第六話 ラケッティア、毒について。
ダンジョンは今のところ地下三階、洞窟の体裁をとっている。
が、おれはいずれこのダンジョンを地下五十階、失われた古代都市風のものにしたいと思っている。
そのためにはもうちょっとダンジョンの評判をかき集める必要がある。
「で、アレンカ。例のあれ、調べてくれた?」
「はい、マスター! アレンカ、がんばって調べたのです!」
そこはダンジョンの近くにある例の崩れた旅籠。あちこちで雇った大工たちのトンカチを打つ音、ノコギリで木材を挽く音がきこえてくる。
特別ボーナスを支払うから、一週間でやってくれと言ってあるので、職人たちは大いに張り切っている。
おれはテーブルの上に置かれたアレンカの魔法書を見た。
「ダンジョンに巣食う魔法使いはダンジョンから糧を得るのです。つまり、なかで殺した人の生命力を魔力に転換して糧にするのです」
「うちのダンジョンは半殺しだけど、半分は入る?」
「入るのです。そして、ダンジョンの主の魔力が強くなれば、ダンジョンをより深いものにもできるし、モンスターももっと強いものにできるのです」
「ダンジョンが広くなるのはいいが、強すぎて、客がやられてばっかになったら、客足が遠のく。ダンジョンの主から魔力を引き抜くこともできるのか?」
「うー、方法は確立されてないけど、できると思うのです」
「よし、それはまかせてもいいか?」
「もちろんなのです! アレンカにおまかせなのです!」
アレンカは仕草言動こそ幼いが、四人のなかで一番の知力の持ち主といってもいい。
こうした新しい魔法の確立が彼女の暗殺者としての評判をこの年齢で轟かせたのだろう。
でも、おれに言わせれば、それを殺しにしか使わないのはもったいない。
そりゃ、主体は暗殺だけど、おれのラケッティアリングに使っちゃいけない法もないはずだ。
「ちょっと、シスターたちのほうを見てくる」
「はい、いってらっしゃいなのです」
シスターたちは旅籠から出て、右へ行き、ダンジョンへつながった道の途上に救護テントを建てている。
そばでは教会の普請も始まっていて、ちんちくりんのシスター・ヨハンナがあちこち飛び回って、あれやこれや指示を飛ばしている。
「あら、クルスさん。こんにちは」
「こんちはです」
一応、おれはあのクルスの甥っ子ということになっている。
「あれから伯父さまから何か?」
「いえ。何も。順調にいっていて嬉しいそうです」
いてえ!
救護テントから叫び声。
「もしかして、冒険者が?」
「はい。記念すべき第一号です」
「挨拶しても?」
「はい。でも、しばらくは目が開かないですよ。目くらましの毒を受けているんです」
救護テントの折り畳み式ベッドに寝そべっているのはあちこち負傷して包帯を巻かれた不精髭の男が一人。
そばの柱に打った釘に剣がベルトやマントと一緒くたになって引っかかっている。
怪我の具合を見ると、レイルクと配下のモンスターたちは半殺しの約束を守っているらしい。
それにホッとしつつ、目に包帯を巻かれた男に声色を重めにして、高飛車にたずねる。
「ちょっと、きみ」
「なんだ、お前は?」
「うぉっほん。わたしは、アルデミル王国のダンジョン大臣から派遣された代官である。ききたいことがある。素直にこたえぬと、国家反逆罪になるぞよ」
「失せな、タコ。おれのばあちゃんは男の価値は国家反逆罪をやらかした数で決まるって言ってんだ」
どんな毒を食らったのかききたかったのだが、あんまり偉そう過ぎても駄目だったか。
毒の成分が分かれば、ツィーヌに解毒剤をつくらせて、大儲けできるのに。
しゃあない。レイルクに挨拶がてら、直接ききにいくか。
テントを出て、道なりに歩く。
ダンジョンへと続く道は途中で落ち込んだ崖のそばを曲がる。
そこから浅い谷が見える。
ダンジョンのある地所につながる唯一の入口だ。
実はおれが購入した土地にはあのあたりも含まれている。
つまり、おれは大地主ということなのだが、これだとゴッドファーザーというより、ペキンハーの『ガルシアの首』に出てきたメキシコ人の大地主みたいになる。
途方もない大きさの土地を支配して半ば独立国のようになっているので、なんでもありの最高権力者になるわけだ。
ただ、あの土地は街道に近いが、カネになる森林も、耕作向けの土地も、鉱山もない。
何も生み出さない土地だ。だが――、
ここに、おれはここに帝国を築いてみせる。
まあ、メキシコの麻薬王にかぶれるのも悪くはないけど、あくまで稼ぎはイタリア系マフィア風にいきたいものだ。
例えば、労働組合をつかった強請とか。
手下を入り込ませた労働組合にストを打たせて、経営者側からスト解散をちらつかせてカネをせびり、逆に労働者たちがストを起こしたら、経営者側からカネをもらって、ストを潰す。
報酬の二重取りで甘い汁ちゅーちゅー。
まあ、世界を股にかけたコカイン密輸とかと比べると、ちゃちに見えるかもしれないが、労働犯罪はイタリア系マフィアの十八番で、暴力と賄賂の使いどころのうまいやつ――腕っぷしが強くて頭のいいやつが任される。
で、ちょっと思ったこと。
ダンジョンの八百長はこの労働組合を使った犯罪に近い面もある。
要するに経営者と労働者がレイルクと冒険者に変わっただけだ。
レイルクが勝ちすぎても困るし、冒険者が勝ちすぎても困る。
その塩梅を調整するためのツールが必要だし、そのなかで利益を回収する手立てを考えるのも重要。
調整はアレンカに任せるが、利益の回収としては第一弾として効果的な毒消しを独占販売して、がっぽがっぽ儲けたい。
おれは手帳を取り出すと、細く切った木炭で殴り書きをした。
必要なもの。
毒消し。
宿の経営者。
道具屋。
今回のラケッティアリングはダンジョンにどっしり構えていればいいものではない。
評判を流すためによその都市に行くことも考えられるし、ダンジョンのなかに設置する高価なお宝もこのへんでは足がつきかねないので、やはり遠くへ買いに行く。
そうなるとここで旅籠と道具屋を見ているわけにはいかないので、人手がいる。
それに今は崩れた旅籠と救護テントしかないが、道具屋やダンジョンで見つけた貴重品の買い取りをする店、その他いろいろな施設が出来上がる。ダンジョンで発見したものの取り分や権利についてパーティのなかで決めたりするなら、公証人も必要になるだろう。簡単な賭博場もつくるかもしれない。
もちろん、そうした店からみかじめ料を取っていく。
それに伝説もつくらなければいけない。
リュデンゲルツ地方のあるダンジョンにお宝が眠っているとか、不老不死の秘法があるとかいうことを記した偽造古文書を王立図書館にぶち込み、発見させるのだ。
文書の偽造というとエルネストを思い出す。
あの晩別れたキリだが、元気でやっているだろうか。
「マスター、何してるの?」
ツィーヌだ。ちょうど森から出てきたばかりらしく、いつぞやのランチバスケットの持ち手に腕を通して下げている。
「いや、考え事した。ほら、エルネストのやつ、ちゃんと逃げたかなって」
「ああ――」
「エルネストがいてくれれば、あれもできるし、これもできると思い浮かぶんだが、いないものは仕方がない。おれにできるのは、いつかどこかの街のドブ川にやつの死体が上がったなんてニュースをきかされないよう神さまに祈るくらいのもんだ」
「ねえ、マスター」
「ん?」
「エルネストがいると助かる?」
「そりゃあ助かるさ。あの文書の量、見ただろ。あれ、一人でやったんだぜ。おかげで税務署の連中、いまだに書類調べに没頭してるはずだ。懲役十六年七か月を食らったようなもんだ」
「そっか」
「うん。そーなんだ。でも、ツィーヌたち四人で力不足とか思ってるわけじゃないよ」
「だ、誰もそんなこと言ってないじゃない」
「顔に書いてあるよ」
「え、うそ? 何で書いてある? 墨? インク?」
顔にでかでかと『力不足』と書いてあると思っているらしい。
この子、アホの子っぽいときがある。
「いや、顔に書いてあるっていうのは比喩表現でしてな」
事情を覚ると、ツィーヌの顔がみるみるうちに紅潮した。
これもまた顔に書いてあると言われる状態だ。
「もう、知らない!」
「まあ、そんなつれなくしないでくださいな。ツィーヌとエルネストじゃ専門が違う。おれはツィーヌに完璧な二重帳簿をつけろとはいえないし、エルネストに例の薬用意しろとも言えない」
「むう」
「それにいま、ちょうどツィーヌがいてくれればって思ってたところだ。実は――」
おれは毒対策の目薬をつくりたいことをツィーヌに教えた。
「毒の原液を見てみないとなんとも言えないわ」
「それで、これからレイルクに会いに行くところ」
「しょうがないわね。まあ、ちょうど毒の材料も集め終わったところだし」
「材料?」
ツィーヌはランチバスケットにかけた布を取っ払った。
中身は食わずとも分かる毒キノコ――それも大阪のおばちゃんでも身につけないであろう原色至上主義のキノコたちだった。




