第四十六話 アサシン、ふかふか大作戦ふぉーえばー。
トコヨジは常世路と書く。それはカミジノ――つまり、神路野と対になったネーミングなのだ。
だから、トコヨジは常世でありながら、神路のなかにある。
つまり、カミジノ山のご利益はトコヨジの町にもやってくる。
ジルヴァたちが戻ってみると、トコヨジのあちこちに足湯ができていた。
それぞれの家や宿に湯が湧いて、町人は健康この上なし。
次の旅をする前に布団で寝たいということでジルヴァたちはトコヨジに泊まることになったのだが、ジルヴァはさっぱり満たされない心を抱えて、夕闇の町をふらふら歩いた。
温泉の力で山神は立派に成長して、ふかふかな尻尾はなくなってしまった。
もう二度とふかふかに抱きつくことができないのだ。
今更悔やんでも仕方ないが、ムーンサルトでも股くぐりでもなんでもして、とっととふかふか尻尾に抱きつけばよかった。
変に空気を読んだりしたのが敗因なのだ。
ぷんすかしながら、ブーツと靴下を脱いで、夜店で買った味噌田楽を食べながら座布団に座り、足湯につかる。
すると、だんだんうとうとしてきて――。
――†――†――†――
ん、と気がつくと、隣に小さい山神さまが、ちまーんと座っている。
「撫でてよち。さわってよちじゃ」
「どうして?」
「そなたがわちの尻尾に触りたがっているのはお見通しなのじゃ。わちは神さまじゃからの。今なら誰も見ておらんぞ。さあ、存分に撫でてよちじゃ」
確かに夕闇の町には誰もいない。
そして、ジルヴァの目の前にたっぷりふかふかした尻尾がある。
ジルヴァはまず控えめに、次にちょっと大胆に、そして大胆に、ついには体全体でふかふか尻尾を抱きしめた。
――†――†――†――
目が覚めても、置いてきぼりにされた気分にはならなかった。
手と顔には埋めたふかふかの感触がしっかり残っていたし、それに相手は山神である。
人間の夢に干渉する方法の一つや二つ持っていてもおかしくない。
ジルヴァだって、暗示に関する影魔法のなかには悪夢を見せて現実と夢の境目を分からなくする暗殺術があるくらいだ。
しかし、よいふかふかだった。
もふもふとはまた違う感じが良い。
わざわざジルヴァの夢のなかに出てきて、きちんとご利益を用意するとは律儀な神さまではないか。
今後、無神論者に出会うことがあったら、このことを思い出し、かわいそうなものを見るような目をしてやろう。
――まあ、無表情だから相手は気づかないだろうが。
と、そのとき、トコヨジの道を相手に気づかれることに食い扶持をかけている連中が現れた。
奇抜な格好をし太鼓や笛を鳴らしまくって、人々の注目を集めて、それから新しい商品なり遊び場なりを宣伝する連中はカラヴァルヴァにもいた。
ただ、文化が違うせいか、アズマのほうが奇抜に見える。
顔を真っ白に塗って赤い付け髭をした侍風の芸人が大音声でこう叫んだ。
「日々の暮らしに飽きたもの! ばーでん・ばーでんに来られよ! 冒険と一攫千金がそこで待つ! 来栖ミツルのばーでん・ばーでんは毎日開場じゃあ!」




