第五十四話 ラケッティア、そして戦略チートがやってきた。
一夜明け、亜空間でスパゲッティをゆでてるうちに夜が明けたが、そんなおいらのもとに悪いニュースともっと悪いニュースとオッペケペーなニュースが舞い込んだ。
まず、悪いニュース。
外国船が一隻やってきて、市街戦を見るなり下ろす予定の荷物を桟橋に放り出して逃げ出したが、そのとき海沿いの古屋敷にいた大将たちが一緒に逃げた。
思った通り、あいつらはただ時間稼ぎをしてやがったのだ。
もっと悪いニュース。
カキツ軍は救援に来ない。
向こうにはサイドウの軍勢が攻め込んでいて、サカイどころではないらしい。
で、オッペケペーなニュース。
ディルランド王国陸軍元帥アレクサンダル・スヴァリス到着。
古い軍用外套にだぶだぶのズボン。髪の毛は真っ白に爆発して四方八方に鋭角をつくって伸びてる。
かなりのじいさんなはずだが、肌は相変わらず赤ん坊みたいにぷりぷりしてやがる。
そのスヴァリスが、んあー、ってなる鼻にかかった声で、
「おやあ、来栖くん。久しぶりだ。きみはカエルじゃないから合唱団には入れないが、それでもいい喉を持っているカエルを紹介してくれるというならば、これはぜひ現地で行って確認しないといけない」
「相変わらずっすね」
「両生類の持つ可能性には驚かされるばかりだ。残念なのは水のなかの彼らがナマズにとって格好の餌だということだ。数多くの名テノールがナマズによって落命した。アウレリス、シメノス、カマルス、それに――」
「なあ、それより、この戦い、あんたの天才でちゃちゃっと勝利してもらいたいんだけど」
「それなら、そんなにかからず、戦いを終わらせることができる」
「どうやんの?」
「あの建物を焼けばいい」
と、指差したのは――〈ばあでん・ばあでん〉である。
「あれ、おれのカジノ」
「カエルのいる池はあるかな?」
「ないけど、でも、いまからオタマジャクシを――」
「あれを焼こう」
「マ、マジで?」
「うむ」
「どうしても?」
「うむ」
「なんで焼くの?」
「船の上から見ていたんだがね、敵があの建物を異常に避けて移動しているのが見えた。たぶん、あとでキズ一つない状態で接収するつもりで戦闘に巻き込むのを避けようとしている」
「じゃあ、〈ばあでん・ばあでん〉に立てこもれば無敵じゃん」
「そうなったら、敵は普通に攻めてくる。そのくらいのことはするだろう。だから、焼く。みたところ、この都市は商業都市らしい。だから、これ以上戦いを続けるなら、全市街を焼くと脅す。戦利品が無くなれば、相手の軍に残るのは借金だけだ。ただ、なにもしないとこちらは本気でないと思うだろう。だから、相手が一番欲しがっているものを焼く。それでこちらが本気だと見せかける」
めちゃめちゃなこと言ってるが――ちきしょー、筋は通る。
そもそも開戦の原因はハリマがサカイの自治を無視して軍資金をせびろうとしたことだった。
やつらはカネが欲しいのであって、サカイを焼野原にしたいわけじゃないのだ。
勝つために焼かなければならない。
問題は焼くのがおれの〈ばあでん・ばあでん〉一つで済むか、サカイ全部を焼かれるかだ。
「……わかった。焼いちまってくれ」
いつかまたあの場所につくりなおす。
それまではとりあえず焼かれずに残ったサカイの町にスロットマシンを置いていく。
ただし、ハリマ・ツネマロ。こいつはぜってーぶっ殺す。
「焼くんなら、とっととやってもらったほうがいいや。トキマルたちに言って、全部燃や――」
「ああ、焼く前に少し戦う相手を残しておいてくれ。でないと、彼らが怒る」
「彼ら?」
水平線に目を凝らす。
スヴァリスを運んできた外国船と入れ替わりに殺気に満ちた手漕ぎ舟軍団がずいずい突っ込んでくる。
その舳先に立っているのは懐かしくも凶暴な顔――マグナス・ハルトルドとハーラル・トスティグ。
なんてこった。スヴァリスはディルランド軍最強の氏族歩兵たちまで連れてきやがった。




