第二十一話 ラケッティア、月に代わってどぶろくよ。
さて、明日のためにクエ団を再編成しなければいけない。
ゾンビ・ムーンシャインの製造拠点の場所は分かった。
ここから十キロのクレボの森だ。山間にある狭い土地だがトウモロコシは育てられるだろう。
その日の夕食でおれはクエ団の再募集をかけた。
「勘違いしないでもらいたいんだがな、クエ団はあくまでも志願者のみで構成される」
クエ団員たちがいっせいにブーイングの嵐を浴びせたが、このおれ来栖ミツルはへこたれない。
おれをへこたれさせたいのなら五十発入りドラム弾倉をつけたトミーガンでも持ってくることだ。
「なんか、お前ら勘違いしてるが、書類の上ではお前たちはクエ団に志願して参加していることになっている。クエ団はこれまでも、そしてこれからも志願者のみで構成されるだろう」
「うそだー」
「だまされないぞー」
「……めっ」
「クエ団はこれからも栄える。そこにダンジョンがある限り、そこに誰も開けていない宝箱がある限り、そこに討伐すべきドラゴンがいる限り、そして、そこにゾンビ・ムーンシャインの密造拠点が存在する限り、クエ団は永遠なのだ」
「ぶー」
まあ、クエ団への参加をしぶるやつにはデザートを抜くなどの手段がある。
クエ団は志願制が絶対だ。デザートが抜かれるといえば、誰も志願を断れなくなる。
マフィアが仕切る選挙みたいなもんだ。
「まあ、今回のクエ団にはおれがまず参加する?」
「マスターが参加するの?」
「んだ。酒蔵訪問をしてみて、手が組めるかどうか見てみる」
すると、アサシン娘四人が志願した。
それにヴォンモとフレイも志願。
わお。明日のクエストは楽しそうだ。
美少女六人とクエストだなんて、なーんて恵まれてるんざんしょ。
ただ、その目的が酒の密造団に会いにいくってだけ。
ただジャックも行くと言ったときは正直ほっとした。
男女比一対六ではなんというか体力がもたない。
――†――†――†――
翌朝、クエ団は葡萄園を出発。
街道の道を北に取り、ヘスス村へ逸れるかわりに街道を進む。
アレンカの話ではゾンビは焼くとスケルトンになり、人肉への癒しがたき欲求を卒業して話のわかる死体になるらしい。
その話の分かる死体のアントニオ神父がクレボの森への案内をしてくれた。
なかなか好感の持てる死体で、昨日ゾンビからスケルトンになった連中をまとめてコミュニティにしているらしく、集団をまとめるのは骨が折れるといい、実際に折れた骨を見せてくれた。カルシウム・ジョークだ。
「昨日、教会の戸籍簿を見てみたんだが、密造団のものと思われる記録がまったく残ってない。つまり、あいつらは教会の儀式に参加したことがない。結婚式もしないし、生まれた赤ん坊の洗礼式もしない。死んでも葬式をしない。それにひとつの仮設だが、ゾンビ・ムーンシャインをつくってる連中はたぶん生身の人間だ」
「なんで、そう思うんだ?」
「昨日、ざっと三十人のゾンビが話の分かるスケルトンになったが、全員、肉への渇望をおさえながら酒をつくるのは不可能だって言うんだ。正直、おれもそっちの説に傾きつつある」
「人間か。ゾンビよりも生の人間のほうが交渉が厄介かもしれないな。だって、ゾンビなら焼いてスケルトンにすればいいが、生身の人間は焼いたらただの焼死体になるだけだ。判事や役人を買収することなく山奥で酒をつくり続けた一族なんて、タフな連中、それにアズマのスロットマシンの権益を賭けてもいいが、やつらは自分たちがつくったムーンシャインをがぶ飲みしてる」
クレボの森は森のなかに勾配があり、土地は上がったり下がったりしている。
この手の地形に詳しいやつが百人ばかしのゲリラで一万人の正規軍を翻弄したという話はこちらの軍記ものでもよく見られる。
その後、ゲリラの長は敵に認められ、講和の席でだまし討ちにされて死ぬ。
ガスマン一族の長であるエゼキエロは十六歳のとき、妻と三人の従姉妹たちとやってきた。
彼らが最初にやったのは子づくりだった。
狩りで生きるにしろ農園をやるにしろ一族の頭数を増やさないといけない。特に男子の数を。
エゼキエロ・ガスマンが二十六歳になったとき、十歳から二歳までの子どもが二十二人いた。
エゼキエロはそれまで自分たちの食料にしていたトウモロコシをもっと換金性のあるブツにつくりかえることを思いつく。
それがムーンシャインだった。
それ以来、エゼキエロ・ガスマンはクレボの森の王となり、八十年間、ここで酒の密造をしてきた。
そのあいだ、強欲な役人や判事の一団がダース単位で森に踏み込み、姿を消した。
エゼキエロ・ガスマンとその一族は今日もせっせと酒を仕込んでいる。
連中の本拠地につくまでのあいだ、何度か矢を射かけられたし、鉛玉ももらった。
守りについているのが自分のハラワタを投げつけるお茶目なゾンビではないと分かると、こっちはとりあえずアレンカが森ごと焼き払おうとするのを押さえつつ、話し合いにきたと大声で叫んだ。
こちらが人間であることを教え、害意はない旨を伝えると、その場は通してもらったが、森を百メートルと進まないうちにまた矢が前から飛んできた。
こんなことを数回繰り返した後、
「話し合いに来たんだ。矢を飛ばすんじゃない」
「そんなもん、信用できるか」
「本当だ」
「どこの組のもんだ?」
「クルス・ファミリー。ドン・ヴィンチェンゾ・クルスの代理で来た」
もし、相手がヴェンチェンゾ・クルスを知らなければ、こっちは大恥かくことになる。
だが、ヴィンチェンゾ・クルスの名前を出した後は矢も弾も飛んでこなかった。
森をざくざく下生えを踏みながら進んでいくと、何百という樽と銅製の蒸留器が設置された森についた。
蒸されたトウモロコシのにおいが満ちた空間ではガスマン一族の女たちが細かく引き裂いた薪と自分の息で火を操り、酒を生み出していた。
弓と火縄銃を持ち、長い髪を編んだ五十代くらいの男が武装した男や女を連れてあらわれた。
「じいさまに会いてえってのはお前か?」
「ああ」
「ヴィンチェンゾ・クルスの身内だってな」
「名前をきいたことがあるのか?」
「南でお上品な酒を買い集めてるって話はきいたことがある。じいさまは会うって言ってる。ただし、お前ひとりだ」
マリスとジルヴァが動きかけたが片手を上げて制する。
「向こうもひとりか?」
「そうだ。じいさまはいつもそうやって話す」
「じゃあ、そういうことだから、皆の衆、そこらで試し飲みでもなんでもしててくれ」
弓と火縄銃のおさげ髪の男はトマス・ガスマンと名乗った。
本人が言うには自分はエゼキエロの警備隊長であり、エゼキエロ・ガスマンの孫でありひ孫なのだそうな。
ここにいる人間はざっと二百人だが、エゼキエロの血の入っていないものはいない。
まさに一族ベースの犯罪組織なのだ。
そこらは初期のマフィアに似ている。家族単位でアメリカに移住し、家族転移でファミリーをつくる。
しばらく歩くあいだ、鉄砲やクロスボウをもった男や女に何度もすれ違った。
トマスは、戦士だ、と説明した。
戦士たちは背中に迷彩がわりの木の葉のマントをつけ、どぶろくを入れた革袋を剣と一緒に脇の下に吊るしていた。
まだ子どももいれば、トマスよりも歳食ったやつもいたし、尊敬されるものもいれば、子どもたちに石を投げつけられるやつもいる。
みんなシラフには見えなかった。
それでも挨拶ぐらいできるのだから来栖一族よりもマシだ。
酒が入っているとき、来栖一族は話が通じない。
やがて川のそばまで来た。
煙突から白煙を上げる窓のない丸太小屋がある。
トマスはいきなりおれに言った。
「服を脱げ」
「は?」
「服を脱げって言ったんだ」
ガスマン一族には近親相姦だけでなく、そういう趣味もあったのかと思って、蒼ざめたそのとき、黒いマントがバサッと影をつくり、剣と剣がぶつかって火花が散った。
ジルヴァあたりがおれの貞操の危機を救いに来てくれたのかと思ったが、それがヨシュアだったのを知って、おれの絶望はもっと深いところに落ちた。
こいつは東部戦線みたいなもんだった。
ヒトラーとスターリン。どっちが勝っても、おれのケツは無事には済まない。
ヨシュアとトマスはにらみ合う。
おれの位置はうまい具合にヨシュアのすぐ後ろである。
この庇護的状況はまずい。非常にまずい。
ヨシュアがおれの貞操の危機にかけつけた理由は知りたくもないけど、十二分に知れている。
なんかいろいろ手詰まりになったと思った瞬間、
「おい! なにをしてやがる、馬鹿ども!」
小屋の扉があき、腰に布を巻いただけの老人がひとり、もくもくと煙を上げる扉から出てきて、怒鳴り声を上げた。




