第五十八話 ラケッティア、アレンジ・マン。
いまから一週間前、ここに上品なカジノがあった。
食事と見世物は無料、上客用の離れ、庶民向けのすろとまし。そして、温泉。
欲の皮の突っ張ったドアホの気をくじくため、自分で焼き払った。
ドアホの名前はハリマ・ツネマロ。
これから起きるのはお膳立てだ。
焼け残った唯一の建物である茶室。
といっても、なかは火でなめられ、がらんとしている。
そこに火打石が当たり金にぶつかって、火花が枯草を揉みまとめたものの上に落ちた。
火はふわっと舞い上がり、油を吸った灯心がメラメラと燃え立った。
すると、二十三人の忍びの姿がぼんやりと闇のなかから浮かび上がる。
おれを取り囲んでいて、全員が黒の忍び装束姿だ。
七人衆以外にもトキマルの誘いでやってきたサイガ忍びの生き残りたちが大勢いる。
ただ七人衆のうち、おじいというじいさんがいない。
いや、ちょくちょく姿を見せてるそうなのだが、そのじいさん、馬鹿には見えないらしく、そして、おれにはまったく見えない。実はいまもいるらしい。
これは問題ありだ。
これから大名殺ってこいと命じるやつが馬鹿ではかっこがつかない。
ったく、もー。
どんだけ賢いことをしたら、そのじいさんは見えるようになるんだろう?
全然、目途が立たないよ、ちきしょー。
ぶつくさ言ってると、やはり忍び装束姿のトキマルとコジロウが半ば焼け焦げた畳の上に二枚の地図を広げた。
ハリマの城下町にあるももんじ屋〈カサドウ〉の見取り図だ。
もう一枚はコジロウがカラスからの情報を集めて書いた城下町全体の地図だ。
といっても、江戸ほどの大きさはない。
地図には暗殺部隊の逃走経路が朱書きされている。
コジロウの地図にはハリマの侍たちの巡回経路も合わせて書いてあって、ももんじ屋でツネマロが殺られた後、現場に急行するであろう侍たちと入れ違いに立ち去れるように念入りに決めた道だ。
ももんじ屋〈カサドウ〉はトキマルが二度ほど忍び込み、完璧な見取り図をつくっていた。
ハリマ・ツネマロは常に輿に乗って移動している。
〈カサドウ〉の門は輿に乗ったツネマロが通れるように高めに作られている。
ツネマロ本人が指摘したのだが、門の高さと塀の低さの違いがみすぼらしいからということで、塀の上にも竹を高く組み、〈カサドウ〉の山形に同の字を染め抜いた提灯を表に向けて三十二個ほど結びつけている。
つまり、なかに入って門が閉じたら、塀をよじ登って逃げることはできない。
さらに都合がいいことに〈カサドウ〉は門のそばに掛け小屋をつくり、味噌や醤油を軽く焦がしてにおいを通りにふりまいている。
だから、サイガ忍びたちが隠し持つ火縄銃の火縄の焦げるにおいがごまかせる。
火縄銃は全部で十五丁。二匁半の鉛玉を発射できる。
サカイを真っ先に捨てて逃げたとある豪商の隠し倉庫にあった。
コンディションは抜群で、機構は銃士隊が持っていたものに似ていたから、忍びたちに使い方を教えることができた。
「頭領、どうして銃なんか持っていくんだ? でかくて邪魔だし、音もうるさい。距離を詰めれば、苦無で殺れる」
「白昼に城下町のど真ん中ででかい火縄銃をぶっ放せば、敵はびびるぜ。ああ、あと、逃げるときは火縄銃は捨てていけ。重いだけだし」
「持ち帰らないの? じゃあ、ますます苦無だけで仕留めればいいのに」
「苦無で殺せば、忍びにやられたで話は終わるが、火縄銃を使えば、ほんとに忍びの仕業かどうかを疑う。お前の言う通り、火縄銃はでかくて、うるさくて、到底忍び向きの武器ではない」
わたしは使うよ、とカラクリちゃんがでかい鋼の腕を見せる。
「うん、まあ、一部例外はあるが、ほとんどの忍びはトキマル、お前と同じ考え方をする。そこで問題は忍びの仕業か怪しいとなると、次の問題は、なぜこんなでかくて音がうるさくて、でも最新鋭の武器が易々城下町に入り込めたのかという点に頭がまわる。そこでゴンタが渡した手紙が利いてくる」
「ゴンタが渡した手紙?」
トキマルたちがゴンタを見る。
「なにを渡したんだ?」
「……密書だ」
「ハリマの軍師、ミヤト・ヒョウブ宛にだ。大したことは書いてない。匿名で最近使われ始めた銃という新兵器について、大急ぎで研究したほうがいい、とだけ書いた。で、ハリマ・ツネマロが蜂の巣にされて、火縄銃がその場に残されるとヒョウブは火縄銃を自分のもとに集めさせる。他のハリマの武将たちの目にそれがどう映るか」
トキマルが合点した様子でうなずいた。
疑心暗鬼になり銃を持ち込んだのが誰かの手引きではないかと疑っているところで、ミヤト・ヒョウブが銃をかき集めれば、軍師は真っ先に疑われる。
甥のツネシゲを擁立すると決まっている以上、ハリマ家中には大いに揺らいでもらいたい。
「次にこの〈カサドウ〉だが、見取り図で見る限り、前庭が神社の参道みたいにだだっ広い。ここで田楽囃子をやりながら待ち構えろ。ハリマ・ツネマロのサカイ侵攻を褒めたたえた歌はできてるんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、ツネマロがやってくる前に、〈カサドウ〉の前庭でそれを歌ってくれ。店の人間になにか言われたら、ツネマロから頼まれたといえばいい。ツネマロのほうが外からやってきたときは店の人間が田楽囃子を用意したと思うようにさせる。ツネマロの輿が入ったら、門を閉じて、ツネマロとそのお付きの侍どもを撃つなり斬るなりして皆殺しにしろ。逃走経路はこっちの地図にある通りだ」
「これ、全部頭領が考えたの?」
「まあね」
ポール・カステラーノをハメる算段をするジョン・ゴッティのごとく、悪知恵を働かせてみた。
思いのほか、いろいろアイディアが浮かんできたのは自分でもびっくりだ。
田楽を利用するのはゴッドファーザー・パート3のリトル・イタリーでのサン・ジェナーロ祭を参考にしたが、ハリマ・ツネマロが豚肉の味噌焼きを好んで食べるときいてから、ちょっとアレンジした。
でもね、ここまで悪知恵働かせても、おれ、まだ馬鹿なままなんだぜ。じいさん見えないんだぜ。
「で、これが大切なことだけど」
と、おれは念押しする。
「死ななきゃ任務遂行できないと思ったら、誰か一人、そういう状況に陥ると分かったら、鉄砲も含めて全部放棄して逃げてくること」
「そんな甘いこと言ってたら、ツネマロを仕留めるのにいつまでかかるか」
「殺る機会はいくらでもつくれる。じゃあ、各自、ハリマへ向かってくれ。ツネマロにはおれがよろしくいっていたと伝えておいてくれや」




