第四話 ラケッティア、国立ダンジョン図書館。
こないだガンビーノ・ファミリーのフランク・デチッコの例をひいて、整理整頓ができなかったばかりに命を落とした話をしたが、この〈学院〉のダンジョンはそのお徳用サイズ、拡大版だ。
でかい書庫をつくり、そこに本を詰め込みまくっているうちに封じられていた魔導書から魔物が逃げたり、様々なエレメントを司る紙面から炎や氷が噴き出したりして、図書館はダンジョンになった。
きちんと司書が書物を管理していればよかったのか、書物調達係に魔物入りの本を買ってくるんじゃねえと言えばよかったのか。いまさら言っても後の祭りだ。
その国立図書館という名のダンジョンは島国〈学院〉とは石の橋でつながっている小島に存在する。
小島の円周分の大きさの図書館はひっくり返した巨大プリンのようにどでんと構えていて、よーく目を凝らすと、上のほう、カラメルが乗ってるはずのところは乱杭歯みたいにギザギザになっている。
まだ建設は継続中なのだ。
それを受け持っているのが魔物なのか建設機械の形をした魔法生物なのかは謎だが、とにかくこの図書館は絶賛成長中である。
学説の論争は殺し合いになり、ドロップキックで侵入者を撃退しようとする学者がいて、とどめは資料閲覧が命がけの図書館である。
いろいろな意味でダメな国だな、と思ったのはおれだけではあるまい。
「さあ、マスターのためにがんがん殺すのです! マスターはきっとアレンカを連れてきてよかったと思って、頭をなでなでしてくれるのです」
と、うちの幼女隊長が張り切るその場所は図書館の一階。
バベルの塔の外壁全部が本棚になっていて、かなりしっかりした柱廊造りになっているので雨風をよけられる。
が、その柱は震え、本棚から次々と本が小刻みに出っ張ってバサバサと落ちていく。
「アレンカ、おちつけ。お前が吹っ飛ばそうとしてるあいつらはカタギの学生だ」
図書館はダンジョンと呼ばれるが、二階くらいまでなら安全に本を読める。
ときどき魔物が出るには辞書で殴って倒せるくらいのものだ。
「むー、マスターはアレンカが活躍しないほうがいいのですか? なら、アレンカは我慢するのです」
「どうせ上に行けば、いくらでも吹っ飛ばす相手はいるって。ああ、でも、吹っ飛ばすのはまずいかも。このダンジョンどれだけ頑丈なのか微妙だし」
「ビリビリの魔法やカチコチの魔法なら大丈夫なのです」
「じゃあ、ビリビリ・カチコチ路線で」
「オーケーなのです!」
ダンジョンを探索するにしろ、資料を閲覧するにしろ、まずは受付に行き、革装丁の名簿に名前をかかなければいけない。
その受付は本棚と本棚のあいだにある裏路地みたいな場所で、そんなところで暮らしているうちに性格が途方もなく冷たくなった司書を相手にするのだが、こういうやつを見ると――意味はないと分かっていても――、逆らいたくなる。
司書は〈とっとと名前書け光線〉を目からビシバシ当ててくるが、おれは来栖ミツルを逆から書いたり、逆さに書いたりして、あれえ?とか、おっかしいなあ?とかバカっぽく言う。
これがアメリカの図書館ならカウンターの下に置いてあるショットガンでバラバラに吹き飛ばされているところだ。
ファンタジー世界万歳!
「あなたは自分の名前が書けないんですか?」
司書の侮蔑と苛立ちが混じった質問。
ふたつの割合はいまのところ7:3だが、目標としては2:8くらいになるようにイライラさせたい。
「おかしいなあ。いつもはこうじゃないんです。ただ、こないだ尻餅をつきましてね。お尻がふたつに割れて以来、どうも署名がうまくいかないのです」
「お尻はもともとふたつに割れているでしょう?」
「え、そうなんですか?」
「――この際、別の方でも構いません」
「サイってあの角のある生き物? どこにいるんですか?」
「いませんよ、そんなもの」
「でも、いま、あなた、言ったじゃないですか? このサイ、って。この、って言葉は割合近いところにいる対象に使う言葉でしょ? どこかなあ、サイ」
「いません。はやく書いてください。後ろがつかえています」
確かにおれの後ろに十人くらいの行列ができていた。
これもおれがのろのろしているせいだが、並んだ連中のおれを見る目はとても好意的だ。
どうやらこの司書はそこいらじゅう敵だらけにしながら生きてきたらしい。
「きいたか、アレンカ。ここ、サイがいないんだって?」
「ぷぷぷなのです。いまどき、サイのいない図書館受付なんて考えられないのです」
司書は美人だがツンケンしていて、まあ、サドの眼鏡フェチなら喜ぶシーンだろう。
口調のほうも侮辱:苛立ち=5:5くらいになってきた。
「結構です。別の方に記名をお願いします」
「残念ながらそれは無理です」
核ミサイルは既に飛び立ったと国民に説明するアメリカ合衆国大統領みたいに深刻な顔でおれは言う。
「なぜなら、彼らは字が書けないのです」
『彼ら』のなかには〈学院〉きっての碩学で世界をアッと言わせる論文を書いたこともあるリグベルト・フォンセカとジーナ・ベルモロがいた。
司書も当然知っていたはずだ。
「そんなわけでおれが署名をするしかないのです」
後ろからブラボー!と声がした。
行列は三十人に増えていたが、列が溜まれば溜まるほど、おれの味方は増えていった。
冷血司書はもうどうでもよくなったらしい。
おれが来栖ミツルと署名して、最後にニコチャンマークをつけてもなにも文句はいわなかった。
これからおれに続く図書館利用者はサイやゾウ、それに文盲のもたらす悲劇について、オペラのアリアのごとく歌い上げるだろう。
これで司書さんの性格がよくなるといいね!




