第七十四話 ラケッティア、狂犬と名のつくマフィアはいつだって狂犬。
いろいろあった。
まず一つ目。
クリストフが人魂になって帰ってきた。
耽美系の殿さまであるムゲン・カゲマサが今度の戦に参加する条件はクリストフの貸し出しだった。
「まあ、誰かがやらなきゃいけない仕事だ」
と、おれがいうと、クリストフはひゅうどろろ、と鳴らしてから、
「自分が犠牲を払わなきゃ 言うのはたやすいよな」
「でも、一生そのままでいろってわけじゃないんだろ?」
ムゲン・カゲマサは以前、クリストフを人魂にしたとき、なんだかんだで近習のままで終わらせるには惜しい男だといって解放したらしいが、昔は昔、今は今でやっぱり人魂にして侍らせたくなったらしい。
「安心しろ、クリストフ。お前の体はきちんと保管してある。糠床入れてた桶だから、まあちょっとにおいが染みつくかもしれないけど」
「ふざけんな! きちんと洗った樽に入れろ!」
「そうしたいのは山々なんだけど、他に空いてる入れ物がないんだ」
「あれだけスロットマシンで食い物稼いで、カネも稼いでるのにおれの体一つ入れる入れ物がないってのはどういうことだよ!」
「そんな、怒るなって。ほんとはくさやを入れてた桶に入れようって話もあったんだぜ。でも、おれはそれじゃクリストフがあんまりだ、もっとスイートな入れ物をくれって言ったら、これが来たんだ。まあ、ほら、あれだよ。これは糠床の入ってた桶だけど、きっとアズマで一番スイートな糠が浸かってたんだと思う。お前、人間に戻ったら、きっとスイートになってるぜ。スイート怪盗クリス。いいじゃねえか」
二つ目。
城がおちた。
そのころにはおれは城内へ米一合を金十二枚で売り渡していたが、ついに下っ端兵士の堪忍袋の緒が切れたらしい。
あわれハリマ・シゲマロは降伏と恭順の印として首だけになって、こちらに送られてきた。
これでカキツ・ハリマ・ムゲンの三国が連合軍となり、サイドウ軍とようやくイーブンで戦えるようになった。
でかい戦いのことはスヴァリスに丸投げしているので、おれとしては味方の町となったオタテ城下町の前から目をつけていた場所にスロットマシンを置きまくるのに専念できる。
と、思ったら、三つ目。
これのせいでスロットマシンに身を入れられなくなった。
「犬神ぃ?」
と、言いながら、おれはひっくり返って、袴の裾を大きくめくり、剥き出しにした生足をちょっとがに股気味に真上へ伸ばす。
「旦那、そりゃ、あれかい? おどろいてずっこけてるのかい?」
「犬神家の一族ごっこだよ、って言っても分からないか」
おれはごろんと起き上がり、誰かがふるいつく前に袴をつかんで罪深い生足を隠し隠しする。
ちょっと整理してみよう。
このアズマは龍神、つまりファミリーのボスによってつくられ、昔、龍神の神官、つまり幹部をしていた五つの家が大名家となって相続されて現在に至る。
ただ、本当はカポは六人いて、そのうちの一人はボスに成り代わろうとして失敗し、犬畜生の身に落とされた。
これが犬神ということらしい。
マフィアの世界で言うなら、コロンボ・ファミリーを乗っ取ろうとして失敗した狂犬ギャロのようなものだ。
狂犬ギャロは僻地に追いやられたが、復権を狙って虎視眈々としていて、ムゲンでジルヴァを餅にして食おうとしたり、ガルムディア・ヘロイン航空を犬畜生だらけにしたりしている。
そして、どうもその犬神は現在、サイドウ家が保護しているらしい。
つまり、コロンボ・ファミリーの内紛に干渉しようとしたガンビーノ・ファミリーが狂犬ギャロに秘かな支援を与えるようなものだ。
……うーん、辻褄が合わない。
まず、サイドウ家が犬神を手中に収めているとして、それをガルムディアの空飛ぶ船に乗せる意味が分からない。
コジロウからきいた話じゃ、ガルムディア人の乗組員たちは血相を変えて聖水を要求していた。
なにかヤバいモノが船にあると気づいたのだ。
ガルムディア人は自分の船がヘロインで動いてることは知っていたが、犬神のことは知らされていなかったのは間違いない。
離陸してから全員犬になったら、墜落は免れない。
ジンパチは犬神の瘴気を空からばら撒くことがサイドウの目的だったというが、コスト金貨五百万枚に見合うメリットがない。
そんなことしなくたって、コオリガワ家が滅んで以来、世の中はおかしくなり、犬神踊りの流行はいや増すばかりだ。
そこで一つの仮説:犬神を空飛ぶ船に乗せたのはサイドウ・アリナガではない。
で、仮説を大胆に発展:大名同士を争わせ、漁夫の利を狙っているやつがいる。
大名家が一つ滅べば、アズマが滅ぶことをサイドウ・アリナガが知らないはずはない。
それを承知で今回の戦争を引き起こさせたやつがいるんじゃないか?
「つまり、全てが終わった後、得をするやつが黒幕ってわけ。サイドウ・アリナガが他の大名家を全部滅ぼした後で死ねば、アズマの龍神の加護を司る家は全部なくなる。これで誰が得するかと言えば、その犬神だ。動機が復讐なのか世界征服なのか、あるいは歩いて五分のところにコンビニをつくってもらいたいのかは知らんけど。軍同士がぶつかる天下分け目の合戦は大名たちに任せる。で、おれたちはその裏で犬神を追う。サイドウ・アリナガを倒しても、その犬神が野放しじゃ、こりゃ試合に勝って勝負に負けたってもんだからな。トキマル、おじいはなんて言ってる?」
「はっ。おじいは何度もうなづいて、その通りだと述べられています」
トキマルめ。妹ちゃんが隣りにいるもんだからってかしこまっちゃって、まあ。
つーか、やっぱりいたんだな、馬鹿には見えないジジイ。
しかし、納得行かねえ。
おれの仮説にジジイは何度もうなずいて、その通りだと言っている。
つまり、ジジイ本人から来栖ミツルは頭の切れるやつだって判定をもらったようなもんだ。
なのに、相変わらずジジイは見えない。
そりゃ、おれだって自分の馬鹿さは一日二日で築き上げたもんじゃないことは知っている。
日本にいたときは学校じゅう馬鹿ばっかで、お互い切磋琢磨して馬鹿になっていたものだ。
でも、そろそろ見えてもいいころだろう、じいさん。
いい加減見えてこないと、おれが馬鹿なこと、バレちゃうじゃねえか。




