第七十八話 ラケッティア、お前の勘違い。
あの謎の化け物が大怪我して掛け軸に逃げた瞬間、いろいろなことが起きた。
まず、ショウユウさまは崩れた壁から入り込んだ泥棒を見つけて押っ取り刀で立ち上がり、池をざぶざぶと渡って、曲者をひっつかまえた。
ダイユウさまは美人がつくってくれた玉子焼きをもらって、もぐもぐ食べていた。
そして、美人さんはウギャ!という叫び声を思わず出してしまい、ぶっ倒れた。
掛け軸へと逃げていく化け物を見て、死ぬほど驚いたらしい。
そして、そのころには空を覆っていた黒雲がはけて、午後の強い日差しが屋敷に照り出した。
すると、ショウユウさまが取り押さえた曲者がこの屋敷の主であり、絵師であり、あの美人さんの旦那でもあるカラスヤマ・セキエンであることに気づいたのだった。
――†――†――†――
「まあ、じゃあ、わたしが妖怪の手先だと思ったのですか?」
美人さんがぷりぷりしてる。
「だって、もう、なんか、そんな感じで、あ、ほら、ダイユウさまの部屋に血が飛び散ってるのが見えたから」
「それはこれではないか?」
と、兄のショウユウさまが持ってきたのは、赤い墨で描かれた大きな鯛の絵。
「ダイユウ。お前、また部屋を赤墨で汚したな?」
「ごめんなさい。兄上」
「まあまあ。大事なかったのだからいいではないか」
と、カラスヤマ・セキエンが言った。
髪を茶筅髷にした三十代くらいの、ホラー漫画を書く人特有の感じのよさがある人だ。
「それで、妖怪が出てきたというのはどの掛け軸ですかな?」
おれが例の掛け軸を指差すと、セキエンの顔が不安に曇り始めた。
「まだ残っていたのか」
「残っていた?」
セキエンはショウユウさまに庭の落ち葉を集めて焚火をしてくれと頼み、火ができると、例の掛け軸を炎のなかに放り込んだ。
ギィヤァァァァ!
悲鳴。掛け軸が炎のなかで暴れ逃げようとする。
セキエンは棒きれで掛け軸を炎のなかに突っ込み続けた。
焚火から上がる煙が黒く濁り、そして、あの気持ち悪い『遊星からの物体X』みたいな化け物が現れたと思ったら、溶けて消えた。
美人さんはまた倒れて、ジルヴァとフレイはぴゃっ!ってしてる。
「あのー。いまのあれはなんなんですか?」
「あれは犬神の吐いた瘴気です」
「あれもあんたが描いたの?」
「いえ。あれは初代セキエン――わたしの父が描いたものです」
――†――†――†――
初代セキエンの妖怪画は写実的だった。
滑稽さや面白さは皆無、それどころか見たものを怖がらせようという意志もない。
ただ、そこにあるものを筆を通じて、そのまま絵のなかに落とし込んだのだろう。
問題は初代セキエンがこれらの化け物を見たということだ。
「父は妖怪を捕える狩人でした」
初代セキエンには妖怪を描くことで絵のなかにその妖怪を封じ込めることができる特殊能力があった。
つまり、ポケモンマスターだ。投げるボールはマスターボールばっかり。
ただ、初代セキエンとポケモンマスターの違いは片や捕まえたモンスターを大切に育て、片や焼き捨てる。
「父は妖怪だからといって、なんでも捕えたわけではありません。害がなかったり、福をもたらすものは決して描きませんでした。あくまで悪しきもの、害をなすものだけです」
「犬神も描いた?」
二代目セキエンはうなずいた。
「わたしが生まれる前のことです。犬神塚の封印がこれ以上もちそうにないと知った父は犬神塚に行き、犬神を描きました。すぐに焼き捨てるはずでしたが、犬神を描いた軸はいくら火にくべても燃えないのです。すぐに父は犬神の掛け軸をある寺の境内に埋めて、その上に鎮めの巨石を置いて、改めて封印しました。しかし、いま思えば、犬神は犬神塚から逃げ出すために父の能力を利用したのでしょう。一年前、鎮めの巨石が二つに割れて、掛け軸が消えたという知らせが入りました。しかし、父はもう亡くなっていて、わたしは父の力を受け継がなかった。掛け軸が消えてから、戦乱が起こり、人心が大きく乱れ、なにか悪いことが起ころうとしている。わたしはそれを止めることができない……」
「いやー、あんたが責任感じることないと思うよ? それにおれたち、その犬神を退治してやろうと動いてるわけだし」
「それは本当ですか?」
「おれ自身は喧嘩からっきしだけど、こっちで目を隠してる娘たちはめちゃ強いし、別行動中の連中も強い。犬神とそれを復活させたやつの人生めちゃくちゃにしてやるつもりだ」
「わたしにもなにかお手伝いできることは?」
「それなら、一つ、とても重大なお願いがあるんですけど――スロットマシン、ここに置いてもいいすか?」




