第七話 ラケッティア、続・毒について。
「ツィーヌの毒ってさあ」
「ん?」
「意思持ってるよね」
「持ってるけど」
「どして?」
ダンジョンと言っても、おれがところどころ溶けかけた蝋燭の束を置いて光を確保するようにさせているし、ダンジョンの魔物たちもおれたちのことを見ても、ああ、またお前らかみたいな顔をして、相手にしない。
ただの粗削りな洞窟ダンジョンは歩いていて、退屈だ。
で、以前から不思議に思っていたツィーヌの毒について、特にどうして毒液が意思を持っているのかをきいてみた。
「わたしの暗殺術は見た目にはただの毒殺に見えるだろうけど、実は召喚魔法を応用したものなの。毒液のなかに悪鬼の魂を召喚させて自在に操る。だから、わたしが一歩も足を動かさなくても、ターゲットの飲み物に毒を混入することができるってわけ」
「じゃあ、四人のうち、ツィーヌとアレンカは魔法使い系のアサシンなわけ?」
「あと、ジルヴァも。数は多くないけど、影魔法と呼ばれるちょっと珍しい魔法を使うわよ。人の影を縫って動きを止めるとか、影に潜り込んで別の影から現れるとか、オトリになる影を放って敵の目を惹きつけるとか。わたしたち四人のなかでまったく魔法に縁がないのはマリスだけよ」
「脳筋マリス」
「なに? のうきんって」
「脳まで筋肉の略」
「あとで、言いつけてやろーっと」
「こらーっ、クルス・ファミリーはオメルタ絶対なんだぞ」
「なに、今度は?」
「沈黙の掟。ファミリーの秘密をもらすと殺される」
「そんなのどこのアサシンギルドも取り入れてるわよ」
「ですよねー」
「まあ、でも、分かった。沈黙の掟なら、仕方ないわね」
「そうそう。仕方ない、仕方ない」
「マリスには黙っておいてあげる。だから――」
ちゅっ。キスされた。マウス・バーザス・マウスで。
「これも沈黙の掟なんだからね。破ったら殺すわよ」
えーなにこれ、キス、キスされた? なんで、どうして? キスされるにたる理由あった? 大義はあった? え、最近のツンデレさんはキスまでほんの三か月なんですか、って、ええ、これ、ひょっとして死の接吻? 『バラキ』でやってたあれ? チャールズ・ブロンソンがやられてたやつ? ブロンソンなら仕方ないよな。ブロンソンだもの。それとも毒殺キャラ御用達の毒を口移しにするやつ? えー、ちょっと、でも、おれ死んでねえよ? 生きてるよ? 生きろの接吻? ハイ生きます。せっせと酸素を二酸化炭素に変えていきますよ、はい。って、もっと別のイベントが来ると思ってたよ。どこからか、バレンタインのチョコの慣習が入ってきて、きゃーっ、マスター、そのチョコ毒入りって、そんな茶番だかほのぼの寸劇だか分からんものがあってからのお詫びのチューじゃないんスか? 大丈夫? いろいろ順番すっ飛ばしてません? 少女漫画で転んだヒロインをイケメンが手を貸したときに「大丈夫? 結婚する?」って言っちゃうくらい早すぎるんじゃないですかって、もう自分でも何言ってるんだか分かんなくなってきたよ、ママン。
――†――†――†――
軽く意識が飛んで、気づけばレイルクのいる地下三階。
相変わらず栄養不良な顔をしていた。
モンスターが冒険者を半殺しにすれば、その分だけ力が得られるから構わないのだろうが、おれの心のなかの栄養士がもっとしっかり食べなさい!と鷹のように目を吊り上げている。
「なんの用だ?」
「このダンジョンのモンスターが使っている毒を原液で欲しいんだが」
レイルクはおれたちにはやく帰ってほしいらしい。
何も言わずに、懐から赤い液体が入った小瓶を取り出した。
「これだ」
「ちょっと見せて」
ツィーヌは見せてといったが、実際には蓋を開け、一滴手のひらに落として、カレーの味見でもするみたいにペロリとなめた。
もはや人間トキシック・メーターと化したツィーヌはその一滴で毒の成分が分かったらしく、ピクニックバスケットのなかから、キノコを次々と選び出していった。
「これが材料よ。……どうしたの?」
「いや。タフだなあって」
「毒使いは子どものころから毒を少しずつ飲んで耐性をつけるのよ。毒使いが自分の毒で死ぬなんてアホらしいでしょ?」
「まあ、そうかもしれないけど」
すると、レイルクが鬱陶しそうに、
「用が済んだのなら帰れ」
「いや、用事はまだある。ツィーヌ、先に帰っててくれるか?」
「大丈夫なの?」
「アレンカの結界があるんだから平気だろ」
二人きりになると、おれは懐をごそごそやって、小さなメダルを取り出した。
「なんだ、それは?」
「魔法使い御用達の骨董品店があって、そこにあったなかでも一番魔力の高いアイテムを買ってきた。ガンヴィルはあまり魔法使い用のアイテムには恵まれてないらしいから、今度来るときはどこか別の都市に行かないといけないが――」
「僕にこれをどうしろというのだ?」
「骨董品屋の店番してたすっげえ色っぽいねえちゃん曰く、魔法を使えるものなら、この手のアイテムを使って、自分の魔力を高めることができるそうだ。そんなわけで、高めてくれ」
「そんなことして何になる?」
「ダンジョンを深くしたり、モンスターを強くしたり、ラスボスのフロアをカッコよくリフォームしたり――」
「そうじゃない。貴様は何が望みなのだ?」
まさか、あなたのダンジョンで八百長仕組んで、ボロ儲けーとは言えないので、
「おれの目的はどうでもいい。少なくとも、お前の抱えている目的と同じ方向を向いている」
と、ひどく抽象的なコトこいて逃げた。
逃げたと言っても走ったりしない。こういう台詞にふさわしい悠々たる態度でその場を後にする。
ダンジョンから出ると、ツィーヌが待っていた。
いや、一度旅籠まで行って、そこから走って引き返してきたらしい。
ぜえぜえと肩で息をしている。
「どうした、ツィーヌ? ジルヴァのおやつでもくすねて逃げてきたのか?」
「違う。お客が来た」
「お客?」
「旅籠にお客よ! ダンジョンを探索に来たパーティみたい!」




