第十七話 ラケッティア、ピラニア・ミミちゃん。
「オーナー。おれにはオーナーの考えていることが分からないんだが、おれはここでバケダーノ兄弟たちがそいつをミミちゃんに食わせようとしているのを見ながら、スパゲッティを食べているだけでいいのか?」
「そうだ。スパゲッティ食べてればいい。考えてもみろよ。自分がぐちゃぐちゃに拷問されるのを眺めながら平気でスパゲッティ食べてるやつがいたら、ビビるだろ」
「アレンカもなにか食べたいのです」
「アレンカはなにも食べなくても、そこにいるだけで十分ビビる」
「十分ビビるかもしれないのです。だけど、お腹が空いたのです」
「じゃあ、トッローネは?」
「トッローネ? きいたことがないのです」
「アーモンドを煮込んだ蜂蜜のなかに落として固めたお菓子。めっちゃ甘いぞ」
「わーい!」
そのころ、幌馬車が一台、ジーナの家の外に止まった。
バケダーノ三兄弟が三人がかりで運び込んだ大男は腕をめちゃくちゃにふりまわして長男トニーノをぶん投げ、次男のコック・マンを叩きつけ、末っ子のアンドリを弾き飛ばしたが、ドアから逃げるところでビッグ・ママ・バケダーノのラリアットを食らってリングに沈んだ。
「だらしないねえ、男どもだねえ。もう一度『筋肉繚乱特別訓練メニュー』が必要かい?」
「母ちゃん、あれだけは勘弁してくれよ!」
「頼むよ、母ちゃん!」
がたいのいい長男と次男が顔を青くし、細い末っ子のアンドリがうっとりとした顔をしてみせる『筋肉繚乱特別訓練メニュー』がなんなのか気になるところ。
しかし、いまは尋問のほうが先だ。
井戸のある場所を教えると、コック・マンがバケツ一杯の水を持ってきて、大男にかけた。
そこでやっと目が覚めた大男は暴れようとしたが、縄でぐるぐる巻きにされていて動けない。
「ハロー、サンシャイン」
「てめえら――おれが誰だか分かってんのか!」
「知らんね」
「てめえら全員死んだも同然だぞ!」
大男はそこでがなるのをやめた。
おれがなにか言うかもしれないと思ったみたいだが、おれは椅子の背に前のめりになるみたいに座り、ジャックは大盛りのプッタネスカを食べている。
ビッグ・ママはジャックとスパゲッティを見て、おれの意図を悟り、にやりと笑った。
ああ、この人、根っからのギャングだな。
「むーっ、アレンカのトッローネなのです! めっ!」
そして、チャウチャウ犬。
アレンカが蜜菓子を分けてくれないか、分けてくれるだろう、分けるべきなのだ、とうろつくこの人は根っからのチャウチャウ犬だな。
その微笑ましい光景を見て、大男はおれたち全員がチャウチャウ犬みたいに微笑ましい存在だと思ったらしい。
人間、悲劇のたいていは見込み違いに端を発する。
「いますぐ、この縄を解きやがれ。そうすりゃあ、命だけは助けてやるようにとりなしてやってもいい」
「とりなすって誰に? ペイショトか?」
「そうだ。他に誰がいるんだよ」
「泣けるね。嬉しいよ。おれたち全員の命乞いをしてくれると縛られたまま約束する男ってのはなんて素晴らしいんだろう! フォンセカとジーナがどこにいるのか教えてくれればすぐにその縄を解くし、トッローネもご馳走しよう。悪くない条件だろう?」
大男は、へっ、とあざ笑った。
「知らねえな」
「近所の住人がお前らの姿を見てるんだよ。とくに二人を袋に詰めて、馬車で出ていくお前の姿を」
「拷問するならしやがれ。おれはな、ペイショトの他の手下みたいな学生崩れやアサシン上がりとは違うんだよ。本物のワルなんだよ。てめえらがなにをしようとガキのお遊戯みたいなもんだ」
「そうくると思って、取り寄せたものがある。これだ」
おれは青い油紙に包まれたボールみたいなものを取り出して、紙をはぎ取った。
「なんだ、そりゃ?」
「近くの肉屋で買ってきたローストチキンだ。まだ焼いてないが、なかには米だの野菜だのが詰まってる」
これをだな、とおれはローストチキンをミミちゃん目がけて投げつけた。
チキンがぶつかるコンマ五秒前、〈メガロドン商店〉謹製のヤバい牙が並んだ口がバカッと開いて、チキンをバリバリムシャムシャ食べてしまった。
ミミちゃんはチキンの腹を結ぶのに使っていた紐を吐き出すと、ケプッとかわいくゲップした。
この一大スペクタクルを見た大男はまるで生まれて初めてスパゲッティ・プッタネスカを見たように目を見開いた。
自分が生きたまま食われ、そして食われた後もフォークでくるくるまわるスパゲッティのことを考え、いまにも吐きそうな顔になった。
さて、縛られた人間をミミちゃんに食べさせるのは人間を生きたまま機関車の窯にぶち込む要領で行う。
アラン・ドロンの『ボルサリーノ2』でもラスボスはそうやって処分した。
ちなみに機関車に人間をくべるのを最初に思いついたのは蒋介石らしい。
1927年、蒋介石は上海の伝説的なギャング杜月笙とタッグを組んで捕まえまくった学生運動家や共産党員をせっせと窯にくべたそうな。
大男は狂ったように暴れたが、みんなでなんとか押さえて、その足を、少しずつミミちゃんに近づける。
ミミちゃんは機嫌がよさそうに歯をガチガチ噛み鳴らす。
「よかったなあ。ミミちゃんはグルメなんだ。どうせ食われるならグルメに食われたほうがいいわな」
それに対し、男のほうはというと足がミミちゃんに近づけば近づくほど、顔は蒼白になっていく。
「てめえら、いかれてる!」
「そんなに褒めるなよ。惚れてまう」
「やめろ、やめろぉ!」
「オーエス、オーエスなのです!」
「ほら、幼女が応援してるぞ。あきらめて喰われろ!」
「言う! 分かった、言うよ! だから助けてくれ!」
そこで離してやった。
ミミちゃんまでほんの数ミリの距離だった。
大男は涙鼻汁小便まで漏らしたどえらい状態になっていたが、度を越した恐怖も状態異常の一種だろうと思い、ジャックに銀貨を投げて、状態異常を治す薬草酒をミミちゃんから買い、それを飲ませた。
「ほら、これを飲め」
「そんで、ふたりがどこにいるのか教えろ」
といわれて、足が指がわりに伸びた先にあったのは窓の向こうの図書館だった。
「ダンジョンに連れてったのかよ? ペイショトはなに考えてるんだ?」
「ダンジョンで事故死に見せかけるんじゃないか?」
「学がある割にやることがせこいな。よし、台車をチャーターしろ。ふたりを奪還するぞ。ミミちゃんを連れてな」




