第十四話 ラケッティア、ワーカーホリック。
「見て見て、マスター! 真珠喰草の根っこ! 知ってた? これを漬け込んだリキュールを飲ませると、胃が焼けただれて三日三晩苦しんで死ぬの!」
ツィーヌがデートに選んだのは魔族居留地の調味料屋が集まる小広場だった。
曰く、ここの毒の品ぞろえは闇マーケットの非ではないとのこと。
どれもこれも人間が飲めばくたばるものばかりなのだが、これら全て、魔族にとっては調味料であり、普通のサラダをいつもよりおいしくしてくれるものばかりなのだ。
「ヒューマンのブラッダ、いい眼しとるだや。この根っこ、サラダにして食べると最高なんよー」
と、いって、超美形の店主が進めてくるサラダは、それを漬け込んだリキュールを飲んだだけで三日三晩のたうちまわって死ぬと天才暗殺者が保証した根菜のサラダである。
「あ、紫イチゴ! これも即効性があるんだけど、色が分かりやすすぎて食べさせるのが難しいって言って敬遠されがちなのよね。甘苺花のエキスに一週間漬ければ、見た目も味も普通のイチゴそっくりになるんだけど、まあ、それは一流暗殺者しか知らないテクニックってやつ――って、マスターきいてるの!?」
「は、はい。きいてます」
「じゃあ、これ食べてみて」
そう言って差し出された紫色のイチゴを食べようとしたら、口に入れる直前で手からイチゴを叩き落とされた。
「もう! 全然きいてないじゃない!」
「しゅ、しゅいません」
「ヨシュアのこと、心配してるの?」
「まあ、それもあるけど――」
最近、おれの魂を鷲づかみにして離さない考えがある。
自動販売機だ。
21世紀のアメリカで自動販売機を設置すれば、クソガキとジャンキーたちがたちまちのうちにぶっ壊して、なかの売り物をさらっていくだろうが、実は1960年代くらいまでアメリカでは割と平気に自動販売機が置けた。
理由は自販機リース会社がマフィアの経営だったからだ。
そんな自動販売機をぶっ壊して中身を盗むのは、マフィアのものを盗むということだ。
マフィアというのは自分たちに対する盗みに過剰反応するから、半殺しでいいほう、下手すると殺される。
自販機を置く場所をめぐって、異なるファミリーが小競り合いをすることもあったそうだ。
それが抗争に発展すると、お互いのメンバーは敵対ファミリーの自販機をバットで滅多打ちにする。
また、自販機会社の経営はそのままスロットマシンやジュークボックスのリース経営にもつながるので、これらもやはり滅多打ちにする。
で、気が済まないと今度は人間が狙われるのだ。
おれもいっぱしのマフィアになるなら是非とも自販機ビジネスに参入すべきだと思うし、自販機は、設置し、売り物補充などの維持管理を行い、売上を回収するなど、新たな雇用を生み出すことにもなる。
所得倍増計画において、自販機ビジネスは間違いなくデカいカネをもたらすだろう。
だが、フレイに自販機を試作させても、どうもコンセプトが違う。
なんか、サイバーパンクな感じのハイテク自販機なのだ。
そうではない自販機をつくりたい。つくりたいのだが……。
「マスター!」
「はい!」
ツィーヌは怒って頬をふくらませて、おれのことをめっちゃ見る。
「今度、ラケッティアリングのこと考えたら罰金」
「罰金って、おれ、月に金貨ウン千枚単位の収入あるけど」
「う。うー……バカ!」
ツィーヌが走っていってしまう。
角を曲がって、飾りのリボンがふわっと空気を踏んでから見えなくなると、
「……」
おれのくそばかああああっ!!!!!!
お前、なにやってんだよおお!
美少女と毒薬ウィンドウショッピングしてんだぞ、もっと集中しろよ!
ああ、でも、自販機設置したい。
ギルドつくって独占体制をつくりたい。
いやいやいや、だから、自販機のこと考えるな!
女の子のこと、考えろ!
ほれ、お詫びだ!
ツィーヌの機嫌がなおるお詫びの品を考えろ!
「よし! 毒薬の自動販売機をプレゼントしよう、って、お前、馬鹿だろ、来栖ミツル! 自販機から離れろ、って言っても離れられねえ! うぎゃああ、自販機自販機自販機!」
「おーい、ヒューマンのブラッダ。大丈夫かや?」
絶望のどん底で自動販売機と破滅的なフラダンスを踊るおれの前に現れたのは石切り場の貴公子カルリエドだった。
ちょうどメシどきだったらしく魔族しか食えない極悪パンケーキをもぐもぐしながらやってくるところだった。
「うわあああん、カルリエド、助けてえ! 実はかくかくしかじかで!」
「まるまるうまうまだや。それはヒューマンのブラッダが悪いだや」
「やっぱ切腹するしかないすかね?」
「んー、でも、カルリエド知ってるんよー。ヒューマンのブラッダ、商売から引っこ抜くのは不可能なんよー。これ、マジサタンな話だや」
「そんな見捨てるようなこと言わんで、おねげえしますだ」
「うーん。カルリエド、思うんよ。ちっちゃくてかわいいヒューマンのブラッダはきっとちっちゃくてかわいいものが好きだと思うんよ。悪魔もゴキゲンのアイテムがあれば、きっとヒューマンのブラッダ許されるだや」
「ちっちゃくてかわいい……デビルもゴキゲン……あ、それだ! いいこと思いついた! やっぱり持つべきものはブラッダだな! サンキュー、カルリエド!」
「ユー・イズ・ウェルカムだや、ブラッダ。ブラッダにサタンあれだや」
――†――†――†――
魔族居留地を囲む城壁の上の通路でツィーヌを見つけた。
懐かしいねえ。
カラヴァルヴァに来て、間もないとき、治安裁判所の名前も忘れたクソ野郎が市内の全ファミリーに攻撃を仕掛けて、それを魔族になすりつけようとしたことがあった。
あのとき、魔族居留地を人間が包囲したとき、ひとり門で人間どもの侵入を阻んでいたのがサアベドラだった。
で、この壁の上の通路でサアベドラと話をした。
確か、漁夫の利を狙うクソ野郎のたとえ話にミケーレ・カヴァタイオの話をしたはずだ。
あれから結構経ったなあ。
まあ、それは置いておいて。
おれはそろそろと、おずおずと、ぺそぺそとツィーヌに近づいた。
あと三歩というところでツィーヌはおれのほうをちょっと睨んでから、ぷいっと顔をそむけた。
うわあ、お怒りだあ。
「あのー、ツィーヌさん。お怒りごもっともで、その、なんというか、和解案というか、謝罪というか、まあ、話し合いの場を持ちたいわけなんですよ。いや、レスポンスとかしたくなかったら、スルーしてもらっても結構です。もう、ほんと、おれ、それだけのバカをしでかしたし。で、話なんですけど、ぶっちゃけ、おれ、ラケッティアリングのことを絶対に考えないようにするのは無理なんす。でね、考えたんだけど、これからデート再開してくれて、もし、それでもおれがラケッティアリングのこと考えたら、その罰則に、これ――」
おれは魔族の店で買った小さなガラス瓶を取り出した。
青の彩色ガラスの側面に緩やかな三日月形の模様をつけたアールデコっぽいガラス瓶だ。
ツィーヌはおれが小動物みたいにぷるぷる震える手で持つ小物をちらっと見た。
「なに、それ?」
つっけんどんな声に銃で撃たれたみたいにのけぞりかけたが、なんとかふんばりこたえる。
「毒入れるのに使うかなって思って。もし、これからおれがラケッティアリングのこと考えて、ツィーヌの話きいてなかったら、ペナルティとして、こんな感じのかわいい小瓶をプレゼントしようと思うんだけど――だめ?」
ツィーヌはじっと小瓶を見た、というより、その小瓶を捧げ持つおれの目へ小瓶を貫通する視線をよこしてきた。
一分が一時間に感じられるような状態で十秒が経った。
ツィーヌは、ふーっ、とため息みたいなものをつくと、
「いいわよ。仕方ないから、わたしが大人になってあげる」
「あざーす!」
「これからラケッティアリングのこと考えたら小瓶一本だからね」
「はい。もう、そのときは誠心誠意、プレゼントさせていただきます」
「もう……でも、マスター、魔法生物はダメなの?」
「欲しいというのなら、魔法生物でもオッケーです」
「わたしじゃなくて自動販売機よ」
「へ?」
「ちょっと考えてたんだけど、ダンジョンには宝箱に化ける魔法生物系の魔物がいるでしょ? あれの改造版みたいな感じで魔法生物な自動販売機をつくれば、品物の売り買いも防犯も全部やってくれるでしょ?」
「魔法生物な自動販売機……わお、それって、まじサタンなアイディアだよ! まさにファンタジー世界の自動販売機って感じだ!」
「ちょ、ちょっと、マスター! 危ないでしょ! きゃあ!」
おれはすっかりうれしくなって、ツィーヌの両手をしっかり握りしめると、ぐるぐるまわった。
そのうち二人して目をまわして、敷石の上にスッ転がったが、なぜか笑いは絶えなかった。




