第十二話 ラケッティア、夢だけど夢じゃなかった……。
「やめてええ! もう来ないでえ! おれはノンケなのぉ! って、あれ?」
気づくと、おれは〈ちびのニコラス〉の自分の部屋のベッドにいた。
「あれ? おれ、墓地にいたのに。あ、あーあ、夢だったのか。よかったー」
と、ほっとすると、さらっとしたものに左手が触れる。
なんだ? と思ってみると、窓から差し込む朝日にきらめく銀の髪。
それがシーツの上に流れるように広がっていて、静かな寝息の向こうに、染み入るような白いうなじ。
ん、とうなじの持ち主が寝返りを打つと、それは紛れもなくヨシュア。
しかも、相手も、おれも全裸……。
――†――†――†――
「あんぎゃあああああ! って、あれ? あれ? あれえ?」
またしてもベッドの上。朝日。スズメがちゅんちゅん鳴いてる。
すかさず右を見る、左を見る、枕を持ち上げて見る、ベッドの下を見る、馬の首が入ってるかもと布団をめくって見る。
盗聴器パラノイアに襲われたマフィアの組員みたいにタンスだの洗面台だの、部屋のあちこちを調べてまわる。
ヨシュアはいない。
「今度こそ、夢じゃないか? ――アレンカ! アレンカはおらぬか!」
「はーい、なのです!」
バタンとドアが開いて、白っぽいサマードレス風のパジャマを着たアレンカがやってきた。
「頼む、アレンカ、デコピンさせてくれ。いまいる世界が夢かどうか確かめる」
「むーっ。アレンカはデコピン要員じゃないのです。マスターが自分で自分にデコピンを打てばいいのです」
「やだよ、おれ、痛いの怖いし。おれのおでこはデリケートで――(ビシッ!)――あいたっ!」
「アレンカはいい子だから、マスターのかわりにデコピンを打ってあげるのです」
「あ、ありがとうございました」
「どういたしましてなのです。デコピンが必要になったら、いつでもアレンカを呼んでほしいのです」
デコピン天使はご機嫌に去っていく。
でも、まあ、ともあれ、痛いのだから夢じゃない。
貞操の危機は去った。
というか、あれは全部夢だったのだ。
だから、ヨシュアはゲイじゃないだろう。
でも、マダム・マリアーヌや〈杖の王〉と話したことも夢なら、今日は訪問しなおさないといけないな。
……。
アレンカのデコピン。まだヒリヒリする。
ときどきいますよね、無駄にデコピンがうまい人。
でも、待てよ。
これは商売になるかもしれない。
つまり、アレンカみたいな幼げな美少女が道行くマゾヒスト&ロリコンどもにデコピンを打つという商売だ。
美少女のデコピン――俗にいう『我々の業界ではご褒美』ってやつだ。
デコピン一発銀貨一枚の値段設定にして、来たるべき資金洗浄に備える。
つまり、アレンカはその日、五十発しかデコピンをしていないところを七十発やったことにして、銀貨二十枚分の違法な稼ぎを洗う。
あれ? でも、美少女が道行く男たちにデコピンを打つ商売ってそもそも合法なのかな?
青少年健全育成条例とか児童就労違反とかにならないのかな?
デコピン・ビジネスが汚れてたらマネーロンダリングの意味ねえじゃんか。
こりゃあ、どうもグレーゾーンっぽいなあ。
「ちょっとっ。まだ支度してないの?」
見上げると、開けっ放しのドアにツィーヌの姿。
着ているのは暗殺者としての不便をかぶらない範囲で装飾したよそいきのドレス。
「支度? って、なんの?」
「サイテー。デートするって言ったじゃない」
「デート……それってひょっとして墓場で約束したやつ?」
「わたしの記憶じゃ、それ以外にデートの約束された覚えはないけど」
「も、もしかして、その後、ヨシュアに会ったりして?」
すると、ツィーヌはエヘンと胸を張り、
「わたしがいなかったら、マスター、今ごろ大変なことになっちゃってたんだから。ほら、はやく支度!」




