第四十七話 ラケッティア、勢揃い。
「つまり、全ての芸人、行商人、河原者を総合する座をつくる。これまで、あんたたちのあいだでは田楽師は田楽師、役者は役者、干し魚売りは干し魚売りで個別に座をつくっていたが、おれの計算じゃ、座は同業者を守って得をさせるかわりに他の座と抗争を起こして無駄なカネを使ってる。このサカイのある大通りにはおよそ二百人の芸人や行商人に平均で一日に五十文儲けさせられるほどの力を持っているが、座同士の争いのせいで、たったの二十七人しか営業ができていない。しかも、その二十七人の平均の儲けは三十文だ。他の芸人商人を追っ払っても、その分の儲けが自分に流れ込むどころか逆に減少すらしている。理由はたった二十七人が店屋を持つ商人や芝居小屋に負けてしまうからだ。大切なのはあんたたちみたいな店を持たない連中が通りを埋め尽くし、まず道行く客の目にどかんと飛び込むことなんだけど、それも座同士の争いでパアになってる。ここで座というものの本来の意味に立ち返る。つまり、座とは儲けるための集まりだと」
こうして説明するのはもう十三回目だ。
ばーでん・ばーでんの宴会座敷に集まったのはそうそうたる顔ぶれ。
役者、傀儡師、馬借、田楽法師、手品師、樒売り、まんじゅう売り、油売りのそれぞれの座の顔役たちだ。
顔役同士はお互いを知っている。
なにせ目下抗争中だ。
そこらの道はおれたちが知らないだけで、こうした非定住型の人々によって、縄張りが決められている。
それはいいが、ほとんどの座は縄張りを守らず、むしろ積極的に相手の縄張りを喰ってやろうと争いを続けている。
そこでおれは禁酒法時代にジョニー・トリオがシカゴじゅうのギャング相手にやった手法を真似て、抗争がいかに不経済であるかを具体的な数字を出して教え、座同士が争うことのないもっとビジネスライクでが総合的な座をつくろうというわけだ。
もちろん、彼らから見ると、おれはガキンチョでそんなやつの言うことに耳を傾けるやつなんていないところだが、こっちもそれを考えて、龍神神社の復興のための勧進芝居をコンプク座にやってもらい、おれ自身は龍神神社の復興のために末広がりの金八十八枚を出した。
ばーでん・ばーでんの成功と龍神神社への寄進である程度顔を固めてから、話し合いを持ちかけると、少しはこっちの言うことにも耳を傾ける気になったのか、とりあえず話だけはききにきた。
しかし、どうしておれが金八十八枚なんて大金を払えたのか不思議に思うよい子のみんなもいるだろう。
それを可能にしたのは『す』で始まるラケッティアリングです。
……ハイ、時間切れ。正解は『すろっとましん』でーす!
そうなんですよ、フレイと再会できたおかげで純和風スロットマシンがつくれたんです。
いやあ、嬉しいねえ。いいよねえ、スロットマシン。
本体は桐でできていて、釘を使わない組み木造りのこしらえ。
朱を塗って、その上に漆を塗って、深みのある赤に仕上がっている。
スロットの絵柄は花札のものを使用した。
基本的に穴あき銭を使うのだが、銀一枚を賭けられる高級志向の二号機も製造予定だ。
スロットマシンは巷では『すろとまし』というなんかとろろをつかったお椀物みたいな名称で呼ばれていて、まだ、ばーでん・ばーでんにしか置いていないが、いずれはアズマ全土にこの〈すろとまし〉を置いていくつもりだ。
そこに今度の座が絡んでくる。
つまり、ここに集めた座の代表はアズマじゅうあちこちを旅で歩いてまわっている。
で、その座のメンバーにだ、すろとましの布教をしてもらう。
店なり家なりに、すろとまし二台置けたら銀一枚払うという約束で。
だから、スロットマシンで世界制覇の夢を実現する上で座を統合することが欠かせないのだ。
座がバラバラのまま、すろとまし布教レースを始めれば、お互いに邪魔し合って全然布教が進まないのは目に見えている。
だから、神社に出した金八十八枚は決してムダ金ではない。
コミュニティのウケを良くして、座の顔役たちにこっちがマジであることを示し、そして、たぶん本当にいるであろう龍神さまにすろとましに好印象を持ってもらう。
それだけできて、金八十八枚なら安いもんよ。
……まあ、それに親分が体張って守った逆鱗だ。
そいつを祀るお社を建てるのは食客のご恩返しってもんだ。
すっ、と襖が開いた。
まず、フレイの頭にくっついてるレーダーみたいなのがひょこっと出てきて、ぴこぴこと探るような音を出し、それから顔だけひょこっと出して、
「司令。訪問者です」
「ほーい。じゃ、ちょっと外しますよ」
フレイも嘘がうまくなったもんだ。
静かな顔で訪問者って言うから、てっきり〈青手帳〉の誰かだと思ってたら――、
「みろよ、トキマル。でかい屋敷だな」
「どーでも」
ジルヴァはなにも言わずにつかつか近づくと、袖の裾をぎゅっとつかんだ。
もうはぐれたりしないという彼女なりの意思表示。
ぎゃんかわである。
――†――†――†――
「わーはっは、ものども! 今日は飲めや歌えやの無礼講じゃあ!」
飯も酒もたんまり用意し、こっちの身内を全員、大広間に集めての大宴会。
物事うまくいくときはとんとん拍子にうまくいくものである。
ジルヴァとフレイ、トキマルとその妹ちゃんと再会したかと思えば、なんか探さなきゃいけない忍者七人のうち六人がこの場にそろった。
まだ具体的な戦略は決まっていないが、こいつらが揃えば、怖いものなしな気がしてくる。
まあ、実際は気がするだけで、大名相手にまともに当たればこっちは粉砕ものだけど、そこをカバーするためにアズマのカエルを褒めちぎる手紙を出した。
おまけに総合的な座をつくるって話もまとまった。
名前は惣座となり、これがまとまれば、強力なネットワークがすろとまし普及に一役買うだろう。
ところで、さっきから不思議に思っていたのだが、
「忍者七人衆を集めろって話だけど、ここにいないのが馬鹿には見えないじいさんだとして、七人目は誰だ?」
すると、ジンパチが、
「何言ってんだい、旦那。旦那もよく知ってるじゃないか」
「おれがよく知ってる忍者っていうと、つまりトキマル?」
「トキ兄ぃは若手じゃあ里でも一、二を争う忍びだったんだぜ」
「へええ、トキマルがねえ。そういや、トキマルの通り名ってなんなんだ? ほら、お前は百変化のジンパチってのがあるじゃないか」
「ああ、それか。トキ兄ぃの通り名は――むぐっ! ……ぐぅ」
ジンパチがトキマルに後ろから口を塞がれた後、ぐったりとしてしまった。
「大丈夫か、ジンパチ? 酔っぱらったんなら、横になって寝てたほうがいいぞ」
「なあ、トキマル。おれ、お前がジンパチのみぞおちに一発お見舞いするのが見えた気がするんだけど」
「気のせいだよ、頭領」
すると、今度はクラナが、
「なになに、トキマルの通り名? わたし、知ってる! 教えてあげるよ、あのねえ――ぐぅ」
クラナは左手に炊き込みご飯の椀、右手に箸を持ったまま、眠りに落ちた。
それを見て、トキマルが、
「しょうがないやつだな。箸を持ったまま寝てるとか、食い意地の張り過ぎ」
「いや、お前、いま、吹き矢打ったでしょ? 間違いなく打ったでしょ?」
「打ってないよ。それにおれの通り名なんて、どーでも」
「いや、わたしはどうでもよくないぞ!」
と、よく通る男前な声の主は妹ちゃんのシズクである。
トキマルと無事再会できてうれしかったのだろう、明らかに酔っぱらっている。
「シ、シズク」
さすがに実の妹を意識不明に落とすのはためらわれたらしい。
「わたしは兄者の通り名はどうでもよくないぞ。よくなーい! きいておどろくべからず、兄者の通り名は忍び姫のトキマル! どうだ、すごいだろう!」
姫?とおれ。マジ?とクリストフ。
そして、ジルヴァが「ぷっ」と吹いた。
【トキマル】「その目、むかつくんですけど」
【おれ】「むかつくってどの目のこと?」
【トキマル】「それだよ。そのかわいそうなものを見るような目」
【おれ】「クリストフ。おれの目、かわいそうなものを見るような目になってる?」
【クリストフ】「ぜんぜん」
【トキマル】「うざいんですけど」
【おれ】「なあ、トキマル。こいつは全然恥ずかしくもなんともない話だ」
【クリストフ】「そうだぞ。お前が女顔だからって、おれたちはお前を差別したりしない」
【おれ】「おれたちは仲間じゃあないか、トキマルくん。で、通り名の由来は?」
【トキマル】「絶対、言わない」
【おれ】「まあ、そういうと思った。すいません、妹ちゃん、お願いします」
【シズク】「うむ! 兄者はその昔、さる敵の城に忍び込む際、やんごとなき姫に変装して、密書を盗み出すことに成功したのだが、そのときの兄者は烏の濡れ羽根色の垂髪に白絹の打掛をまとい、それはそれは美しい五国一の美少女となり、城じゅうの侍どもが兄者をめとろうとして内乱が起き、そのまま城一つを滅ぼしてしまったという伝説的な忍び働きによって賜ったのだ!」
【ジルヴァ】「ぷっ」
【おれ】「ぎゃーはっはっはっは!」
【クリストフ】「だーはっはっは! ひー、腹いてえ!」
トキマル、黙って立ち上がり、速やかに退場。
【おれ】「おーい、トキマル! 悪かったって! ちょっとからかっただけだろ!」
【クリストフ】「あー、笑った、笑った。……あれ?」
【おれ】「どした?」
【クリストフ】「とことこミツルちゃん人形・唐辛子ガス入りが一個足りない」
【おれ】「それって、おれの膳のすぐそばを歩いてる、おれをデフォルメした人形のこと?」
【クリストフ】「そう、それそれ……って、げえ、動いてやがる!」
【おれ】「へっ?」
ぼふっ! トキマルの怨念炸裂。
おれの二頭身人形が破裂して、ハチ公よりも涙がちょちょぎれるガスがおれとクリストフを包み込んだ。




