第五十三話 ラケッティア、幕間の夜のグルメ。
二十人分のスパゲッティをゆで続けた後、一人前大盛りのスパゲッティをゆでるのは、なんつーか、こう、物足りない。質量が足りない。
ソースだってかき混ぜるときはそのまま武器につかえそうなくらい丈夫でデカい木べらで腰から力入れてまわしたけど、一人前大盛りのミートソースならフライパンゆするだけで足りる。
「なあ、フレイ。ホントにスパゲッティだけでいいの? ここにある材料ならフルコース作れるのに」
「はい。一人前の大盛りを所望します」
フレイはフォークとナイフを手にしてナプキンを首で結んで、席について待っている。
「前から思ってたんだけど」
「はい」
「アメリカもそうだけど、この世界も台所は広いよな」
「司令のいた世界では台所は狭かったのですか?」
「狭いよ。ちょー狭いよ。食器洗い機なんて置いたら、もうカップラーメンもつくれないほど狭いよ」
「司令は料理をしている最中に、この世界に転移したとききました」
「そうだよ。こんなふうにスパゲッティつくってるときに。着いた先はあいつらのギルドで、しかもあいつら、すっかり飢えてて、おれの頭にかじりつくほどだった。スパゲッティつくってやらなかったら、たぶんおれ、食われてたよ――さあ、できた。大盛りスパゲッティ・ミートソース。存分に食べてくれ、って、そのお皿、なに?」
フレイはもう一枚の皿をリソースからつくりだして、テーブルの向かいに置いた。
「司令も一緒に食べましょう」
「でも、大盛りスパゲッティ、半分こになっちゃうよ」
「司令と一緒に食べることを前提に大盛りを頼みました」
ああ、ええ子や。この子、ええ子じゃ。
「じゃあ、お言葉に甘えて――いただきまーす!」
アーカイヴに保存したいというので、食べながら、おれがここに来る前の世界について、いろいろ話をした。
他愛のない話だよ、ホント。
たとえば、スパゲッティをどうしてもスぺゲッティと言ってしまう高原という女子の話とか、浅村と前田と毛瀬田という救いがたいロリコンどもの話とか、晴幸叔父さんの自慢にもシャレにもならないアルコール武勇伝とか。
「それに比べるとフレイはもう神々しいです! スロットマシン帝国の影の立役者です! 今度、ごちそうつくる機会があったら、フルコースつくるから!」
「また食事をつくってくれる際も、同じように大盛りのスパゲッティを要求します」
「えー、どして?」
「アーカイヴによると、フルコースは前菜、一皿目の料理、二皿目の料理、サラダ、デザート、コーヒーに分かれて、順に一つずつ料理が出されます」
「そだね」
「すると、司令はずっと厨房にかかりきりになります」
「うん、そーだ。それがフルコースってもんよ」
「だから、わたしはフルコースを所望しません」
「なんで?」
フレイは耳まで真っ赤にしてスパゲッティの絡んだフォークをくるくるまわしながら、ぽそっと言った。
「司令がつくってくれた美味しいものを――司令と一緒に食べたいからです」
ぐふっ!
ク、クーデレだ。クーデレのデレが来た!
え? クールでデレるのはジルヴァがいるだろって?
わかってない。クーデレにも個性ちゅうかジャンルっちゅうか、個体差っちゅうか、とにかく違う。
ジルヴァは無口系クーデレであり、フレイは軍人系クーデレだ。
データを集めて、この世界に関する完璧なアーカイヴをつくるという目的を淡々とした軍人っぽい言葉づかいでやってのけていた女の子がですよ、おいらのつくってくれたメシを一緒に食いたいとおっしゃっておられる。
ひえーっ。
な、なんか恥ずかしくなってきた。セーター着たみたいに肌がちくちくしてきた。
はーずかしーっ!
「そ、そういえば、司令」
と、フレイ。
どうも自分でも恥ずかしいので話題の転換を図るようだ。
ありがたいような残念なような。
「司令以外に転移者を見つけたことはありますか?」
「ある。少なくとも三人はいる」
一人はアルバート・フィッシュ。殺した子どもを食べた変態殺人鬼だが、自分の名前を忘れていて、結局、セント・アルバート監獄で死んだ。
二人目はジャック。推測だけど、十九世紀のロンドンを騒がせた切り裂きジャックじゃないかと思われる。でも、その記憶はないようだ。
三人目はマリス・アレンカ・ツィーヌ・ジルヴァの前のマスター。
正体は分からないし、生きてるのか死んでるのかも分からない。
ただ、そいつ、ギルドの名前を『コーサ・ノストラ』とつけていた。
イタリア系マフィアの正式名称だ。
つまり、マフィアの関係者。誰なんだろ。
「異世界との交渉については、この世界でも魔法として探究が続いているようですが」
「ふんふん」
「自在に世界同士を結合させたり接触させることができる魔法使いはまだ出ていないようです」
「方法自体はあるんだ」
「はい。ただし、詠唱された魔法が詠唱者の死後も残留し、未確定要素が始動キーとして働いて、人間の異世界転移が行われることがある」
「なんか、詳しいね」
「わたしの所属していた文明では異なる世界軸に関する研究が行われていました。それは特別機密に属することで、わたしのアーカイヴのなかでもいまだブロックがかかっています」
「ひょっとしたら、そのなかに元の世界に戻る方法があったりして」
「ある、かもしれません。あの、司令」
「ん?」
「もし、戻る方法があったら――」
「戻らないよ」
「え?」
「だって、こんなに好き勝手にラケッティアリングやれて、おまけに女の子とわちゃわちゃできるんだから、絶対帰らない」
「――ふふ」
「そんなふうに笑うの珍しいね」
「なんだか安心しました」
「よく言われる。おれと一緒にいると安心できるって。たぶん、おれというチャランポランな人間を見て、こんなやつもいるんだから自分はもっと上等な人間だ、って安心できるんだと思う」
「そうではないです。そうではなく……とにかく、安心しました。司令、そろそろ補給任務に戻りましょう」
「もうちょっと、うだうだしてたいけど」
「司令、戦時中です」
「へーい」




