第六話 ラケッティア、ドッカンバリバリ。
トンガリ帽子街には魔法や実験に使う素材屋がいくつもある。
そのひとつ〈メガロドン商店〉は牙に特化した素材屋だ。
もし、おれが自動販売魔法生物に牙をつけるのなら、ここで買うのがいいと勧められて、ジャックを連れ、フォンセカとともにやってきた。
アレンカはお留守番。ジーナの工房で魔法生物製造に関する話し合いをしている。
ふたりの話し合いはとても高度かつ専門的な会話で、門外漢のおいらにはちんぷんかんぷんだった。
こういうとき、アレンカはアレンカなんだなあ、としみじみ感じる――なに言ってるのか分かんないと思うが、そうなのだ。
さて、肝心の〈メガロドン商店〉だが、なるほどいろんな牙がたくさんあった。
店のなかは牙だらけでボケッと歩いていると知らないうちにズタズタになっていてもおかしくないほど切れ味が密集していた。
錐みたいに細い牙、ステーキナイフみたいな牙、限りなく正三角形に近い牙。
牙を物色していると、牙屋のオヤジが話しかけてきた。
オヤジは草食恐竜みたいなのっぺりとした顔で、その歯も臼みたいに幅広い。
分かってるよ、とオヤジ。
「おれは牙を売るタイプの人間には見えない」
「草食動物っぽいっすね」
「そう悪くない。肉食動物みたいにギスギスしたツラだと客も身構えるし。で、どんな牙をお探しだい?」
「ドロップキックしてくるやつの足を食いちぎるための牙を探してるんだけど」
「ジーナの足を食いちぎるのかい?」
「いや、そうじゃないよ。つーか、ジーナのドロップキックって有名だったの?」
魔法生物に取りつける歯がほしいと言うと、オヤジは分厚さと鋭さと切れ味と色つやに文句なしの素晴らしい牙を一式取り出した。
「おおー、これはまた」
「掘り出し物だよ。パールビーストの一揃いもの。これを魔法生物に取りつけるのは陸戦条約に違反してるんだが、お客さんは戦争じゃなくて小売業に使いたいって言ってるから問題ない。金貨二十枚だが、いいかね?」
「じゃあ、これを一揃い」
「むっちゃかわいいリボンをつけてやるよ」
ブラキオサウルスみたいな顔したオヤジが均整の取れたちょうちょ結びにしているあいだ、ペイショト博士とその子分の暗殺組織はおれたち――というより、フォンセカを逃がさないように〈メガロドン商店〉を囲んでいた。
通行人たちはトラブルのにおいを嗅ぎ取ってトンズラし、屋台も次々と店仕舞いし、地元小売業に打撃を与えることははなはだ心苦しいが、こっちも被害者だ。
〈メガロドン商店〉の陳列棚の後ろから外を見ると、向かいにある宿屋の全ての窓からクロスボウの矢じりが控えめに突き出ている。
黒衣の剣士たちは通りを封鎖していて、おれたちの首を刎ねるとき、剣が刃こぼれしていては悪いからと大きな研ぎ車までご用意してけつかる。
だが、一番ぎょっとしたのはゴーレムだ。
象形文字みたいのが刻まれた明るい色の石材を組み合わせてつくった石の巨人は身の丈三メートル。
拳の大きさは超大型カボチャ並み。顔のあるべき位置には大きなクリスタルをはめ込んだ頭部があり、フォンセカ曰く、そこから破壊光線を発射するかもしれないとのこと
「しかし、ペイショト博士も律儀なやつだ。今度来るときはゴーレムを連れてこいと言ったら、本当に連れてきた」
「そんな悠長なこと言ってる場合か? あれ、おれたちのこと紙コップみたいに握りつぶすためにやってきたんだぜ」
「落ち着け、オーナー。おれのドロップキックでなんとかする」
「なんとかならないって。くそ、アレンカがいれば一発なんだけどな。ところで、このなかにペイショト博士はいるのか?」
「いる。あそこだ」
ブロンドの髪をふわっとさせた、身なりに隙のない男が宿屋の壁によりかかって立っている。
自分の知識が世界と渡り合うことができるとマジで信じている人間の狂信と傲慢と独善と鼻持ちならなさがひとつの体にぎゅっと凝縮された果汁100%ジュースみたいなやつだ。
その手の金持ちの家ではそのまま、貧乏な家では水で薄めて飲むわけだが、中産階級の家ではミルクで薄めるという裏技がある。
そうだ。教育マフィアの飲み方に裏技があるなら、本物のマフィアにだって裏技は当然ある。
裏技はお気に入りの青いリボンをつけてやってきた。
殺し屋どもがうようよしている表通りをテクテク歩いてきたのだ。
結局のところ、インテリの揃えた殺し屋どもはモグリだったので、アレンカの火力を知らなかった。
知っていたら、スクラム組んで通過を阻止しようとしただろう。
が、やつらはそんな小娘ひとり通したところで戦いの趨勢は揺らがないと自信を持っていた。
だが、その小娘が大逆転のカギを握っているのだ。
「ぱんぱかぱーんなのです! アレンカ、マスターのピンチにかけつけてきたのです! さあ、誰からぶっ殺せばいいのですか?」
――†――†――†――
ゴッドファーザー・パート1で、監督のフランシス・フォード・コッポラは主人公マイケルのシチリア現地妻のアポロニアを死なせるために1946年型アルファロメオを本当に吹っ飛ばした。
1946年型アルファロメオがもったいないと言っているわけではない。
ゴッドファーザーは1972年の映画だから、二十六年前のアルファロメオのさほど美品でもないやつなら、手に入れるのにそう苦労はしないだろう。
そうではなく、コッポラは本当の爆薬を使って吹っ飛ばしたのだ。
普通、映画で車が爆発したシーンがあれば、それは爆発させているのではなく、ガソリンを派手に燃やして爆発しているように見せているだけに過ぎない。
だから、映画のなかで車が爆発してもあらかじめネジを外しておいたドアが取れて、ボンネットが飛び、窓から炎が噴き出すだろうが、車体はしっかりそのままの形で残っている。
当然だ。
自動車の頑丈な車体を破壊するほどの力がかかっていないのだ。
だが、ゴッドファーザーのあのシーンは違う。
アルファロメオは少量ではあるが、本当に爆薬を使って吹き飛ばした。
見れば分かるが、爆発の衝撃で車体がぐにゃぐにゃにひしゃげている。
さらによく見ると、青いドレスのアポロニアの死体が燃える車にちょこっと見える。
フランシス・フォード・コッポラ、おそるべし。
ところで、この現地妻アポロニアは地元の若者ファブリッツィオが敵に寝返って、マイケルを爆殺せんとしかけた爆弾によって死んだのだが、ここでゴッドファーザーの映画を見た人は不思議に思うだろう。
ファブリッツィオへの復讐はどうなったの?
ゴッドファーザーといえば、裏切りには復讐で思い知らせる復讐大好き映画である。
妹の旦那のカルロ、古参幹部のテッシオ、老いぼれたドン・チッチョ、そして実の兄貴のフレド。
裏切ったら殺すのがゴッドファーザーなのだ。
ところが、ゴッドファーザー・パート1、2、3。
どれを見ても、ファブリッツィオが殺されるシーンがない。
あれだけのことしといて逃げ切ったのかと思うが、原作を読むと、アメリカに逃げてピザ屋を開いていたファブリッツィオは見つかって射殺されている。
どうしてそんな重要なシーンを撮らなかったのだろうと思うが、実は撮っている。
パート1ではマイケル自らショットガンで復讐しているのだが、これはお蔵入りになった。
マイケルのキャラに合わない。原作でも手を下したのは殺し屋だった。
しかし、そんなことでめげるコッポラではない。
彼はパート2でもファブリッツィオを殺そうともくろんでいる。
コッポラから死の宣告を下されたら、誰も逃げることはできないのだ。
さて、パート2ではファブリッツィオはアメリカで開いたピザ屋から帰ろうと車に乗ったところを爆殺される。
自動車爆弾でやられた仕返しは自動車爆弾でやる。
まさにゴッドファーザー的だ。
が、これもお蔵入り。
見れば分かる。
ファブリッツィオの車は赤いランプと小麦粉の煙で爆発した。
悪名高き完璧主義者のコッポラが納得するはずはなかった。
で、コッポラはフォブリッツィオ復讐はなかったことにした。
さすが、コッポラ! そこに痺れないし、あこがれない!
さて、アレンカだが、〈メガロドン商店〉を囲むゴーレムと殺し屋軍団相手に彼女が見せたのは本物の爆発だった。
正直油断してました。
アレンカがやる! アレンカが殺すのです! と、熱心に言われて、ついほだされて殺らせてみたが、そのときおれの頭のなかにあった爆発のイメージがハリウッド映画式のガソリン燃焼型爆発だった。
そんなわけで本物の爆発の衝撃波で半径五十メートル以内にあった家の窓ガラスが全部吹き飛んだ。
〈メガロドン商店〉のなかでは第三次世界大戦が起きていた。
爆破の衝撃で商品の牙が飛びまくった。
牙同士がぶつかって火花が散ったり、漆喰壁に半分以上めり込んだり。
フォンセカは飛んできた牙に額を切られた(あとで酒を染み込ませたスイカを二枚も食べると傷跡はきれいさっぱりなくなった)。
それからおれたちはガラス代を請求しようとする怒り狂った隣近所から身を守るために店じゅうの家具や棚を動かしてドアと窓を塞ぐはめになったのだった。




