第十一話 ラケッティア、おあずけ食らった犬みたいに。
ファンタジー異世界の都市というのはだいたい城壁に囲まれている。
王都ロンデはなんといっても、ロンドネ王国の首都なのだから、その城壁も気合が入っている。
丈は高いし、濠は深いし、石の大きさは異常なまでの執念でほぼ同じ大きさに切りだされる。
城壁の上には一撃必殺の弩砲を備えた塔がいくつもあり、守備兵はロンドネじゅうでクロスボウの的当て大会を開いて、成績優秀なものを高給で雇い入れている。
城門の上には大きな鍋があって、扉を破ろうとする外敵の頭に沸騰させたタールをかけてやるし、ハシゴで上ろうとするやつには魔法使いにつくらせた焼夷兵器が〈竜の息〉をふりかける。
それだけ立派な城壁をつくるには綿密な都市計画が必要だ。
そして、都市計画とバイキンマンの悪巧みは常に失敗する運命である。
まず城壁のなかが人でいっぱいになる。
すると、悪徳家主はひとつの部屋を衝立で八つに区切って、その一区切りを部屋一つ分の相場の二倍で貸す。
さらに食料が慢性的な不足になり、パン屋ギルドが手を結んで、パンの値段を釣り上げる。
他にもいろんな悪徳商人から役人は賄賂を受け取り始め、都市はいよいよ暴動寸前まで追い込まれる。
すると城壁の外にスラム街が出来上がる。
地価の安さと外へのアクセスのしやすさでだんだんスラムは膨れ上がり、そのうち最初のほうにできたスラムが取り壊され、それなりの富裕層が住み始めると、国王はもっと大きく都市を囲う城壁をつくろうと考える。
もちろん、今度は大量の空き地が生まれるように大きく囲う。
もちろん、それは城壁完成後、間もなく人で埋まり、またまた都市は人口過密の家賃が三倍、パン屋のカルテルが出来上がる。
これが百年スパンで繰り返され、都市は何重にも城壁で覆われるのだが、最初の城壁はそれなりに凝っているが、二度目三度目となると造りが雑になる。
石を同じ大きさにそろえるのはやめ。強力な兵器のある塔もやめ。守備兵は弓がどっちの方向に矢を飛ばすのかも知らないボンクラぞろい。
正直な話、都市の金持ちはみな最初の城壁の内側の中心部に住むので、外側の城壁については知ったこっちゃないのだ。
この空から見たら、薄汚い目玉焼きに見える都を横から眺めると、もっと醜い。
最も外側の城壁と、そのふもとのゴミゴミした街がぬぼっと広がっていて、くっきりしない輪郭をだらりと左右に伸ばしている。
カラヴァルヴァが城砦都市でなくてよかった。
さて、城壁の名物といえば交通渋滞である。
城門から狂ったみたいに馬車が並ぶ。
都市に入るには関税を払う必要があり、関税は食べ物などの生活必需品にかけられる。
ここで税金取りと商人の知恵比べが始まる。
商人は商品を隠して都市に入ろうとするし、税金取りは絶対見逃さないときてる。
やつら税金取りは馬車の荷物を全部ぶちまける勢いで関税対象を探すもんだから、どうしたって渋滞ができる。
まあ、もちろん裏技がある。
ロンドネ国王との取り決めにより、騎士以上の位持ちは無税、おまけに下々のものみたいに渋滞に並ぶ必要はなく、貴族専用のえらくきれいに飾った門からスムーズに出入りできる。
その門を使えるのは貴族だけだが、貴族並みにカネを持っていて、そのカネのほんの一部を門番にめぐんでやる慈悲の心を持つものはうまい具合にその門を通ることができるのだ。
その裏技を知ったときにはおれたちは渋滞のど真ん中にいた。
「くそーっ、カネっていうのはそういうときに使うもんだろが!」
「しょうがないでしょ、もう前にも後ろにも行けないんだから」
カーナビにだまされ、高速で雪隠詰めにされたみたいな状況だ。
どうにかならんかと思っている後ろでは――、
「せっせっせー、の、よいよいよい」
ヴォンモとミミちゃんがアルプス一万尺をやっている。
昨日の夜、ヴォンモとミミちゃんがふたり同じ部屋にいることに気づいて、大いに慌てたおれは湯船から飛び出し、きゃあ、マスターのエッチ! って言われて、またまた慌てて腰にタオルを巻き、廊下へ飛び出すと、宿屋のオヤジが、またヘビが出やがったか!と言ったので、なんだよ、あの風呂ヘビ出るのかよ!と文句のひとつもつけたかったが、ものには優先順位があって、スルー。
階段をマッハで上り、廊下を走るタオル一枚男はオールドミスらしき宿泊客には刺激が強すぎたのか、ぎゃあ!と叫ばれて気絶され、ナイーブなオイラの心は傷ついたが、それでも自分がファミコン時代の横スクロールアクションゲームの主人公になったつもりで、落ちてきた掃除用バケツをかわし、床に開いた穴を飛び越え、さあ、ピーチ姫を助けてクッパに引導渡してやると飛び込むと、ヴォンモとミミちゃんはおれがだいぶ前に教えたアルプス一万尺をやっているのだった。
その姿が恐ろしく清らかに見えた。
ミミちゃんは中身はアレだが、外見は可憐な金髪幼女である。中身はアレだが。
「アルプス一万尺、こやりの上で……マスター、こやりってなんでしょう?」
「さあ。おれのいた世界でも、みんなそれを謎に思ってた。人によっては『子山羊の上で』と歌う場合もあった」
「子山羊の上でアルペン踊りを踊るんですか? 子山羊がかわいそうですね」
「だったら、ヴォンモちゃん、わたしの上でアルペン踊りを踊ってもいいんですよ、ぐへへへへ」
「おい、自販機。黙っとかないと、おれがお前の上でヒゲダンス踊るぞ」
「ぶー、ぶー」
「マスター、大丈夫ですよ。ミミちゃんはとてもいい子です」
ミミちゃんめ。
人間社会に放り込まれてから、それなりの時間が経つと搦め手の使い方を覚えてきやがった。
いまだって、ヴォンモに頬をすりつけて「ほーら、心の清らかな幼女にはわたしの良さが分かるんです」と言わんばかりだ。
しかし、おれら一行、傍から見るとどんなふうに見えるんだろう?
おれとツィーヌは同い年くらいだが、ヴォンモとミミちゃんは明らかに幼い。
そして、大人がいないが、そのわりにはしっかりとした馬車に乗っている。
きっとデカい密輸をやろうとしてると思われてるだろうな。
特にまわりの馬車の馭者台にケツを落ち着けている連中はミミちゃんに注目するが、それはミミちゃんが救いがたいロリコンだからではなく、その背負っている大きなリュックのせいだ。
なにせ、市内に換金性のある物を持ち込めば、関税対象になる。
現物払いも認められているから、リュックの半分以上はかっさらわれるに違いないとどいつもこいつも含み笑いしているが、密輸業の相場としては門番に一枚、上役に三枚も金貨をくれてやれば、なかのブツにいちいち詮索はしない。
人間の欲望はこっけいでまわりの商人や農夫たちはいかに自分の売り物を役人に見つからないように工夫を凝らすが、長期的な視野に立って考えれば、賄賂握らせたほうが安上がりだ。
だが、ここに並んでる連中はどいつもこいつもフスト並みに救い難いギャンブラーだから〇か一〇〇でしか物事を考えられない。
ブツを隠して一切の関税から逃れるか、見つかって罰金まで取られるかしかないのだ。
「国王ってのはおそらく最悪のラケッティアだよな。ただ、国王だ、ってだけで、この荷馬車全部からのピンハネできるんだから」
「じゃあ、マスターも王さまになる? どこか小さな王国の国王くらいなら、わたしが殺してもいいけど」
「おれもがんばります」
「せっかくのご厚意ありがたいけど、マフィアが王さまになったって映画はないからなあ。麻薬王やポルノ王になったマフィアなら大勢いるだろうけど」
「いま、国王を弑して成り代わるって話がきこえたが――」
見ると、脇の早馬用の道へ見覚えのある白髪頭のヒゲ男がやってくる。
アルストレム・ヴィーリ。ロンドネ王国の諜報機関〈青手帳〉のベテラン・スパイが何の用だろう?
つーか、アルストレムはいつも青い襟をつけてるけど、青ってのは白髪をさらに白く引き立てるっていつも教えてやろうと思って忘れるんだよな。
「やあ、アールのとっつぁん。元気?」
「それ、カルデロン判事と同じ呼び方だろ?」
「さすが諜報部員は事情通だ」
「おれはまだ二十八だぜ」
女子チームが、ゲッ、とか、うそー、と声をもらす。
「傷つくなあ」
「で、何の用? 見ての通り、おれ、忙しいんだ」
「見た限り、ヒマそうに見えるがな」
「並んでるんだよ。列に! なあ、王さまに渡す青手帳貸してくれよ。おれが門の数を倍に増やすか関税の支払いに電子マネー決算を使え、タコ!って書くから」
「無茶言うなよ。おれだって触ったことがないんだぞ」
「じゃあ、誰がさわれるんだ? 王さま以外で」
それだ、とアルストレムは人差し指でおれを撃つみたいに指差して笑いながら、
「その青手帳を国王以外でさわれる唯一の人物があんたに会いたがってる」




