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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
アズマ ラケッティア天下統一編
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第二話 ラケッティア、妹さんでしたか。

「ミツル殿、兄者が世話になっているだけでなく、一晩の宿まで貸していただけたこと、礼を言う」


「いやいや、気にしなくていいよ。きみのお兄さんにはとーってもお世話になってるから」


 晩飯までまだ少しあるが、〈モビィ・ディック〉にて、おれとクリストフとジャックで妹ちゃんをオ・モ・テ・ナ・シする。


「口にあえばいいけど」


 と、おれはオーブンから真鯛のアクアパッツァを取り出し、切り分ける。


「厚遇、痛み入る――ああ、なんて美味だ。異国でも鯛は鯛なのだな」


 熱い鯛をはふはふ食べている妹ちゃん。どうしてなかなかかわいい。


 それにしても、とクリストフ。


「トキマルに妹がいたなんてな。まったく知らなかったぜ」


「え? では、兄上はわたしのことを一言も話さなんだか?」


「ああ、一言も――」


 おれとジャックがカウンターに隠れて見えない位置から左右同時でクリストフの脛を思い切り蹴る。


「痛てぇ! なにすんだよ!」


 このバカ。見ろ。

 妹ちゃん、トキマルに忘れられてたのかもって落ち込んでるだろが。


 ったく。クリストフは鈍感だ。

 どちらかといえば、おれも鈍感で、そのことしょっちゅうアサシン娘たちに言われてるが、そのおれより鈍感だ。

 が、これが怪盗の仮面をつけると、物凄く女性のハートをズキュンする言動や態度を取れるというのだから、ペルソナの効果というものはすごいものだ。


 さて、しゅんとした妹ちゃんを慰めるべく、おいらは頭蓋骨の内側に焦げ残った優しさをせっせと削り集めて、そいつを声に込めて喉からぶっ放す。


「いや、あのさ、トキマルのことだから、頼りになる妹ちゃんのことを秘密にしておいて、いざというときの切り札にするつもりだったんじゃないかなぁ、なんて、思ったりするんだけど」


 そうきくと、妹ちゃんはハッとして目を輝かせ、


「なるほど。さすが、兄者。そのような深謀があることも知らずに。わたしはまだまだ未熟者だ」


 なんか、この子、柴犬っぽいな。

 あ、これ、いい意味で言ってるから。


 それにしても、トキマルがぐうたらな理由が分かった。

 生まれるとき、妹ちゃんに全部吸い取られたんだな、礼儀正しさとか。


「それより故郷の里やアズマがまずいことになってるって言ってたけど」


「はい」


 妹ちゃんの説明によれば、アズマ国は五つの大名家――カキツ、ハリマ、ムゲン、コオリガワ、サイドウが互いに牽制し合ってできた微妙なバランスの上に平和を築いていた。

 確かにときどきその均衡が崩れて、合戦が起こることもあったし、各大名家は忍者を使って、敵情を視察したり、撹乱を行ったりもしてきた。


 ところが、そのアズマに半年前、異変が訪れる。大名家の一つであるサイドウ家の当主マスナガがコオリガワ家の放った忍びによって暗殺される。

 跡を継いだ嫡男サイドウ・アリナガはコオリガワ家を攻め、これを滅亡させた。


 勢力均衡が崩れ、大乱が起こった。


 しかも、父マスナガを殺したのはアリナガ自身で、それをコオリガワ家になすりつけ、合戦の大義名分にしたのだ。


 なんで、そんなことが分かるかといえば、マスナガを殺したという忍びが他でもないトキマルだというのだ。


 だが、トキマルには鉄壁のアリバイがある。

 やつはこの半年、ハンモックで惰眠を貪っていたから大名を暗殺するヒマなんてなかった。


「アリナガは己が野心のために挙兵し、アズマ一国を切り従えようとしている。主家コオリガワは滅亡し、サイガの里は焼けた。残った三つの大名家はコオリガワ滅亡とともに領地の拡大に目が眩んでそれぞれの国境くにざかいを侵し、アズマは戦乱の坩堝に落ちた。このままではアズマは滅ぶ。サイドウ・アリナガの野望を食い止めたい。だが、わたしだけでは力不足なのだ」


 妹ちゃんは、くっ、と悔しそうに唇を噛んだ。


「なるほど。それでトキマルの力が必要と」


「そうなのだ、ミツル殿。兄者はすぐに戻ると言ってくれている」


「でも、二人だけじゃ心細くないかい?」


「確かに、しかし、アズマに戻れば――」


「アズマに戻れば挽回できる」


 トキマルだ。いつからいたのやら。


「兄者」


「シズク、すぐにも戻るぞ」


 うーん。


 トキマルはぐうたらだが、腕の立つ忍者なのは間違いない。


 諜報活動を完璧に叩き込まれて、変装も得意だ。暗殺もやれる。


 だが、アズマに戻っても、おそらくうまくいかないだろう。


 必要なのは一発の精密射撃ではなく、コネクションの構築だ。


 相手が戦国大名なら、こっちも大名にならないといけない。


 そして、大名に匹敵するコネクションの構築に必要なのは腕の立つ忍びではなく、悪知恵の働くマフィアだ。


「よし、おれも行く」


「ミツル殿が?」


「は? 頭領、何言ってんの――ごほん、何を言われるのです?」


 明らかにしゃべりにくそうなので、おれは手招きして、妹ちゃんから離れた位置にトキマルを引っぱった。


「頭領、どういうつもりだよ?」


「別に。ただ、味噌と醤油が恋しくなった。それにアズマ独特のまだ見ぬラケッティアリングもあるかもしれない」


「おれたちはいくさしに戻るんだぞ?」


「知ってる。お前、おれと暮らして、だいぶ経つけど、組織化ってものの大切さをまだ理解してないらしいな。相手は大名だぞ。それに勝つには組織ってのが必要になるんだ。サウススターや、ここ、ファミリーみたいに」


「……どういう風の吹き回しだ?」


「それはこっちの台詞だ。お前、日ごろ言ってただろ。主家と心中するなんて馬鹿のやることだって。分かるよ。妹ちゃんの前でいいとこ見せたいんだろ? 健全な動機だ。世界を救うとかそんなのよりもずっと健全だ。もちろん、おれも死にたがってるわけじゃないから、アサシン娘のだれか一人を連れていくし、それにクリストフも怪盗装備込みで連れていく。ジャックはだめだ。もふもふたちへのカクテル指南がいま佳境に差しかかってる。エルネストもいれば便利だが、ここに残す。カジノも八割方出来て、おれがいなくてもなんとかなるが、でも、エルネストがいてくれれば、おれとしては安心だ。これがおれの予定」


「……どーでも」


「やっぱ、お前はそっちのほうが似合ってるよ」


「余計なお世話――でも、その、なんだ……一応、礼は言っておく。ありがと」


「男のツンデレなんて気持ち悪いだけだぞ――いてえ!」


「前言撤回。やっぱむかつく」


「てめ! 思いっきり脛にローキックしやがって!」


「シズク。喜べ。来栖殿もともに戦ってくれるそうだ」


 トキマルはさっさと妹ちゃんのほうへ戻っていく。


「ミツル殿――なんとお礼を言えばよいのか。兄者はよき主に恵まれた――うっ」


 ぐっ。涙ぐんだ妹ちゃんの目の前では報復ができない。

 トキマルめ、あとで覚えてろよ。

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