第十三話 ラケッティア、悪のノロシ。
あの殴り込みでは一人だけ額を切った。ほんの少しだけ。
いや、切れちゃったと言ったほうがいい。
こっちは刀の使い方なぞ分からず死にもの狂いで逃げまわっていたのだ。
で、額を切られたやくざがブチ切れて、おれは必死になって、
「悪い、悪かったって! だから、謝ってるだろ、って、わあ!」
めちゃくちゃに動きまわっていたら、うっかり井戸のそばでつまずいて、そのまま落ちた。
やつらがおれを斬ったと思ったのは、おれが落ちかけてるときにがっちり手ごたえのある一刀を見舞ったからだったようだ。
たしかに、左の下駄の歯が二つとも切り飛ばされていた。
ちなみにおれが額を切って、下駄の歯を斬られた相手は首だけになって転がっていて、本体、つーか、まあ胴体は大広間のメシを並べたテーブルの上でひっくり返っていた。
――†――†――†――
「だから、悪かったって! 謝ってるだろ!」
人で賑わう真昼の表町を三人で歩く。
おれの額には辛子入りの湿布が貼ってある。
どっかの誰かさん×2がおれのおでこに正拳突きを見舞ったからだ。
「耳から脳みそこぼれるほど痛かった」
「また、大袈裟な。こぼれてなんてねえよ、自慢の脳みそ」
「そうだよ、旦那。こぼれてねえよ」
と、二人はケラケラ笑う。
そりゃあ、あんなに見事に正拳突きをお見舞いしたんだ。
スカッとするだろうさ。
でも、まあ、いいか。
つい一時間前のことだ。
おれはベニゴマ一家で脱いだ草履を履き直した。
ただ、一つ問題、というか、うん、まあ問題があった。
オリュウの処遇だ。
オリュウは杯を割って、ベニゴマ一家と縁を切った。
その縁をまた戻すことがやくざの掟でできない。
それにオリュウは一個人として、オニグマに殴り込んだ。
それが、殴り込んだ後、ベニゴマ一家に戻ったんじゃ、やはりオニグマとの抗争の裏にベニゴマありと勘繰られて、大名の侵攻を食らうかもしれない。
だから、オリュウをベニゴマ一家に戻すことはしてはならないのだ。
「あの、親分さん。顔を上げてください」
親分は峠を越えたばかりの悪い熱にうなされ痛む体を起こして、おれに頭を下げていた。
「親分さん、体に響きます」
「オリュウにさせちまったこと、それにこれからお客人にお頼み申し上げることを考えれば、わたしの体など露ほどのもんではありません」
「でも――」
「お願いです。オリュウをお客人の子分ご一同さまの末席に加えてやってください」
「――いいんですか?」
「はい」
「――わかりました。オリュウさんのこと、この来栖ミツル、責任をもって預かります。だから、親分、どうか無理をなさらず養生をしてください」
親分はああ、ありがたい、と涙ながらにおれの手をとった。
――†――†――†――
親分は気丈な人だ。
それがあそこまで涙を流すのだから、よっぽどオリュウのことを思っているのだろう。
こうして、クルス・ファミリーにアズマ支部が誕生した。
子分はオリュウとジンパチである。
ジンパチもおれの子分になってしまったのだ。
「お前、忍びの仕事はどうすんだ?」
「おいらは旦那のためにだけ働く忍びになるんだ」
「まあ、いいけど――身内になった忍びはお前が二人目だな」
「一人目は?」
「トキマル」
ジンパチはトキ兄ぃの次だ、と、はしゃいで喜んだ。
ジンパチにきくと、トキマルはサイガの里でも一番の忍者だったらしい。
ふーん、あのハンモッカーがねえ。
さて、そんなアズマ・クルーが雁首そろえて行く先はどこかと言うと、まだ血の臭いが取れないオニグマ屋敷だ。
「うえっ、血なまぐせえ。ひでーな、こりゃあ」
「自分でさんざん斬っておいてよく言うよ。旦那。ほんとにここにすんのかい?」
「おう。ここを賭場にする」
「もっと他にいい場所もあるだろうに」
「ここはな、温泉が出るんだ」
町外れの森のなか。温泉の出る屋敷。そして、賭場。
ここをおれのバーデン・バーデンにする。
それにはぐれた連中を探すのだって、おれがあちこち行くよりもこっちのほうがずっと手っ取り早い。
おれを探すならスマートなラケッティアリングを探せばいい。
この賭場をスマートに経営して有名にすれば、自然と仲間も集まってくる。
「てなわけで、ここを掃除する。血の跡とか毛のついた皮の切れ端とか全部取り除く」
「あたしらだけで? 杯、割っちまおうかな」
「おいらも――」
「こらっ、そこ二人! ずるけるな! 雑巾持って馳せ参じろ! こいつはギリギリの戦いになるからな!」




