表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
〈学院〉 ベンダー・マシン・ミミック編
462/1369

第七話 ラケッティア、マイ・フェイス。

 リグベルト・フォンセカは小さな庭をせっせと手入れしている。

 そんなに丹精込めて手をかけるなら、庭で刺客を返り討ちにするのはよしたほうがいいと思うのだが、相手は天才学者なので、たぶんユリの庭と人殺しにまつわる独特の思考があるに違いない。


 おれの部屋はフォンセカの家の二階の客間で、いまは東向きの窓から入る光がつやつやした板床の上を音もなく滑っていくのを見ている。

 塗りの継ぎ目がまったく見えない化粧漆喰の見事な壁に明るいニスで赤めに仕上げた家具がよく調和していて、それでいて広くもない部屋に狭さを感じさせない。


 こんな見事な内装を考えつく人間が学説をめぐる殺し合いにあんなに嬉々とするのは矛盾している気がする。

 自分の家を丁寧に面倒みられる人間が人殺しに直結するというのは、ちょっと腕を組んでムムムとしたくなる。


 でも、待てよ。

 我が偶像リトル・ニッキー・レンジリーはイギリス風の庭の面倒を見るのが好きだったって、なにかで書いてあったぞ。

 ギャングのなかで同じくらい花が好きなのは自身で花屋を経営しその花屋で殺されたダイオン・オバニオンくらいのものだとかなんとか。


 でも、クルス・ファミリーで人殺せる連中のなかで庭の面倒を甲斐甲斐しくみているやつはいない。

 というか、誰もみていない。

 大自然の繁茂にまかせっきりにしている。


 特に西棟の中庭はすごいことになっている。

 ちょっとしたジャングルだ。

 ビンタみたいな葉っぱの椰子だの極彩色のオウムだの壁を覆い尽くさんとする野心旺盛な蔓植物だの。

 それに埋蔵金伝説もある。


 つまり、おれが非常時に使うための金貨千枚を箱につめて、庭に埋めたのだが、庭の植物があっという間に庭を埋め尽くしてしまったため、おれ自身、どこに金貨の箱が埋められたのか分からなくなっているということらしい。


 ときどき命知らずのトレジャーハンターが夜中にうちの中庭に忍び込み、植物を山刀で切り開いてジャングルに入ったはいいが、自分の来た道は甘ったるい腐臭をさせた植物どもの貪欲な成長によって塞がれてしまい、ジャングルに閉じ込められたトレジャーハンターはそのまま植物の養分になっている……。


 ちなみに埋蔵金伝説は本当だ。

 カラヴァルヴァに来て間もないとき、いざというとき使えるようにと埋めたのだ。

 で、どこに埋めたのか分からなくなった。

 普通、トレジャーハンターが発見したお宝は元の持ち主にも分け前を払わないといけないが、おれはそんなけち臭いこと言うつもりはない。

 見つけたら全部持っていってもらって結構。

 ただ、おれは朝起きて庭に出て、ジャングルに山刀一本を残して消えた連中を大勢見ているからおすすめはしない。


 だが、まあ手入れできない庭のことをあれこれ考えてもしょうがない。


 喫緊の問題は髪だ。


 金属を丁寧に打ち延ばした鏡をじっと見る。

 そこにあるのはおれの顔だ。


 ……確かに伸びている。もさもさだ。

 後ろを束ねるほどではないが、このまま放っておけば、それも時間の問題だ。


 だが、何度も言うように、おれはイケメンには程遠い。

 目は三白眼で目つきも悪く見えるし、唇は極度に薄く、いつもへの字に結ばれている。


 赤ちゃんはおれの顔を見ると泣くし、お巡りさんは少年犯罪のにおいを嗅ぎつけて職質する。


 だから、おれの髪が伸びたところでおれはおかしくならない――はずだ。


 でも、ロンゲのイケメン軍団で自身の狂気に気づいているものはいない。

 狂気は常に無自覚だ。


 絶対にありえない、ありえないが切っておいても減るもんじゃない。あ、いや、髪は減るけど。


 ……。


 恥ずかしい話だから一度しか言わないが、おれはこんなおれの顔を気に入っている。

 てめえ、どんだけナルシストなんだよ?と言う前にきいてほしい。


 たとえば、この部屋には持ち運べるA4くらいの大きさの黒板がある。

 その黒板にこう書く。


     FBI― NEW YORK

     2-25 1984

     A101 37 ― 03


 で、これを胸の前で抱えて、その姿を鏡で見ると、まるで逮捕されたマフィアの写真みたいになる。


 そう。おれの顔は警察写真マグショット映えするのだ。


 なんだ、そんなこと、と言うなかれ。

 よきラケッティアは逮捕されたときもよきラケッティアでいなければならない。


 たとえばガンビーノ・ファミリーの幹部カポだったニノ・ギャッジは物凄く顔がマイルドだった。

 並みのカタギでもここまでマイルドな顔をしているやつはいないくらいマイルドだった。


 そうだな――日曜大工が恐ろしく下手だけど大好きでどうも嫁や娘に頭の上がらないほんわり父さんって感じで、家族同士が抱き合うとオーウとか効果音の入るアメリカ製ドラマに出てきそう。


 とくに目がマイルドだ。

 ありきたりの比喩だが、捨てられた子犬みたいな目をしている。


 グーグル画像で検索してみるといい――nino gaggiと。


 すると、ふたつの逮捕写真マグショットが出てくるはずだ。


 ひとつはサングラスをかけたマフィア、もうひとつはマイルド父さん。

 プレートを見る限り、どちらも1984年2月25日にFBIが撮影したものだ。


 推測するに、ギャッジは自分のツラがどれほどマイルドか痛いほどよく分かっていたので、強面に見せようとグラサンをかけて撮影させた。

 そうしたらFBIの偉いさんが出来上がった写真を見て『てめえ、んなもんかけていきがってんじゃねえぞ、チンピラ!』と言われて、しぶしぶグラサンを外して、マイルド父さんとなって撮りなおしたに違いない。


 ちなみにマイルド父さんはファミリーきっての殺人鬼軍団〈デメイオ・クルー〉の総監督だった。

 関与した殺人事件の数は二百以上。


 ウーン、マイルド!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >グーグル画像で検索してみるといい――nino gaggiと。 ほんとにマイルドで草
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ