第五話 ラケッティア、ドロップキック万能説。
ダンジョンは四階まで登った。
確かに前評判の通り、そこには魔物がうろうろしていて、閲覧に来た連中も一階のもやし学生ではなく、重武装した連中だった。
健全な肉体に不健全な精神が宿った典型で、オタクを主人公にしたアメリカのラブコメ・ドラマに出てくるクォーターバックのマッチョみたいに性格が悪そうだ。
魔物よりもこいつらを倒したほうが世のため人のためになるだろうとは思ったが、おれは世のため人のために生きているわけではない。
司書相手にやったことのリバイバルをしてもよかったが、その前に必要なものを集めないといけなかった。
〈弾力のある繊維〉〈巨獣の骨〉〈水晶の樹の実〉〈虹鉄外殻〉の四つだ。
そもそも、おれはここにマフィアの貴重な財源である自動販売機ビジネスを確立せんとやってきているのだ。
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さて、図書館ともジャングルとも取れないダンジョンをうろついて、飛び出す絵本を二、三冊しばいて、〈水晶の樹の実〉と〈弾力のある繊維〉が手に入るころになり、ジャックがドロップキックに取りつかれ始めた。
「ドロップキックはすごいんだ」
ジャックはこれまで見たことがないほど、目をきらきらさせていた。
クルス・ファミリーでは最も陰のあるジャックだったが、このときは全自動洗濯機を開発した技術者みたいにかなり興奮していたと思う。
「いや、まあ、そうだけど――」
「オーナーも見ただろう? ドロップキックでトドメが刺されたら、魔物はアイテム化した」
「ご都合主義だよね」
「おれたちはもっとドロップキックについて学ぶ必要がある」
「おれたち、ってのやめて。おれは学び取る予定はないから」
「アレンカもないのです」
「ドロップキックは背を伸ばす作用がある。ジャンプした瞬間に体全体を伸ばすから、それが戦闘時の緊張と連動して、成長を促すんだ」
「アレンカはそんな怪しい説を信じたりしないのです」
と、言いながら、すすすと動き、ジャックの言うことを聞き逃すまいとすぐ横に立った。興味津々だ。
なにせ、クルス・ファミリーで最もちんちくりんなアレンカだから、ドロップキックが彼女の背をディアナくらいまで伸ばしてくれるなら(つまり、それは他の三人よりもはるかに高い身長になるということだが)、ドロップキックに不滅の魂を売るのも悪くないと思っているようだ。
ちなみにジャックのほのめかした万能のドロップキックについて、本家本元のドロップキックマン・レディは全て真実であり、ドロップキックは人間が全能の存在になれる唯一無二の可能性だと請け合った。
しかし、これから自動販売機ビジネスを確立しようとしているラケッティアにとって、ドロップキックほどやっかいなものはない。
カネを入れるかわりに蹴飛ばして、なかの商品を取ろうとする馬鹿ども。
空っぽの機械に『全部盗んでやったぜ by ルパン』の貼り紙。
減る売上、ふくらむ修繕費、自販機を蹴飛ばすことのファッション化。
冗ッ談じゃねえぞ、犯罪者ども!
マフィアの持ち物に手をつけるだけでもリモコン爆弾の刑なのに、ドロップキックだと?
まあ、おかげで自動販売魔法生物のコンセプトが固まってきた。
ドロップキッカーどもの膝から下を食いちぎれる顎と牙が必要だ。
しかし、ジャックのやつ。
なんか様子がおかしいな。まさかとは思うが――。
「ジャック。ちょっと後ろ向いてみてくれ」
「なぜだ?」
「確認したいことがあるんだ。はい、くるっとどうぞ」
ジャックはくるっと回った。
……。
なんてこった。髪が伸びてる。後ろでまとめて紐でくくれるくらい。
「……最後に散髪に行ったの、いつだ?」
「さあな。だいぶ前だろう。伸ばしてるんだ」
「な、なんで?」
「すすめられたんだよ」
エルネスト、トキマル、フスト、ギル・ロー、アレサンドロ、それにカルリエド。
こやつらがジャックを狂気の世界に引きずり込もうとしている。
連中はクリストフも引きずり込もうとしたらしいが、危険を察知して逃げたらしい。
「考えすぎだ、オーナー。髪を伸ばしても、おれは狂ったりしない」
「いや、ドロップキックに狂ってますやん」
「違う。おれは啓蒙されたんだ」
「狂人はみんなそう言う」
「影響はない。おれはあいつらみたいにきれいな顔はしていないからな」
「……」
「どうした? オーナー?」
「いま、すげー嫌味を言われた気がする」
「だから、考え過ぎだ。それに髪のことを言うなら、オーナーだってだいぶ伸びてきている」
「――へ?」
「でも、オーナーは狂ったりしないだろう?」
「そりゃ、おれの面が不細工だからだ」
「どうだろうな。ヨシュアはオーナーに惚れてるわけだし」
「アー、アー、キコエナーイ」
「オーナー、耳を塞ぐな。まあ、とにかく、おれのことは大丈夫だ。ちょっとドロップキックが気になるだけだ」
……。
大丈夫かなあ。
すると、横っ腹をつんつんとつつかれた。
「アレンカ知ってるのです! マスターはイケメンなのです! 中身がイケメンなのです! 素敵なマスターなのです! 髪が長くなって、マスターがクレイジー・マッドさんになっても、アレンカが味方をしてあげるのです!」
ああ、癒されるなあ。
中身がイケメンって外面不細工を宣告されたようなもんだけど、もう、そんなことどうでもよくなるほどかわいいよ。
「じゃあ、ドロップキックも――」
「そっちはどうでもよくなってない」




