第十話 ラケッティア、懐かしい顔。
「やあ、久しぶり。こんなところで会うとは奇遇だねえ」
長い黒髪を後ろで結い上げた左右の目の色が違うアズマの若者。
確か、名前はクマワカだったか?
ディルランドのごたごたからそれなりの時間が経ったが、おそらくガルムディアの諜報機関に飼われてるはずだ。
「覚えていたとは意外だった」
「忘れるわけがないでしょ。あんた、信じないかもしれないけど、あのセント・アルバート監獄で過ごした日々は人生最良の時間だった。ミートソースつくって、ボッチェして。まさにグッドフェローズ! そういや、伯父さんを殺してくれっておれがウソ頼みして、嘘の報告を持ってきたのもあんただった」
「……トキマルは元気か?」
「なんだよ、あいつに会いに来たのか? 全然元気じゃないよ。あいつ、いま風邪で休んでる。言伝があるなら持っていくけど?」
「ただ、きいただけだ。それに伝えたいのはあんた向けの伝言だ」
「ききましょう」
「長生きしたければ、ロンデの抗争とは距離を置くことだ」
「なあ、誤解を招いてるのは分かるけど、おれはロンデの跡目争いにちょっかい出すために旅してるんじゃないんだよ。そりゃ、多額の現金、アサシンひとり、おれ自身がこのいろいろ物騒な時期に北に向かってることがなにか野心があってのことじゃないかと思われるだろうけど、別にロンデの縄張りごっそりいただこうってわけじゃない。ただ人助けのために旅をしているんだ」
「あのジャックという元暗殺者か?」
「そうそう」
「あんたのような人間がひとりの部下のためにそこまでするとは思えないな」
「あ、それ傷つくわあ。おれはいつだってファミリー第一に考えて生きてるんだよ?」
「まあ、いい。警告はした」
「その警告のおかげで、ロンデの連中がガルムディアともつるんでるって手の内がバレたけど、それっていいの?」
「それともうひとつ、ジャックを仇と狙っている女、いまは〈銀の杯〉と呼ばれるアサシンギルドに所属している」
それからクマワカは煙のように消えてしまったが、とんでもない意趣返しを残していきやがった。
これ、アナスタシアがジャックを殺るためにアサシンギルドに頼むんじゃなくて、自分がギルドに入って、人生ダメにしちゃったってことでしょ?
ジャックがそれを知ったら、ますます罪滅ぼしにハマるじゃんか。
つーか、このタイミングでガルムディアの雇われ忍者が出るとはなあ。
こっそり、ツィーヌがやってきて、そこからキャアみたいなことを期待していたんだが。
「なーにを期待してるのよ、スケベマスター」
「そうそう、そんな感じでって、おわあ!」
見れば、浴場の天井を支える石柱にツィーヌがアサシンウェア姿でよりかかってる。
「えーと、いつからそこに?」
「あのガルムディアの犬が出てきたあたりから。妙なマネしたら、これを食らわせようと思って」
ツィーヌは長さ三十センチの吹き矢の筒を見せる。
ツィーヌが使う毒は大きくふたつに分けられるが、ひとつ目は自然死に見せかけるための大人しいやつで、ふたつ目は食らった相手が物凄い苦痛に襲われ、皮膚がただれて、血反吐を吐きまくって、体じゅう黒い膿汁まみれになって死ぬというデラックス・コース。
ツィーヌの「わたしがマスターを守った」とちょっと誇らしげな顔をしているところを見ると、こりゃデラックス・コースを用意してきたみたいだ。
「んまあ、準備のいいことで。あ、ききたいことがあるんだけど」
「ほっぺもちもち選手権ならダメだからね」
「いや、そっちじゃなくてですね」
「え? 違うの?」
「〈銀の杯〉ってアサシンギルド、どこに本拠地があるか知ってる?」
「……ロンデの貧民街にあるけど」
「あーあ、これでますます誤解されるな――なんか、不服そうな顔してる、どしたの?」
「別にぃ」
「その、別にぃ、って、おれがミミちゃんと終わりなき二人ダウトしてたときもきいたけど……あ、あー、なんか急にほっぺもちもち選手権がしたくなってきた」
「どうしようかなー」
「お願いします! めっちゃ強い水鉄砲の撃ち方教えるから、ほら」
「わ、ホントだ。しょうがないわね。ちょっとだけだからね」
「はい、はい」
と、ツィーヌのほっぺもちもちをしようとした瞬間、
「あれ、ちょっと待って。ここにおれがいて、ツィーヌがいるってことは上の部屋には?」
「ヴォンモとミミちゃんだけだけど――って、ああーっ!」




