第十九話 ラケッティア/見習いアサシン、襲撃。
「どうぞ、別に毒は入っておらんよ」
おれは判事と聖堂参事会員にジン・アンド・ビターズを勧めた。
ジャックのやつ、マンドラゴラ・ビターを思いついてからというもの、来るやつ全員にジン・アンド・ビターズを勧めまくっている。
「では、その、いただきます」
判事が少し口をつけた。
この判事は以前サルヴィアソと会ったときにいた判事ではない。あれは死んだ。
こいつは後任のディアス判事だ。
たぶん法廷では、なんかこう、おれは家父長ーっ、て、オーラを発しているのだろうが、〈モビィ・ディック〉のテーブルにつくディアス判事は見ているこっちがかわいそうになるくらい憔悴している。
「実はサン・グレとカラヴァルヴァに襲いかかったこの悲劇的な現状を平和的に解決できないかと思ってきました」
聖堂参事会員のハビエロ卿は三十代後半。もちろん教会で殺されたやつとは別人だ。
多少は肝が据わってるらしいが、
「平和的に解決なんて時期はとっくに過ぎた。どうみても血を見ないと終わらん」
と、おれが突っぱねると、しおしおとなった。
私兵による戒厳令だの夜間外出禁止令だのを食らわされ、密輸がまったくふるわなくなり、サン・グレは市としてやっていけないくらいの金欠になっていた。
おれは構わず、やつのシマでホットケーキミックスを荷を下ろしていたが、もう警吏が邪魔に入ることはない。
こっちが殺ろうと思えば、どれだけ殺れるか分かって、すっかりビビっている。
正直、抗争はもう終わりだ。終わりだが、一つやることがある。
「サルヴィアソがいる。やつが生きている限り、戦争は終わらない」
「そのことですが、ぜひお耳に入れたいことがあります」
「どうぞ。きこう」
「重要なことなので、ドン・ヴィンチェンゾ、あなたにだけお話したいのですが」
ゴッドファーザー・パート3ではカルロがドン・ルケージをぶち殺すときに同じようなことを言った。
そばにはドン・ルケジのボディーガードがいて、カルロは丸腰だったが、ドン・ルケージは眼鏡をかけていた。
カルロはドン・コルレオーネからの伝言だと耳元で「お前はペテン師のクソ野郎だ」とささやくなり、ドン・ルケージの顔から眼鏡をむしり取り、それを首にぶっ刺した。
あれを見て、眼鏡は凶器になると生まれて初めて知った方は多いと思う。
まあ、おれは眼鏡かけてないし、相手のボディーチェックも念入りにしてるから、凶器になりそうなものは自分の拳と歯以外にない。
これもゴッドファーザー・パート3からの出典なんだけど、ヴィンセントがたびたびトラブルを起こしていたジョーイ・ザザと仲直りしろとマイケル・コルレオーネに言われて、仕方なくハグするんだけど、ハグしたと同時に相手の耳たぶ食いちぎったことがある。
「ここにいるのはみな身内だ。別に秘密にするようなことはない」
まあ、注意するに越したこたぁねえやな。
で、聖堂参事会員どのは重要なこととやらを話した。
――†――†――†――
くそっ。
サルヴィアソの居所かと思ったら、もっと重要なことだった。
二人が帰ると、おれは手早く命じた。
「マリス、念のため、ここに残れ。ツィーヌとアレンカとジルヴァはサン・イグレシア大通りへ急げ。ジャックとトキマルはヴォンモの救助だ。それとヴォルステッドに警告しろ。ガルムディアがお前のことを捨て駒にするつもりだと。ひょっとしたら、手遅れかもしれないが、とにかく急げ」
長い夜になる。ちくしょう。
――†――†――†――
うつ伏せに倒れたその男は顔を天井のシャンデリアに向けていた――首があり得ない方向にねじれていたのだ。
顔は黒い覆面で隠れ、投げナイフを差した革ベルトを斜にかけている。
目は白目を向き、生気はない。
もう一人の男も同じように黒覆面に黒服だったが、こっちは玄関ホールの真ん中に倒れていたが、左の肩からへそのあたりまで大きく切り下げられて絶命していた。
暗殺者だ。でも、誰が――。
ガタン、と音がして、ヴォンモはふり返り、短剣をそちらに向けた。
ホールを抱え込むようにして降りてくる二つの階段。
そのすぐ下だ。
上縁を斜めに切った石板が階段を支えるようにはめ込まれている――いや、一枚がかすかに浮き上がっていた。
隠し扉だ。
ヴォンモは短剣を握りしめて、扉を開けた。
ひ! と短い悲鳴。
屋敷で働く使用人たちが狭い部屋に身を寄せ合っていた。
「大丈夫。おれは敵じゃありません」
メイドの一人がこたえる。
「ア、アナスタシアさまが、全員ここに隠れるようにと。あの、外はどうなっているんですか? 殿下はご無事ですか?」
「おれが確かめてきます。みんなはここに隠れていてください」
扉を閉め、アナスタシアにやられた二人の暗殺者のうち、首を折られたほうから細い錐のような投げナイフを一本抜き取り、ブラウスの袖の内側に納め、紐で縛った。
春の雷が鳴って、うつろな館に轟音が響く。
雨は叩きつけるように降っている。
つまり、巡回の警吏が異変に気づく確率は低い――いや、警吏を買収済みかもしれない。
自分の身を自分で守らないといけない。
だが、なぜか使用人たちが隠れている部屋でじっとしていようという気になれなかった。
ヴォルステッド王子はどこだろう? カゲマルやアナスタシアは?
客間を調べ、調理室を調べ、開きっぱなしになっている裏口を見つけ、ひょっとすると王子は外に逃れたのかもと戸口から出ようとした瞬間――、
ガッ!
クロスボウの矢が目の前をかすめて扉に刺さる。
ヴォンモは襟をつかまれて引きずり戻された。
カゲマルが扉を蹴飛ばして閉める。
「大丈夫か?」
「は、はい」
見れば、ボルトの矢じりが扉を貫通している。
カゲマルに引っぱられなければ、あれが自分のこめかみを貫いた。
「ありがとうございます」
「礼を言われるような、ことは――」
カゲマルががっくりと首を落とし、背中を壁に押しつけながら座り込んだ。
「カゲマル!」
「慣れない毒を食らった。そんな顔するな。お前を庇ったときじゃない。一応、解毒はしたが、めまいが取れない」
「ヴォルステッド王子は?」
「はぐれた。だが、屋敷のなかにいるはずだ。アナスタシアが王子のマントを羽織って、一人でも多くの刺客を葡萄園のほうに引きつけてる。今なら表から逃げ出せる。お前、王子を見つけたら、一緒に表から逃げろ」
ヴォンモは首をふった。
「王子は逃げないよ。使用人たちが隠し部屋にいるし、あなたやアナスタシアのことだって置いていくわけがない」
「分かってきたな。その通り。あいつは馬鹿だ。使用人や忍びなんて、使い捨てにするのが王族の常だろうに――くそっ、お前だけで逃げろ。王子はおれがなんとかする」
ふるふるっ、とヴォンモは首を横にふる。
「お前まで王子の馬鹿が感染ったのか?」
「うん」
「お前なんか足手まといだ。あいつら、メダルの騎士の預かりの暗殺団だぞ。お前の敵う相手じゃない」
「それでも、おれは逃げません」
「――勝手にしろ」
「勝手にして、おれは王子を探します。じゃあ――」
立ち去りかけるヴォンモにカゲマルが、待て、と呼びとめる。
「なんですか?」
「……一応、礼を言っておく。あの馬鹿のこと、頼む」
「はい!」




