第十話 会話劇、恋バナ。
【おれ】「ったく。ジンパチのこと、すっかり忘れてたぜ。おい、トキマル。そっちは?」
【トキマル】「忘れてた」
【クリストフ】「ひどい話だ」
【ジャック】「眠れない」
【トキマル】「昼間、あれだけ寝てれば寝れないでしょ。で、頭領、どうするの?」
【おれ】「近くに駅宿があるらしいから、そこから早馬を飛ばす」
【クリストフ】「今夜は?」
【おれ】「疲れた。いや、まあ、ジンパチが来たら、もう一泊滞在期間を延ばしてもいいかと思ってる」
【トキマル】「シノギのほうは放っておいて平気なの?」
【おれ】「大丈夫、だと思う。各商会が新しいボスを決めてるから、事態は安定してる。いや、でも、ちょっとレリャ=レイエス商会が危ないかな。だれがボスになるかで二つに分かれてるってきいたことがある。ひょっとしたら、またボス殺しがあるかもしれない。でも、そんなのはジンパチ忘れて出発したことに比べりゃどうってことねえんだ」
【ジャック】「眠れない」
【トキマル】「っていうか、なんで部屋がたくさんあるのに、おれたち同じ部屋で寝てるの?」
【おれ】「ここにいるメンツを見てみろ。番号!」
【クリストフ】「1!」
【トキマル】「2!」
【ジャック】「3!」
【〈インターホン〉】「4!」
【おれ】「5! そう、このメンツで同じ部屋に寝るその目的。それはズバリ、恋バナだ!」
【トキマル】「恋バナぁ?」
【おれ】「そう、恋バナだ。こうやって、みんなでベッドに寝転がり、だれがだれと付き合ってるとか、だれがだれに片思いしてるとか、いろいろ話すんだよ。旅行の醍醐味だろ?」
【クリストフ】「そうなの?」
【おれ】「そうだ。こっそり持ち込んだエロ本を回し読みしながら恋バナするのが、世界の法則なんだよ」
【トキマル】「そーゆーことなら、まずインターホンなんじゃない?」
【〈インターホン〉】「ええ?」
【おれ】「そうだな。ぶっちゃけ、サアベドラとはしちゃったの? チューとか」
【〈インターホン〉】「いや、そこまではしてないっす」
【クリストフ】「じゃあ、手はつないだ?」
【〈インターホン〉】「……」
【クリストフ】「あ、これ、つないでるわ」
【トキマル】「(ひゅーう、と口笛を吹く音)」
【おれ】「サアベドラはめっちゃ頑丈だけど、それ以前にめっちゃきれいだもんな」
【ジャック】「売人半殺しにする以外のデートもしたんだろ? どこに行ってるんだ?」
【〈インターホン〉】「川下り、とか」
【おれ】「川下りぃ? ちっこいボートで?」
【〈インターホン〉】「ちっこいボートで」
【トキマル】「ふたりっきりで?」
【〈インターホン〉】「ふたりっきりで」
【おれ】「なんで、そこまでいって、チューができんのか分からん」
【〈インターホン〉】「そこまで親しくはなれてないかもと思ったんで」
【おれ】「そこまで親しくないやつとふたりきりでボートに乗るか普通?」
【トキマル】「乗らないね」
【クリストフ】「目標が決まったな。今度の旅行中にキス」
【〈インターホン〉】「ええ!?」
【おれ】「だな、売人どつく以外のデートした、手をつないだ、そうしたら、次はキッスだよ、キッス」
【〈インターホン〉】「で、でも――」
【おれ】「デモもストライキもあるか。サアベドラだって次のステップを望んでる。望んでなかったとしても、どつかれるだけだ」
【〈インターホン〉】「いや、彼女のパンチは洒落にならんですよ」
【クリストフ】「やれやれ。この調子じゃ先が思いやられるな」
【ジャック】「くすっ」
【クリストフ】「ん、いま笑ったか?」
【ジャック】「ああ。なあ、クリストフ。あんただって先が思いやられるうちのひとりなんだからな。怪盗クリス」
【おれ】「相手は騎士判事補だろ?」
【クリストフ】「そ、それは、だって、ありえないだろ」
【おれ】「ジャックからきいた話じゃ、お前、すごかったって話じゃんか」
【クリストフ】「キザでした、すみませんでした」
【ジャック】「謝ることじゃないだろう? あれは板についていたし、イヴリーのなかにあんたははっきりと騎士としての道しるべをつくった」
【クリストフ】「でも、怪盗と騎士判事補じゃ問題がある。立場が違い過ぎるし」
【おれ】「恋ってのは問題が大きければ大きいほど燃えるって、晴幸叔父さんが言ってた」
【〈インターホン〉】「それってボスのアル中の叔父さんすか」
【おれ】「そっ」
【ジャック】「相手はクリストフと怪盗クリスが同一人物だと知らない」
【おれ】「それ、なんてハーレクイン?」
【トキマル】「面倒だから接吻すればいいでござる」
【おれ】「出たー、トキマル先生のござる口調!」
【ジャック】「正直、どんなときに出てくるのか、謎だがな」
【〈インターホン〉】「おれなんて初耳だ」
【おれ】「安心しろ。おれも初耳だ」
【トキマル】「めちゃくちゃだな」
【クリストフ】「と、なんの前触れもなくござる口調をした本人が言っております」
【おれ】「って、逃げられると思われちゃあ困るんだよ、怪盗クリスくん。つーか、南洋海域の騎士団にいたころは顔、あわせなかったの?」
【クリストフ】「おれはルネドだったからな。人種が違うし、勤務地も違う」
【ジャック】「ああ。あの島流し」
【クリストフ】「そういうことだ」
【おれ】「よし、クリストフ。カラヴァルヴァに帰ったら、なんかモーションかけてみよう」
【クリストフ】「無茶言うなよ。聖院騎士団の建物にいるんだぞ」
【おれ】「パクられるなり、自動車免許の更新なり、好きなやり方で行けばいいさ」
【ジャック】「そこでイヴリーに怪盗クリスをどう思ってるかきけばいい」
【クリストフ】「無理だ。絶対に無理だ」
【トキマル】「じゃあ、これにて一件落着。ふわあ、ねむ……」
【おれ】「いやいや、トキマルくん。きみにもあるでしょう?」
【トキマル】「なにが?」
【おれ】「別に恋愛に限らなくてもラブな話があるだろうってことだよ」
【クリストフ】「妹とかな」
【トキマル】「シズクか? べつに、どーでも」
【おれ】「どーでも、なわけあるかよ。おれ、見てるんだからな。妹ちゃんの前だけ披露する真面目な忍者モード」
【クリストフ】「妹の目を気にするからこその豹変だな」
【おれ】「じゃあ、ここでトキマルくんがどれだけ妹ちゃんにラブなのか話してもらいましょうか?」
【トキマル】「別にフツーの兄妹だよ。真面目で可憐で剣も忍術も誇らしいほど鍛錬してて、忍びとしての心得も叩き込まれていて任務に忠実だけど兄としてはもう少し年頃の女が楽しむことにも目を向けて明るく笑ってくれるのが見たい気もするが、ただありのままのシズクでいてくれれば満足だと思ってるだけだ」
【クリストフ】「シスコンじゃねえか」
【ジャック】「だな」
【〈インターホン〉】「そういうジャックはどうなんだ?」
【おれ】「ジャックは――ジャックはねえ」
【クリストフ】「そういえば浮いた話をきいたことがないな」
【トキマル】「?」
【おれ】「いや、ポテンシャルは高いんだよ。落ち着いたバーテンの風格がこうバシッと決まってて」
【トキマル】「ひとりくらいいても、おかしくなさそうだけど。そういえば、このなかで一番アサシン娘どもから遠いのって、ジャックじゃない?」
【ジャック】「正直、女が少し苦手なんだ。おれはひょっとすると、娼婦を切り刻んだ連続殺人鬼の転生した姿かもしれないって」
【おれ】「それはありえるけど、でも、そういう衝動、湧かないでしょ?」
【ジャック】「まあ、そうだけど」
【おれ】「前の世界でやったこととこっちの世界でやることはきっぱり縁が切れるもんなんだよ。おれを見ろって。このとおり、元の世界じゃしがない学生だったが、こっちの世界じゃゴッドファーザーなんだぜ。フランク・コステロくらいの大物ギャングよ」
【ジャック】「……そうかもな」
【おれ】「そうそう……って、やばい! 先生が来た! みんな布団かぶれ! 寝たフリするんだ!」
カンテラを手にしたディアナが廊下を通りかかり、寝室を覗く。
数秒覗いたあと、肩をすくめて、立ち去っていく。
【おれ】「(布団からもぞもぞ出ながら)ふーっ、危ないどこだったぜ」
【トキマル】「これ、なんの意味があるの?」
【おれ】「恋バナの作法だ。夜回りをする先生の監視をかわしながら夜更かしする。ただ、恋バナもだいたい弾は出尽くした感があるな」
【トキマル】「いや、頭領がまだだ」
【クリストフ】「そうだな。むしろメインイベントだ」
【おれ】「おいらはほら、ハーレム状態だから」
【ジャック】「そっちじゃない。ヨシュアだ」
【おれ】「ふぁっ!?」
【トキマル】「これ、目下、大ブームの片思い(ぷっ)」
【おれ】「いや、でも、今日、顔合わせたとき、ぷいってされたよ?」
【〈インターホン〉】「これはサアベドラからきいた話なんすけど、ヨシュアは新しい方面を開拓して受け入れようとしてるらしいっす」
【おれ】「か、開拓せんでいい、そんなもの!」
【クリストフ】「よかったなあ」
【ジャック】「オーナーもこれで新しい方面が開拓されるかもな」
【おれ】「いーやー! ケツ神さま、たすけてえ!」




