第十三話 ラケッティア、純潔について。
「マスターって、ホモなの?」
「ふぁっ!?」
根城にしている旅籠〈ちびのニコラス〉にて朝食での会話だ。
「うー、マスターはレイルクのとこにばっか行っているのです」
「レイルクも心を開き始めたという噂もきいた」
「……マスター?」
なんてことだ。この小娘ども。
朝早起きして、ケンタッキーフライドチキンで出てくるような、はちみつと相性最高のさくさくビスケットを焼いた功労者に対して、ホモ疑惑をぶつけてきやがった。
「ダンジョンの様子見がてら、寄ってるだけだ」
「それにしては回数が多い!」
「そうだ、そうだ」
「お前ら、そう言うがな、そんな頻繁に会ってんのがホモの証拠だってんなら、コックのセバスチャンとだってホモになるじゃんか」
それに対して、敵はシュプレヒコールをぶっ放してきた。
「マスターはもっとボクたちと遊べー」
「遊ぶのですー」
またか。
反抗的な労働組合をぶっ潰すのもマフィアの仕事だけど、マスター命令で抑えれば、ムキになって否定したとして、ますますホモの疑いを強められる。
しかし、美少女四人とともに暮らしながら、ホモの疑いをかけられるとは。
おれって異性として見られてねえっていうか、男としての甲斐性がないというか。
ウム。空しいぞよ。
「分かった。分かった。今日はレイルクに会いにいかないから」
「今日から」
「ツィーヌ、ツィーヌ。それじゃ、ダンジョンの微調整ができない。モンスターだって、ただ襲わせてるんじゃ芸がなくて、毒とか混乱とか、特殊な回復アイテムの売上が上がるように仕込んだりしなきゃいけないんだから。しかも、あんまりやりすぎると、クソダンジョン呼ばわりして客が離れるから、その塩梅が難しい――今日と明日はいかない。これでどうだ?」
「今日から一週間」
「三日」
「五日」
「四日」
「五日。これ以上は譲れない」
「くそー」
「マスター。あきらめて降伏するといい」
「じゃあ、五日。そのかわり、もう、おれがホモなのかもなんて、変な勘違いするなよな」
「了解!」
「了解なのです!」
――†――†――†――
「貴様か。もう来ないのかと思っていた」
と、いって、レイルクはどこか寂し気に、ふ、と笑う。
今回の最深階は庭園風で、それも、ろくに手入れしていないようでいて、実はかなり手を入れて面倒を見なければいかないイギリス庭園風だ。
そんな庭園に小さな園亭。
おれのケツの落ち着け場所は切り株からレイルクが座っているのと同じ、赤くて背の高い椅子に格上げされ、水差しとトランプが一組置かれた小さなテーブルが横に控えている。
「な、なんだよ、それ。もしかして、おれが来なくて、寂しかった?」
「……いるのが当たり前だと思っていたのものがいなくなる。それについて考えさせられた」
「……」
この五日間、アサシン娘たちの相手をしてレイルクと会わずにいると、おれは気づいた。
確かにやつと会う頻度が多すぎた、と。
そして、今の言葉である。
おい、ちょっと待て。
おかしいだろ、そこはうるさいやつが消えて静かに暮らせたとか言っておくとこだろ、ちょっと何距離詰めようとしてんの? つーか、グレードが上がり過ぎだろ。切り株から王さま椅子とかちょっとないってくらいグレード上げすぎだろ。え、なにこれ? これは噂のBL? キャーッ! おれにそのケはないし、レイルクは耽美系かもしれないけど、そこにおれなんかがその手の世界にぶち込まれて、得するやつなんて誰もいないでしょ? でも、男のデレっ気ってどうなの? 普通にダチ公としてみて、大丈夫なの? それともケツの心配しなきゃいけない? アーリアン・ブラザーフッドで一杯のペリカン・ベイ刑務所みたいにケツを守るべくファイナルファイトをしなければいけませんか? 最初はめちゃ痛いってホントですか?
「……」
「……」
おれはとりあえずテーブルの上のトランプを切った。切って切って切りまくり、気まずい沈黙に支配された時間がはやく過ぎますようにとオシリの純潔を司る神さまにお願いした。
「それで……おれがいないあいだ考えた末になんか結論出た? ほら、女を抱きたいとか、娼婦を派遣しろとか」
「僕には貴様が必要だ。それが分かった」
ケツ神さま助けてーっ!
「そ、それって友達としてって意味だよね」
「違う。もっと大切なことに必要なんだ」
ニュージャージーのデカヴァルカンテ・ファミリーの代理ボスのジョン・ダマートはホモであることがバレて、子分たちに殺されている。
マフィアの世界ではホモは御法度で、人によってはFBIに寝返って仲間を売るよりもタチが悪いと言うやつもいる。そういえば、『ソプラノズ』でも誰かをホモ呼ばわりするジョークを吐いてめった刺しにされるシーンがあったっけ。
そうだ! ロケットのなかの美少女! あれこそレイルクが女が好きと言う証拠に――いや、両刀使いかもしれない……ええい、こうなれば、ままよ!
「そういやさ、そのロケットのなかの女の子。恋人だったの?」
人間、一度や二度、途方もないドジを踏むことがある。
目先の危険でいっぱいになって、もっとデカいドジを踏む。
たとえて言うなら、土に埋まった見え見えの対人地雷を取り除くのに必死になっていて、その下にティーガー戦車だってぶっ飛ばせる対戦車地雷が埋めてあることも知らずに信管を踏んでしまった感じ。
おれはいま、その対戦車地雷を踏んだ。
「違う。恋人ではない。妹だ。エレット。僕の太陽。この世界にあれほど可憐で優しい天使のような少女がいるだろうか、いや、いない。エレットだけだ。ああ、エレット。どんな王の宝物庫にも求めることできぬ陶器のごとき肌は抜けるように白く、その微笑みはどんな悪魔でも改心せずにはいられない真摯さと無私の慈悲にあふれ――」
要するにレイルクにとっておれが必要だったというのは、これまでのクールビューティーキャラをかなぐり捨ててドン引きするほどの妹自慢をする相手が必要だったということだったのだ。
笑い話で済ませられないのが、レイルクの妹自慢は砂漠を突っ走る自動車耐久レースみたいな拷問であり、これならまだ肛門の純潔を穢されたほうがマシだったと思わせるほどの苦行であるということだ。
初日の妹自慢は十二時間ぶっ通しで続き、疲労で意識を失ったおれは初めて施療院のベッドで目を覚ました。




