第三十三話 古代人、人斬り行脚。
背の高い男だった。
鼻筋の通ったすっきりした顔立ちだが、目を細めて流すと、妖しげな風情が現れる。
着物は黒の着流しで、伊達に右の片肌を脱いでいたが、黒の長手甲と首まである肌着にぴたりと隠れている。
「妖美だよねえ」
目は遊女歌舞伎の舞妓のほうへ戻っている。
「茶屋遊び、なんて呼び方があるそうだけど、僕は歌舞伎のほうがずっと好きだね。茶屋遊びなんて言葉じゃ、あの足の妖美さを表せてない」
「……アーカイブ参照。人斬りサイゾウ。もしくは女殺しのサイゾウと判別」
「それは僕のあだ名だね――きみも斬られてみるかい?」
黒手袋に包まれた左手の親指を黒金の鍔に軽く押しつけ、ふふ、と笑う。
「当該提案は最重要任務の遂行に抵触。よって、提案は拒否します。それに――言動、表情、特に女性を見るときの瞳孔の反応から、あなたが女性を殺害したことがある可能性は0.0024%と非常に低いです」
「本当にそうかな? 巷では僕がマツノセのオモトを斬ったってことらしい。やろうと思えば、ここできみを斬って捨てるのを誰にも見られずにやることもできる」
殺気がぞわりと湧く。鯉口はすでに切られている。
まわりは遊女歌舞伎の見物人であふれているが、サイゾウは本当に誰にも気づかれずにフレイを巻き藁みたいに斬って捨てることができる。
だが――、
「わたしは自分の情報とそれに基づく推測に自信があります。あなたは女性を殺害しません」
冷厳な視線がしばらくフレイの視線とぶつかっていたが、そのうち、サイゾウはふわりと笑って、左手の親指を鍔から外した。
「オモトさんが斬られて以来、僕の無実を信じたのはきみだけだよ。うん。きみなら僕の頼みをきいてくれそうだ」
「わたしのアーカイブでお役に立てるなら」
「実は僕、これから長い旅に出るんだけど、ここに住んでる古い友だちに挨拶がしたいんだ。知り合いは四人いて、できれば全員に今晩じゅうに挨拶がしたい」
「当該提案にわたしのアーカイブが必要とは思えませんが」
「きみには立ち会ってほしいんだ。僕が友だちと会っている場面に」
「つまり、あなたの交流ログを保存せよ、ということですね」
「こーりゅーろぐ、がなんだか分からないけど、とにかく、きみはそこにいてくれればいいんだ。もちろん、お礼はするよ」
「金銭でしたら、受けつけかねます」
「いやいや。もっといいものだよ。〈ばあでん・ばあでん〉がどこにあるのか教えてあげよう」
「非論理的です。わたしはあなたに〈ばあでん・ばあでん〉を探していることを一度も話していません」
「遊女屋のやり手ばあさんを片っ端から当たってれば、すぐ噂にもなるさ。で、お礼としてはそんなところでいいかな?」
「わかりました。当該提案を了承します。同時にサブクエスト:『旧友に挨拶』を開始します」
「じゃあ、行こうか。一人目は幸い近所にいる」
――†――†――†――
フレイのデータ・アーカイブは友だちの再定義を要求された。
というのも、サイゾウはマツノセに入るなり、太刀を抜いて、彼の友だちだという副番頭を袈裟がけにばっさり斬った。
副番頭はあっけにとられた顔をしたまま死んでしまい、サイゾウはと言うと、懐紙でさっさと刀の血をぬぐい、
「さあ、次に行こう」
と、フレイを促す。
ぎゃー! 人が死んでる! という悲鳴を背にマツノセを後にした。
「あの副番頭は友人だったんですか?」
「そうだけど」
「非論理的です。どうして友人を斬殺するのですか?」
「人斬り流の友情表現さ」
「今の発言は虚偽である可能性が高いです」
「分かった。確かにあいつとはそれほど友だちじゃなかった。それは認める。でも、次のやつは本当に友だちなんだ」
「本当ですか?」
「本当だよ。だから、そんなジトッとした目で見ないで」
――†――†――†――
「なんだ、サイゾウ! ジゴクラクに来てたんなら、もっとはやく寄ってくれてよかったものを」
顔料と油の匂いがする部屋で、髪を短く刈った絵師がサイゾウと肩を叩き、色恋の話やら春画商売のことやら親しげに話す。
「そっちの女の子は?」
「僕の無実を信じてくれる貴重なお人だ」
「廓じゃ、あんたがオモトを斬ったって評判だぜ」
「僕が斬ったんじゃないんだけどなあ」
「なに、違ったとしても、それがなんだ。オモトを斬ったって箔がつけば、そこらの遊女屋はタダであんたをもてなすにちげえねえや」
「それもそうか」
「あっはっはっは」
「お、あれは新作かい?」
絵師の部屋に吊るされた一枚の絵を指差す。タコと海女の絵だ。
「ああ、あれは自信作だ。見るかい?」
と、膝を立てて、後ろを向き、立ち上がろうとした瞬間、絵師の首がころりと落ちて、噴き上がった血が吊るされた絵を次々とダメにした。
「これ以上、殺人の事後共犯にされることは最重要任務遂行に抵触する可能性があります」
絵師の長屋から出て、仕出し料理屋の並ぶ小道を歩きながら、フレイが不平を述べた。
実際、ちょっとぷりぷりしていた。
「きいてもいいかな。最重要任務って?」
「司令との合流です。司令が〈ばあでん・ばあでん〉にいる可能性は99.63%。だから、わたしは〈ばあでんばあでん〉に可及的速やかに向かわなければならないのです」
「大事な人なのかい? その〈しれい〉って人は――」
「それは――」
そんなにはっきり感情をあらわにしていいものか少し戸惑ったが、結局、アサシン娘やトキマルなど顔見知りがいないのをいいことに、こくりとうなずいた。
「きみみたいにかわいい女の子に大切に思ってもらえるなんて、その〈しれい〉って人はとても運がいいね。〈ばあでん・ばあでん〉はサカイにある。ここから一日の距離だ」
「え?」
「大事な人が待っているんだろう? じゃあ、はやく行かないと。僕のほうは、もともと一人でも大丈夫だしね」
「でも――」
「さあ、はやく」
サカイ。そこにいけば、司令に会える。
はやく行くべきだろう。
だが、このまま来栖ミツルのもとに急ぐのがアンフェアな気がするのはなぜだろう。
サイゾウは広い肩を心なしか少し落とした様子でそのまま去ろうとしている。
確かに友人に会うと言って、代わりに暗殺二件に付き合わせたことはアンフェアだ。
ただ、フレイの考えを酌んで、〈ばあでん・ばあでん〉の場所を教えてくれたことは間違いなくフェアな行動だ。
そこから導き出される最適な言葉は――、
「あと一件くらいなら、立会いもできると思います」
サイゾウは立ち止り、切なげに笑って、
「無理しなくてもいいんだよ?」
「別に無理ではありません。その方は今度こそ友人ですか?」
「うん」
「では、立ち会います」
「でも、どうして?」
「公平性の問題です」
「公平、か。……わかった、礼を言うよ。今度こそ大切な友人なんだ。一目見たら、喜んで抱きつきに来るくらいの親友さ」
一目見たら逃げ出した。
なにが? 友人である。
三人目の友人――のはずである小太りの太鼓持ちはヨイショしていた客をそのまま残して、古い木を組んだ半地下の廊下へと逃げてしまった。
天井の低い部屋では犬神踊りの真っ最中で、犬になり切った男たちが噛みつき甲斐のある脛を探して、わんわん吠える。
「あいたぁ!」
太鼓持ちは噛まれたらしく、大声を上げた。
すると、影のなかからサイゾウがぬうっと現れて、侍烏帽子の上へ梨割りの一撃を見舞った。
跳ね上がった脳漿が天井にぶつかるころにはサイゾウの姿はきれいに消えていて、フレイのそばに戻っていた。
「サブクエスト:『旧友に挨拶』を強制終了し、感情コード:猜疑を発動します」
「いや、うん。本当に悪かったと思ってる」
「四人目の友人との再会には付き合いませんよ」
「うん。そこまでは僕も望まないよ。それにほら。彼女たち、きみの連れじゃないかな?」
甘味茶屋のあるほうから、すっかり満足しきったクラナと甘味の誘惑に勝てず後ろめたそうに顔を伏せるシズクがやってくるところだった。
二人はフレイを見つけると笑って、おーい、と手をふった。
だが、その後すぐ「げっ、面倒なもの見つけちまった」といった顔をした。
つまり、目をちょっと大きく開いて、口をへの字に曲げて、眉間には来たるべき面倒事を回避するにはどうしたらいいか考えるときに出る皺が寄っている。
「うえー。シズク、サイゾーがいるよ」
「二人は人斬りサイゾウと知り合いだったのですか?」
「知り合いもなにも、サイゾウはサイガ忍びの七人衆の一人だ」
フレイは振り向いて、
「七人衆だったのですか?」
「うん」
「なぜその事実を隠匿していたのか、納得のいく説明を求めます」
「きかれなかったから」
「事実を隠匿し続ける場合のアンフェアな状態について予測し分析してみなかったのですか?」
むむっ、とクラナがうなる。
「フレちゃん、その調子だと、サイゾウの人斬り行脚に付き合わされたね?」
「人斬り行脚? 詳しい説明を求めます!」
フレイがサイゾウに詰め寄ると、シズクが、
「わたしが説明しよう。サイゾウは人斬り忍びだ。人を斬るという斬術に特化した忍びであり、暗殺や強襲専門の忍びなのだ。ただ、サイゾウには困った癖があってな」
「暗殺任務に女の子を同伴させるんだよ。くノ一がいれば、くノ一が一緒に行くけど、そうじゃないときは昔の友人に会いに行くって騙して連れてくの」
「いや、これでもごくたまに僕の働きを見て、声援を送ってくれる女の子もいるんだよ」
「わたしは違います」
「わたしも違う」
「わたしも~」
「頭が固いねえ」
それで、と、シズク。
「今回は誰を斬ったんだ?」
「それを教える前にきみたちがこれまできいたことがない素晴らしい忠告をしよう。そこは砲弾が飛んでくるよ」




