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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
リュデンゲルツ地方 クルスの八百長ダンジョン編
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第十話 ラケッティア、スイッチ人間。

 そのへんてこな親子がやってきたのは一週間くらいしてからだろうか。


 レイルクのところからフライパンを取り返しがてら、青騎士党たちの買取所、アイテム工房、そして販売所の普請を眺めていると、その親子が旅籠へと向かうのが見えた。


「あの、あうあう、マスターはお留守なのです――あっ、マスター、おかえりなさいなのです」


 おれがいないあいだ、アレンカがカウンターに背伸びをして立っていたらしい。

 ほとほと困り果てた様子で、この親子の相手をしてほしいと言われた。


 アレンカは背伸びして、おれの耳にささやいた。


「マスター、この人たち変なのです」


 おれはちらっと親子を見た。

 父親はグレイと茶の旅装姿で、娘は麦わらのボンネットをかぶり、赤い縁取りの農村風ドレス。


「おれには普通に見えるけどな」


「あう。じゃあ、話してみてほしいのです」


 おれはカウンターに両手を置いて、たずねた。


「で、どのような用件でしょう?」


「表に掲示されていたのですが、宿を代わりに経営してくれるものをお探しだとか」


「はぁ」


「それは素晴らしい! 少年、きみは運がいい。なんといっても、このセバスチャン・グローシアスを雇う機会に恵まれたのだからな!」


「はぁ」


「はぁ? このセバスチャン・グローシアスを雇う僥倖がきみの手のなかにあるのに、はぁ、しか言えないのかね?」


「はぁ」


 ん、なんか似たようなやり取りをしたことがあるぞ。


 しかし、高飛車なオヤジだな。

 ヒゲなんかも心なしか、ダリみたいにくるんと上に巻き上がっている。


 そして、この親父を恥ずかしそうに見守る娘が一人。

 そりゃ、おれだって、横で親父がこんな自慢たらたらしてたら、そうなるわ。


「まさか、きみはこのセバスチャン・グローシアスを知らないというのではないだろうね? いや、そんなことがあるはずがない。高まらずにはいられないわたしの令名は、たとえ、こんなド田舎だとしても届く。わたしの名声は距離によっても時間によっても妨げられるものではないのだ」


「で、そのセバスチャン・グローシアスというのはどんな人なんです?」


「ああ、まったく。わたしを知らないとは。きみはいったいこの人生をどこで過ごしてきたのかね?」


 鋭い質問だ。三か月前まで、おれは日本にいたのだからな。


「いいかね、少年よ。セバスチャン・グローシアスとは――」


 パチン!


「顧みる価値もないクズです。すいません。こんなクズがあなたのお宿の貴重なスペースを占拠し、貴重な床を汚して、さらには空気まで汚してすいません」


 な、なんだ、なんだ?

 急に性格が変わったぞ?


 ピンと跳ねていたヒゲまで下向きになって、あからさまにしょぼんとしている。


「ちょっと! お父さん! もっと自信を持ちなさいよ! ほら、あなた! お父さんがあなたのこのちっぽけで連続強盗犯だって押し込むくらいなら足を洗う宿に雇われようとしてるんだから、はやく雇って上げなさいよ!」


 それと交代に今度はお淑やかに黙っていた娘のほうのボルテージが上がってきた。

 しかし、めちゃくちゃを言いよる。


「や、やめよう、コーデリア。どう考えても迷惑だよ」


「なに言ってるのよ! お父さん、ほら、厨房に行って、なんでもいいからつくってきなさいよ! そうしたら――」


 パチン!


「ごめんなさいして、すぐに逃げましょう、お父さん」


「何を言うか、愚かな娘よ。今こそ千載一遇のチャンス。国王陛下も舌鼓を打たれた秘伝のシチューを――」


 パチン!


「流しに捨ててください。こんなゴミのつくったシチューなんて」


「あーっ、もう! 父さんはどうしてそうも弱気なの?」


 パチン!


 おれは厨房のほうへアレンカを引っぱった。


「なあ、アレンカ。あいつら、ちょっとヘンじゃないか?」


「アレンカもそう思うのです」


「なんていうかさ、あの二人の性格が入れ替わる前に必ずパチンって音が頭のなかでなるんだ」


「どうするんですか?」


「まあ、多少、欠点があっても、メシがうまければ、文句はない」


 これがすっげーうまかった。


 国王のために料理をつくっていたというのもあながち嘘ではないのかもしれない。


 何よりうれしいのは、


「このカノーリ、めちゃうまい!」


 おれがウェストエンドに施したカノーリ文化がこの北の辺境まで浸透していることだ。


「早速、親子で雇おう。契約書を持ってくる」


 契約がまた一苦労だった。

 あのパチンで元気がいい状態じゃないと、この親子は契約してくれないのだ。


「でも、なんで、あんたたち、かわるがわる気が強くなるんだ?」


「それが分からないんです」


 今は親父のほうが威勢のいい番らしい。


「ある日突然、こうなって。このせいで父さんは王室料理人をやめることになってしまって」


「二人同時に威勢がよくなったりすることはあるのか?」


「いえ、ありません。どちらかが気が大きくなったら、もう片方は」


 パチン!


「気が弱いけど、別に誰にも迷惑はかけてないんだから、構わないでしょ。文句があるなら、裁判所でもなんでも出るとこでればいいわ」


 パチン!


「裁判だけはゆるしてください~! しゃべり方で怒られて、親子で異端審問にかけられたことがあるんです~!」


 難儀な親子である。


     ――†――†――†――


 ちびた木炭を手に手帳を開き、『毒消し』『宿の経営者』『道具屋』に線を引いて消す。


 ダンジョンに必要最低限のインフラは整った。


 準備不足だったなんて言い訳は許されないということだ。


 八百長ダンジョンの成否はこれからいかにして冒険者側を儲けさせ、そのカネをここに落とさせるかにかかっている。


 今のところ、建物は建設途中のものが三つ、修復中のものが一つ。


 それが三か月後にはどうなっているか。


 決めるのは運ではない。


 ただ、ただ、ひたすらな狡猾さだ。

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