第五話 骸の騎士、ひとりの兵士。
穴倉で目を覚ます。
釣り針みたいな月が穴の入り口を塞いでいる。
お前は灰色の夜のなか、お前と一緒に並べてある死体の列が目に入る。
激戦の後の後始末役は戦い戦い戦い抜いて疲れ果てたお前を死んでいると思っていた。
お前の隣に横たわる男の死に顔を見る。
頭がぱっくり割れて、右目がどこかに消えていた。
略奪隊の隊長だった男だ。
少し前、従軍商人のテントで粗悪な赤ワインを飲んでいたとき、隊に入らないかと誘われた。
『酒も女もカネも思いのままだ』
『だが、命は?』
『命だって思いのままだ。いつ死ぬかは自分で決める』
そう言っていた。
お前はついていかなかった。
それが正解だった。
いまは略奪隊の隊長はこうして部下たちとともに死体になって列をつくっている。
よく見ると、略奪隊長の頭のなかに血まみれのウジが蠢いている。
いつ死ぬかを決められなかったのは間違いない。
お前は思う――いつ死ぬかは決められなくとも、どう死ぬかは決められる。
――†――†――†――
包帯が取られる感触で目を覚ました。
女物のシャツの袖がゆっくり巻き取られる。
かたまりかけた薬泥と血が剥がれるとうずくような痛みが全身に広がった。
毒消しが小さな鍋で立てている湯気がにおう。
そのどろりとした緑の泥がすくい取られ、吹き冷まされて、指をつかって腕の傷に丁寧に塗りたくられる。
「……クラウディアか?」
「ええ」
「いつから、そこに?」
「日が陰る前から。医者を呼ぼうと思ったけど、あなた、嫌いでしょ?」
「ああ……」
新しい薬が傷に触れると、びりっと痺れた。
「ずいぶん探した。なにがあったの?」
「襲われた」
「あなたの正体を知って?」
「ただの物盗りだ」
泥を拭った指先が包帯を手慣れた様子で巻いていく。
「ひとりで歩くべきじゃないわ」
「もう言われた」
「誰に?」
「ディアナ。ディアナ・ラカルトーシュ」
「女の人ね」
「元騎士だ。たぶん」
「戦争には?」
「行って地獄を見て、そして裏切られた目をしていた」
クラウディアは挟んだ棒でしっかり結び目を締めると、立ち上がって、部屋を見回した。
古い店のようでガラクタが壁から突き出た棚板に並んでいた――折れた釘、仮面、つくりものの落ち葉、やかん、錆びた青銅の剣。
ここは隠れ家のひとつだが、ここが他の隠れ家よりも優れるわけでもなく、劣るわけでもない。
ただ、ひとりになるための場所だ。
そんな場所で刃に塗られた毒で生死をさまよっていたことを考えると、クラウディアは言わずにはいられなかった。
「ロウル。あなたはもう一介の兵士じゃない」
ロウルはフンと鼻を鳴らした。
「どう死ぬかはおれが決める」
「あなたは――」
「それより、どうだった? ヴィンチェンゾ・クルスってのはどんな男だった?」
クラウディアは喉から出かかっていた小言を飲みこみ、ため息をついた。
「今の時点では誰も食いつかないけど、最後にはこうするしかない解決策っていうのを提示された」
クラウディアの説明を受けると、ロウルは小さく喉を鳴らして笑った。
「なるほど。そのじいさんの言う通りだな。抗争が長くかかれば、その申し出に飛びつくしかない」
「それともうひとつ。彼は麻薬はいっさい扱わない」
「賢いじいさんだ」
「人によっては、その甥のほうが手強いという人もいる」
「会えたのか?」
「いえ。そのかわり、噂の暗殺者たちを見かけたわ。会議の席で見かけた子はまだ十一かそのくらいだった」
「だから? おれだって十九だ。でも、あんたが犯罪者の低年齢化を嘆くタイプとは知らなかった」
「その十一歳の少女はガルムディアのヴォルステッド王子を襲撃した五人の暗殺者を闇魔法で仕留めてる。死体は跡形も残らなかったし、染みついた瘴気のせいでどの教会も埋葬を断った。もし襲ってきたのが彼女たちだったら、あなたもいまごろひき肉になってたかもしれない。テッレリア島に行くこと、考えてくれた?」
質問にこたえるかわりに心につなぎとめていた言葉が宙へ放される。
「傭兵ってのはみじめなもんだよ。おれみたいなガキの話にも飛びつきたくなるほど、カネと復讐に飢えてる」
ロウルは首をふり、青い眼をまっすぐクラウディアに向けた。
「さっきも言った通りだ。どう死ぬかはおれ自身が決める」




