第二話 ラケッティア、埋め合わせ。
「つまり、段取りはこうだ。まず、おれがひとり、この桟橋で待つ。で、タラップから降りてくるとき、やつは、なんだ、おれ一人かとふてくされる。そこで隠れてたお前らがいっせいに飛び出て、楽器鳴らして、『おかえりなさい、クリストフ』の横断幕を出す。じゃーんってな。この不意打ちで『みんな、おれのためにそこまで』って気持ちにさせる。わかったか?」
「もともと忘れてたマスターが悪いんじゃない」
「ツィーヌ、ツィーヌ、ツィーヌ。いいか、おれたちはファミリーだ。誓いの儀式しただろ? ファミリーは助け合わなくちゃいかん。他に質問は?」
「暑い、だるい。帰っていい?」
「ダメだ、脱力忍者! 特にお前はおれと同罪なんだぞ。お前だって、クリストフのこと、すっかり忘れてたんだからな」
「ボス、ひとつ、いいですか?」
「はい、〈インターホン〉」
「サアベドラとグリードの売人を殴りに行く約束をしてるんですけど」
「却下。それってデートだろ。売人のほうはサアベドラひとりでも大丈夫だ。でも、クリストフにはみんなが必要だ。いいか、やつの心をラムのお湯割りみたいにポカポカさせるんだ」
「冷たいものが飲みたくなってきたな」
「ディアナさん、頼むからあと三十分、いや十分付き合って。そのあとはジャックに頼んで、なんでもつくらせるから――あ、船が見えた。シャンガレオン! 銃の望遠鏡でなにか見えるか」
「あー、見える。間違いない。クリストフだ。怪盗のかっこはしてないぜ」
「怒ってそう?」
「そりゃ怒るだろ。魂引っこ抜かれて怪しげな野郎の手元に忘れられたんだから」
「忘れたんじゃない。戦略的忘却だ」
「だいたい忘れたやつらで懺悔なり奴隷なりすりゃいいのに、なんで僕らまでこんな目に」
「いつか感謝する日がくる……って、お前ら、なにしてんだ!」
なにって、とジャック。
「青空バーテンダーだよ。バッグにリキュールを少し入れてきたから」
「撤収! ただでさえ、おれたち目立ってるのに、これ以上悪目立ちしたら、治安裁判所に痛くもねえ腹つつかれる。ほら、カールのとっつぁん、グラスを置く。ディアナもジルヴァも。そんな目をしてもいけません!」
「ボス、船が近づいてくるぜ」
「よし、みんな隠れろ! 段取り忘れるなよ!」
段取りはうまくいった。
ただ、タラップに問題があった。
これが桟橋と船のあいだに置かれた一枚の板に過ぎなかったのだ。
いや~な予感はしたが、でも、クリストフは怪盗なわけだし、バランス感覚はきっと優れてるだろう。
そんな楽観をした時期もありましたが、みんながいっせいに飛び出て、ブンチャブンチャと音を鳴らして、おかえりクリストフをやると、クリストフはワッと一言言って、大きく左にバランスを崩し、嗚呼、重力の無常よ、桟橋と船のあいだの隙間にぼちゃんと落ちた。
――†――†――†――
クリストフのすごいところはその精神修養の凄さだな。
いかれた大名のもとに人魂として置いてきぼりにされ、帰ってきたら、船から落ちたが、深刻に怒っている様子は見られない。
三十人の少女騎士たちと離れ小島で暮らした経験は伊達ではない。
ひさびさの〈モビィ・ディック〉。
カウンター席にはおれとクリストフ、トキマルがいる。
ジャックはと言うと、ディアナたちに飲み物つくった後、おれらのためにノン・アルコール・ドリンクをつくってる。
最近、ジャックはオリジナル・リキュールに凝っているそうだ。
マンドラゴラ・ビターみたいに怪しげな材料からカクテルの材料をつくるのが楽しくてしょうがないらしい。
おれたちがアズマで七転八倒してるあいだ、ジャックは『キャキャオ』というリキュールを考案した。
これはダンジョンにいるモンスター由来の材料でキャキャオサウルスというモンスターの尻尾にある木の実みたいなコブを煮詰めて発酵させて精製したものなのだが、カカオとは香りが段違いで、キャキャオ由来のチョコレートは従来品のチョコレートと区別して『チェコレート』と呼ばれる。
うん、いいんじゃないかな。
モンスターや魔法の草からカクテルをつくるって、とてもファンタジーっぽい。
他にもファイアドレイクからつくったジンやフロスト・ゴーレムの氷など新商品は続々と出てくる。
ここでしか飲めないカクテルをあなたに、なんてわけだ。
「それで、いま、どうなってるんだ?」
と、クリストフがたずねる。
「骸騎士団のことか?」
「帰りの船でその話題が持ち上がった。他の国の主要な港でも活動しているらしい」
「一応、ダンジョンと南洋海域にどうなってるか手紙を出してきいてる。ここじゃ、やつらのヤクがかなり出回ってる。ちょうどいい塩梅なんだろう。イドよりもヘヴィで、〈蜜〉よりは安全」
さすがにここでさばくやつはいないが、とキャキャオ風味のボトル・カクテルを注ぎながら、ジャックが言う。
「〈ラ・シウダデーリャ〉や〈パンケーキ〉では何度かさばいた形跡がある。カジノのほうは大丈夫なようだ。売人もさすがに魔族居留地を通るつもりはないんだろう」
「おれの獲物になりそうな金持ちは?」
「掃いて捨てるほどいる」
と、おれ。やば、このドリンクめっちゃうまい。
「グリードはカネになる。もう街の半分以上の判事や警吏が骸騎士団に手なずけられてる。そこいらじゅう、ふざけた成金だらけだ。好きなだけぶんどってやれ」
「聖院騎士団は?」
「あそこは別だ。イヴェス同様、頭が固い。問題は既存の〈商会〉だ。あいつらと骸騎士団はあちこちでお互いの組員を刺し合ってる。ただ、骸騎士団の団員はチンピラとはワケが違う。傭兵だの騎士崩れだので精強だ。いまのところ、やつらは市内の商会全部を敵にまわして五分五分の勝負をしてる。現在、この抗争に参加していないファミリーはおれたちだけだ。どっちかがおれに加担してくれと言ってくるのも時間の問題だな。それと、骸騎士団のトップは誰だか不明だ。騎士団長と呼ばれているらしいが、まあ、正直、おれにはどうでもいい。クルス・ファミリーの麻薬に対する態度は変わらない。これについてはゴッドファーザー・モードでイヴェスと話して、治安裁判所にも伝えてある」
「相変わらず抜け目がないな」
「誉めてもなんも出ないぞ。まあ、とにかくおれたちはヤク絡みの抗争からは距離を置く。もうじきカジノも完成するし、スロットマシンは世界じゅうのあちこちからおれに小銭を上納してくれる。判事どもはおれのカネで愛人のドレスをつくって、捕吏どもは〈ラ・シウダデーリャ〉でタダ酒にありついてる。できるだけ、この状態をキープしたいところだ」
「そーはいうけど、頭領、やつらが仕掛けてきたら?」
「全面戦争だな。こっちが譲る理由はない」




