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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クレイジー・コピー・キャット編
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第三話 怪盗/騎士判事補、妙な根拠。

「最悪。もっとマシな日、選べないの?」


 トキマルが文句を言うのもそのはずで、その日は秋の夜の大雨でそんななかシデーリャス大通りの邸宅街は溺れかけていた。


「あと一軒だ。ここを調べたら帰る」


「それ、三回きいた」


 悪さするところにはカネもあるもので、シデーリャスの邸宅街には禁制品の密輸や麻薬売買、大規模詐欺組織の元締めなどがカネに飽かせてつくらせた宮殿が並んでいる。

 そして、宮殿には庭園が付きものであり、クリストフとトキマルはその人気のない庭園を雨音と夜闇にまぎれて移動し、偽クリスが犯行に及んでいないかを確かめていった。


商会マフィア〉でもそうではない独立系犯罪者でも成功すると大きな屋敷と庭園をつくる、――いや、むしろ屋敷そのものよりも庭園にカネをかけた。

 悪党成金のあいだでは庭園を豪華にするのがとにかく流行っていて、植込みで巨大迷路をつくったり、珍しい鳥や蝶を飼ったり、小さな海ともいえるほどの池をつくったりする。


 その手の庭は晴れた朝に見れば気持ちよかろうが、叩きつけるような大雨の夜にうろつくのは決して面白くない。


「つーかーれーたー」


「あと一軒。ほら」


 と、指差す先にはやけに丸い屋根を強調する屋敷がある。


「これは何御殿?」


「農民の土地だまし取り銀行御殿だ」


「そんなもん、偽クリスがいなくても、百姓が一揆起こせば皆殺しにされるでしょ」


「だが、百姓は一揆をおこしてないし、地方長官も賄賂で買われてる。偽クリスが狙ってもおかしくない」


「違法競馬御殿や売春御殿のときもおんなじこと言った」


 農民の土地だまし取り銀行御殿は当たりだった。

 テラスに面したガラス窓が開きっぱなしになっていて、部屋付きのメイドが背中から虫のように刺し貫かれて倒れていた。


 寝室では銀行家夫妻がベッドの上で滅多切りにされ、小さな帆船の絵の裏に隠された金庫が開いている。


 トキマルが死体の首に触れると、まだ温かかった。


「ひと足遅かったな。ま、いずれはこうなるやつだろうけど」


「くそっ」


「待て。いま、馬がいなないた」


 邸宅の表には松脂のたいまつを手にした聖院騎士団が集まり、扉を破ろうと大槌を叩きつけていた。

 使用人のひとりが通りのほうまで体を引きずりそこで息絶えたため、通報されたのだ。

 まもなく「聖院騎士団だ!」とわめく騎士たちが屋敷を走りまわり、ふたりはギリギリのところで窓から飛び降り、屋敷よりもカネと手間のかかった庭園へと逃げた。


 それでもクリストフは窓枠に足をかけたとき、背後から――、


「怪盗クリス! 待ちなさい!」


 と、イヴリーが叫ぶのをきいた。


 クリストフはその声をただの制止の呼びかけと思っていたが、実際にはもっと切実な何かがあった。

 それをクリストフが知るのは今ではなかった。


     ――†――†――†――


「きみは以前、怪盗クリスを見たことがある。今日、見かけたのはクリスだったのか?」


 イヴェスの質問にイヴリーは黙ってうなずいた。


「でも、怪盗クリスの手口から大きく外れています。たとえ、あれがクリスだったとしても、犯行はクリスによるものではないのではと思っています」


「クリスを騙る偽物がいて、本物がそれを追っている?」


「はい」


 どうでしょうね、と言ったのは寝室から咳をしながら出てきたギデオンだった。


「宗旨替えしたんじゃないですか? 悪党は根絶やし。例外はなし」


「それはないと思います」


「どうして?」


「……カンです」


「そういうと思ってました。でも、実際のところ、ここは死体だらけ。悲しいけど、これが現実――ゲホッ、ゲホッ」


「ギデオン、家に帰って休め」


「大丈夫ですよ、先生。それにここ、先生の家よりも過ごしやすいです。で、怪盗改め強盗殺人犯のクリスですが――」


「おれはイヴリーの説に賛成だ」


 ロランドが言った。


「おや、それはまたどうして?」


「クリスはクルス・ファミリーとつながりがある。ジャックってバーテンと仕事をしたことがあるんだ。そうだよな、イヴリー?」


「はい」


 イヴェスは、初耳だな、とつぶやき、ギデオンは慌てて、三日前の夕食のことをしゃべりだし話をそらした。

 イヴリーがクリスと初めて会ったとき、イヴェスは頭を打って海賊王、麻薬王、喜劇王になろうとしていたのだ。


 とにかく、とロランドが話を戻す。


「クリスとクルス・ファミリーのあいだに何らかのつながりがあれば、そして、これが本当に宗旨替えしたクリスの仕業なら、とっくにクリスの死体がエスプレ河に浮いているはずだ。悪党だけならまだしも、その家族や使用人まで殺すのをクルスが許すとは到底思えない」


「あーあ、クルス・ファミリーを出しちゃいましたか。これじゃ先生も偽物説に賛成しちゃうじゃないですか」


「まるで本物のクリスが犯人ならいいような口ぶりだな」


「だって、先生、犯罪者の堕落は見ていて楽しいですからね。でも、筋は通っちゃいました。確かにクルス・ファミリーはこんな手口許さない。クリスが身内なら身内の始末を自分たちでつけるし、身内じゃないとしても、こんな強盗殺人が続けば、裁判所と騎士団は規制を強化するから、ファミリーに迷惑がかかり、やっぱり始末される――うう、寒気がしてきた」


「熱があるんじゃないか?」


「ちゃんとごはん食べていますか?」


「ご心配どうも。それにしても不思議なものですねえ。怪盗クリスなら宗旨替えもあるかもしれないと思うのに、クルスなら宗旨替えはありえないという奇妙な自信。これはどこから来るんでしょう?」


 簡単だ、とロランド。


「クルスが宗旨替えしたなら、世界じゅうで血の雨が降る」

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