かるし、怒っているときも同様に肌で感じられる。
とくに嬉しそうなときなどはクーデレヒロインらしく、いつもの無口をかなぐり捨てて、長々と話すこともある。
「マスターのためなら……たとえ、この足を〈長靴〉で締め潰されても話さない。たとえ、〈吊るし落とし〉で肩の骨を外されても、たとえ〈火バサミ〉で肉を焼きちぎられても、たとえ――」
「いやいやいや、これ、大切なことだからはっきりしておくけど、もし取調べで体ぶっ潰されそうになったら、おれのことはすぐに売って。判事とか警吏を買収すりゃ済む話だからさ」
「マスターは、優しいな……」
ジルヴァの危なっかしさはこうしてあらかじめ物事をはっきりさせておかないと、どんなひどい目に遭っても黙って耐えてしまいそうなことだ。
自分のかわりに女の子を拷問にかけさせて平気な顔できるほどメンタル強くないし、そこまで倫理を捨てたわけではない。
もちろん、ジルヴァは暗殺という世界に身を置いているのだから、そのときがきたら、大人の男と同様のペナルティを払うべきという向きもあるかもしれない。
が、そんな勧善懲悪、おれの知ったことか。
ペナルティがなんぼのもんじゃい。
腕っぷしはさっぱりだけど、それ以外の悪事では他人の後塵を拝するつもりはない。
悪の限りを尽くして、おれのアサシン娘たちを守ってみせるぞ。
チキンにも、チキンの甲斐性ってものがあるのだ。
チキン決意宣言の草稿を頭のなかであーでもないこーでもないと考えていると、そのうち城壁にはまり込んだ大きな門が見えてきた。
あれがカトラスバークだ。




