第二十六話 古代人、ワビ・サビ考。
茶。茶。茶。
三ノ通りはひたすら茶である。
茶屋や茶道具商、異国の紅い茶を仕入れる珍しもの屋、茶のための名水を売る店、茶菓子をつくる店が道沿いにどこまでも居並んでいる。
一銭の茶。金一枚の茶。茶坊主の茶。趣味人の茶。武家の茶。庶民の茶。当てずっぽうな茶。念入りな茶。舌で感じる茶。喉で楽しむ茶。泡立つ茶。流れる茶。熱い茶。冷たい茶。
茶を淹れるときに使う道具となると、茶そのものよりも多様である。
まず茶碗、茶を淹れるための湯を沸かす茶釜、湯を取るのにつかう柄杓、茶碗を拭くための布、茶を保管しておくための大きな壷と小さな壷、その壷をつつむための絹 などなど。
フレイはせっせと茶に関するデータをアーカイブにアップしたのだが、そんなフレイがどうしても理解できない言葉があった。
『ワビ・サビ』である。
茶についてたずねると相手は決まって「茶とはワビ・サビである」ともったいぶって言う。
この二つの言葉、解釈は観察対象の脳細胞の数だけ存在し、秩序的な知識体系の確立を目指すフレイからすれば、ワビ・サビは質の悪いカオスだった。
なんとなく大勢の論をきくと、ワビ・サビとは『質素ななかに見出す美意識』と受け取れるのだが、茶を淹れるときに茶室という狭苦しい部屋に香りをつけるための香料を入れるためのちっぽけな陶器が金百枚で取引されていると知らされると、それはワビ・サビなのだろうかと悩む。
シズクは多少、茶を嗜むらしいのでたずねてみると、それは非常にワビ・サビなのだそうな。
「質素なことも大切だが、もっと大切なのは相手をもてなすということだ」
じゃあ、いっそ狭苦しい茶室に金箔でも貼ったらどうだとたずねると、それはワビ・サビではないとぴしゃり。
「それは非論理的です。茶室内の表面積はおよそ(2.6×2.6)×2+(1.8×2.6)×4=32.24平方メートルです。1立方センチメートルの純金19.3グラムを打ち延ばすことで得られる金箔は10平方メートルですから、茶室全体に金箔を貼りつけるために必要な金は62.2232グラムです。この国で通用している金貨は一枚15グラムであることを考えると、金の茶室に製造に必要な金貨は4.14枚。これは香料入れの購入費用のわずか4.14%です。よって、金の茶室をつくることは香料入れを買うよりも金貨マイナス95.86%分だけ質素ということになります。ですから、質素であることと相手をもてなすことの中間として、金の茶室は――」
「わかった。わたしが悪かった。そのへんで許してくれ」
結局、ワビ・サビについては分からずじまいだった。
さて、ワビ・サビについてはいったん置いておいて、クラナが落としたくの字の工具を探して、いろいろな店や人間を当たってみた。
いくつかの茶屋をまわっていき、碧い傘を差した一服茶屋が、そういえばそんなものを拾っている老人を見かけたと言うので、その老人はどこに住んでいるのかたずねると、一服茶屋の主は手を打って笑って、
「このカキツであの人を知らんもんはいない。なんと、あのマンノ・リキュウだよ」
「情報:人物データを取得。さらなる情報提供を要求します」
「知らないのか? 天下一の茶人のマンノ・リキュウを?」
と、驚いたのはシズクである。
「天下一とは雲より下に住む人類のなかで最も茶を淹れる技術が精巧であるということでしょうか? ――いえ、茶道は『ワビ・サビ』ですから、人類のなかで最もワビ・サビな人物ということでしょうか? ということは、非常に高価な香料入れを人類のなかで最も多く所有しているということでしょうか? ――考察対象が論理コードから大きく逸脱しつつあります。実際に会ってみるのがはやいようですね」
「あ、会う? あの、マンノ・リキュウに会うというのか?」
「はい」
「それはいくらなんでも無理だ、フレイ殿。相手は天下一の茶人。大名ですら会えないのだぞ?」
「では、忍び込み、工具を奪取するのが最も合理的手段と考えます」
「そんな恐れ多いことはできぬ」
「……とりあえず面会の予約だけでもしてみるのがよいかと思われます」
――†――†――†――
「だめだ、だめだ! 先生はお忙しい! お前らのような草民ずれが会えるようなお方ではないのだ!」
ぴしゃり。
門前払いである。
「しかし、大きな屋敷ですね。理解はできませんが、これもワビ・サビなのでしょう」
と、左右どこまでも築地塀が続くマンノ・リキュウ邸を見て、フレイは率直な感想を述べた。
「行政・司法・軍事における高級官僚や臣民の精神的支柱をなす聖職者の邸宅の13.4倍は広い邸宅です。このカキツでは政策執行能力や領民の精神掌握よりも、茶を淹れることが重要視されているようです」
「……フレイ殿。茶に何か恨みでもあるのか?」
「いえ、とくにマイナスの感情コードはありません」
「しかし、門前払いになると分かってはいたが、実際は会えるやもしれぬとわくわくした自分が恥ずかしい。それにこうも見事に門前払いをされると、忍びとしての偸盗の腕がむずむずしてくる」
「忍び込みますか?」
「いや、よしておこう。敬意というものがある」
「では、どうやってマンノ・リキュウから工具を取り返しましょう?」
「それは――うーむ、いかがしたものか」
「ワビ・サビな道具を持ち寄れば会えるのではないでしょうか?」
「それはそうだが、天下の茶人マンノ・リキュウを呻らせる茶道具となると、途方もなく高価だ。我らで購えるものではない」
「……視覚データを取得すれば、亜空間製造リソースで制作が可能かもしれません」
「なに? りそーす?」
「見せてもらえれば、わたしがつくれます」
「つ、つくる? 茶道具を?」
「はい」
「いったいいかような術を使うのか……忍びの幻術を使うのか?」
「いえ。亜空間接続ユニットからリソースへアクセスし、視覚データを入力後、制作モジュールを起動させます」
「分からぬ。まるでこちらが幻術にまかれたようだが――いまは、フレイ殿にお頼みするしかあるまい」
「では、サブクエスト:『ワビ・サビ製造』を発動させます」




