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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
アズマ ラケッティア天下統一編
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第三十七話 ラケッティア、二通の手紙。

「つまり、こういうことです。くるすの親分。三か月前、うちは火事に見舞われて、舞台道具から楽器から焼けてしまい、それを買いなおすためにショウゲン寺のゲンザン和尚から金十枚を借りました。三か月後に利子を合わせて金十五枚で返すという条件で。ところが、こちらは金子きんすができたのにゲンザン和尚がそれを受取ろうとしないんです。ゲンザン和尚はわざと金を受け取らず、こっちが借金を返さなかったと言って、わしの一座を召し上げるつもりなんです。そうなると、最初の火事だって怪しい。でも、どうしようもないんです。それにこっちはなんとかまた一座を立て直したのに、それをみすみすあのなまぐさ坊主に取られるのが悔しくて。それでくるすの親分からゲンザン和尚にわしのカネを受け取るように口をきいてほしいんです」


「ゲンザン和尚にカネを受け取れというだけでいいの?」


「へい。カネはできてるので」


「わかった。ゲンザン和尚のことはこっちに任せてくれていい」


「本当ですか、くるすの親分?」


「返すのも元金の金十枚で話をつけよう」


「そんなことができるんで?」


「まあ、なんとかなる」


 コンプク座の座長は真っ白な茶筅髷の頭を何度も下げて、礼を言いながら帰っていった。


 おれは頭を掻きながら、ジンパチを呼ぶ。


「旦那、呼んだかい?」


「ちょっとお使いを頼みたいんだけど」


「なんでも言ってくれよ」


「ショウゲン寺のゲンザン和尚を連れてきてくれ」


「それだけかい?」


「うん。来るのを渋るようなら関節極めていいぞ」


「よっしゃ。承知した」


 ジンパチが出ていくと、食べかけのまんじゅうをムシャムシャやりながら、書卓に向かって習字の練習をする。


 なにせ、アズマは筆社会である。

 ようやく慣れた羽根ペンから、今度は筆に慣れなきゃいけないけど、書初めに『無罪』とか『不当判決』とか書いてたおれだもの、正直、習字は苦手だ。


 とくに分からないのは右から左へと書いていくやり方。


 前から思っていたのだが、左から右なら手を紙の上に置いて楽に書ける。


 右から左では文章が手に触れ、墨で汚れて、手紙はめちゃくちゃになる。

 だから、手を浮かせて筆を使うのだが、これがおれは苦手だ。


 手が生まれたての子馬みたいにぷるぷる震えて、読みにくいこと鬼のごとし。

 まあ、練習あるのみだ。


 しかし、ゲンザン和尚め。

 あいつ、〈ばーでん・ばーでん〉でだいぶスって、金三十枚分の借りへこみがある。


 それで借金を受け取らないとは笑わせる。


 まあ、ゲンザン和尚が考えてることは分かる。


 コンプク座は最近人気の芸人一座だ。

 それを借金にかこつけて乗っ取って、ショウゲン寺専属の芸人にして、濡れ手に粟の大儲けを考えてるんだろう。


 馬鹿野郎め。

 そういう小細工は人さまから借りたカネ全部清算してからにしろ。


 おーい、と、オリュウの声。


「なんだぁ?」


「親分に客だよ。知り合いだってさ」


「ひょっとして、ジルヴァたちかな?」


「たぶん違うと思うぜ。ずいぶん歳のいった異人だから」


「歳のいった異人?」


「髪の毛が真っ白」


「そいつ、ひょっとして青っぽい服着てない?」


「おっ、その通り。通して大丈夫かい?」


「うん。ただ、そいつと話すあいだ、ちょっと付き合ってほしい」


「合点だ」


 オリュウに連れてこられたのはアルストレム・ヴィーリだった。


 ロンドネ王国の諜報機関〈青手帳クァデルノ・アズル〉の諜報員。

 相変わらずふけた顔してる。

 これでもたぶんオリュウと同い年くらいだが、二人並んでると親子に見えてくる。


「ちわっす。妙なところで会いますねえ」


「ああ。まったくだ」


「今日は女の人は連れてないの? エレアザーレだっけ?」


「今日は別のやつが一緒だ」


 別のやつ、が姿を見せる。


 上半身がぴったりとした青のローブに弓を手にした儚げな風情の中性的な美青年。

 なんていうか、じっと見てたら、だんだん透明になって、いつの間にか消えててもおかしくない感じだ。


「紹介しよう。こちら、リュイス・エスパルト。うちの弓術士だ。リュイス、こちらがかの名高き来栖ミツルだ」


「前にアルストレムが言ってたまずい氷をつくるってのはあんたのこと?」


 リュイスはちょっと困ったような顔をしてから、


「さあ? 自分では舐めたことがないので」


 袖の上からでもわかる細い腕でこれで弓が引けるのかと心配になる。

 たぶん弓術士のなかでも魔法にバイアスがかかった弓術士なんだろうな。


「リュイス。来栖ミツルのバーテンダーがつくる氷はぜひとも味見してみるべきだ。うまいから」


「でも、アルストレム。ぼくの使命は製氷屋じゃありませんから」


 あ、これ、暗殺者だ。

 目がいまそういう、不満っぽい目をしてる。

 マフィアは殺しをカネで請け負わないと宣言したとき、アサシン娘たちの目のなかに現れたのと同じものが、この優男の目のなかにばっちり出てきてる。


 まあ、諜報機関だもんな。

 誰か消したいと思ったら、ほいっと消せるくらいじゃないと体裁が整わない。


「まあ、座ってよ。といっても、椅子がないからあぐらになるけど」


 アルストレムは実に慣れた感じであぐらをかいたが、リュイスのほうは少しまごまごした。

 しばらく、足の位置と膝の曲げ方をしばらく試した挙句、結局、足を崩した色っぽく見える正座に落ち着いた。


「それにしても驚いた」


 と、アルストレム。


「あんたは行くとこ行くとこでこうしたもんをつくらないと死んじまう病気なのかい?」


「つかめるチャンスはつかめるだけつかんでるだけっす。で、ここにはなにをしに? カジノに遊びに来たようには見えないし、また仮定の話をするため?」


「アズマの動乱が少々ロンドネの国益にとって、あまりよろしくない状態なんだ」


「貿易と国防。どっちの問題?」


「どっちもだな」


「まさか、ガルムディアが絡んでるとか?」


「いや。まだ絡んではいない。とはいえ、それも時間の問題だろう。いつも後手後手にまわってるんじゃ芸がないから、今回はこちらから動くことにした」


「そっちの目的は?」


「アズマが一つの大名家によって統治されないことだ」


「そうなると、サイドウ・アリナガが問題か」


「あんたはサイドウと張り合うためにここに来た」


「正確にはファミリーの身内が関わってる。でも、まあ、そういう前提で話をしてもらって構わない」


「問題がデリケートだから、アズマの戦乱にロンドネが積極的に関わることはできない。おまけに辺境伯がまた怪しげな動きをし始めた」


「宮仕えは大変だ」


「まったくだ。あんたみたいに自由な立場では動けない」


「言っとくけど、おれもおれにいろいろルールは課してるんだよ?」


「そのなかにスパイと口をきくな、ってのはあるか?」


「あったら、ここにあんたらを通してないよ」


「だろうな」


「じゃあ、まとめると、ロンドネは兵を出せない。でも、アズマには五つに分裂したままであってほしい。ガルムディアが絡む前に問題は片づけたい。こうなると、おれに要求されるのはおれなりのルールでサイドウをなんとかしろって話が来るのは赤ちゃんでもわかる話だ」


「まあ、そういうことだ。事実、あんたはいまこうして勢力を結集しようとしている」


「まだ、はぐれた連中とすら再開できてないけどね。つーか、おれ、あんたたちに貸しがあるの忘れないでくれよな」


「まあ、また貸しをつくることになるが」


「ちゃんと返してくれよな」


「面目ないな」


「とりあえず、現時点でロンドネ王国はなにができる?」


「なにも」


「そりゃないよ」


「おれとリュイスは動けるが、そのくらいだ」


「うーん。……手紙出せる?」


「手紙?」


「うん。大至急届けたいのが二通ある」


「はぐれた仲間を探すのか?」


「それじゃない。あいつらはたぶんこのカジノ目がけて動いてるはずだ。おれが欲しいのは別のもの。ちょっと待っててくれ。すぐ書くから――あ、羽根ペン持ってる?」


 持ってなかった。

 仕方がない。おれは大急ぎで字の汚い文を二通したためた。


「こっちの手紙をディルランド王国、こっちは海竜騎士団領のカレイラトス島。快速船でもなんでも使って、できるだけはやく届けてくれ。少なくともこっちで戦争が始まる前に」


「それだけでいいのか?」


「そっちのリュイスを貸してほしい。生贄にする」


「生贄?」


「そんな驚かなくても大丈夫。別に心臓抉り出して神さまに捧げるわけじゃない。三十人の少女銃士隊の目の保養になってもらう。ああ、あとカエルだ」


「カエル?」


「できるだけいい声で鳴くカエル。カエルが今度の作戦の成否のカギを握っているんだ。さあ、いった、いった。大急ぎで頼むぜ」


青手帳クァデルノ・アズル〉の二人をさっさと追い返す。


 なんてこった。

 内政干渉したいけどできない国のためにマフィアが代理戦争をやるなんて。


 FBIとすらベタベタだったコーサ・ノストラ1940年代の栄光の時代みたいじゃないか。


 と、いろいろ考えていると、ジンパチがゲンザン和尚を連れて帰ってきた。


「どうも、和尚さん。今日は双方に得になる話があるんですよ」


 ゲンザンってのはよく肥えた体をしてるのに、顔がすさまじい面長でモディリアーニの絵みたいな姿かたちをしている。

 呑む、打つ、買うの三拍子そろった不良坊主なのだが、自分みたいな宗教家は借金踏み倒しても構わないと思ってる節すらある。


「なんでしょうかな、くるすの親分」


「あんた、かるたの負けがずいぶん込んでるじゃないか」


「運がないだけです」


「ざっくばらんに話そう。説教も脅かしもなし。コンプク座から金十枚を受け取り、その金十枚をおれに払えば、それで借金はチャラだ」


「しかし、くるすの親分。コンプク座に貸したカネは利子付きで金十五枚。それを金十枚にまけろというのはいくら親分でも――」


「あんたはおれに対して金三十枚の借金があるし、信心深いとこ見せて、特別に利子もつけてない。それを金十枚にまけるって言ってるんだ。めちゃお得な話だろうが」


「くるすの親分。現世の利益ばかりに目を向けてはいけません。こうしましょう。あなたはわたしの借金をなしにする。そして、コンプク座も金十枚をわたしに払わない」


「それでおれにどんな利益があるの?」


「龍神のご利益が得られます」


「あのね、和尚さま。あんたがコンプク座をガメようとしてるのは知ってる。でも、最低限のスジを通さないとあとが怖いよ」


「僧侶を脅すのですか? バチが当たりますぞ!」


「ジンパチ。やっちまえ」


 ゲンザン和尚は右腕を極められてギブした。

 コンプク座から金十枚を受け取り、それをおれに支払う。


「よし。これにて一件落着――んっ? どうした、和尚さま?」


「こ、腰が抜けた」


「ジンパチ、駕籠を呼んでやれ。――ああ、ご心配なく。駕籠代はお布施ってことにしておきますから」


 和尚がしゃくとり虫みたいに部屋を出ていくと、凝った首筋を自分で揉む。


 町の顔役も楽じゃねえ。

 どいつもこいつも次から次へとトラブルを持ち込んでくる。


「旦那、お客人だぜ」


「はぁ~。いやだなあ。疲れたなあ。……ジンパチ、おれはストライキ中ってことにしてくれ」


「すとらいき、ってのはなんだい?」


「自分の上司に、給料上げるか休日増やさねえとこれ以上働かないぞって脅しをかけることだ」


「そいつぁ変だ。この〈ばあでん・ばあでん〉で一番偉いのは旦那なんだから、旦那に、そのすとらいき、ってやつができるわけはねえ」


「お前、理詰めで攻めてきたな。まあ、とにかくおれは疲れた。おれには魂の休息が必要だ」


「でも、旦那」


「デモもストライキもなし――って、それじゃダメじゃん。ストしたいのに」


「その客人、へんてこな異人っぽいぜ。旦那のこと、〈しれい〉って呼んでる。しれい、ってのはなんだい? すとらいきの親戚か何かか?」

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