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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ウェストエンド 脱税のカノーリ編
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第十三話 ラケッティア、上流階級を垣間見る。

 メタボな孔雀。


 おれがそのおっさんを見て、一番初めに思い浮かんだ言葉だ。


 職業ジョブは世襲貴族にしてフェアファックス商会の頭領。


 装備品はというと、小麦粉をふった真っ白な鬘、白粉、口髭の下の口紅、きらきらした刺繍入りの緑の燕尾服、かぼちゃみたいな赤いズボン、真っ赤な詰襟、青いクラヴァット、シルクのタイツ、バレリーナの靴。それにマリスが後にオカマのつまようじと名づけた儀礼用の剣。


 これら全てがメタボなおっさんを孔雀のごとく飾り立てるためにおっさんの体にまとわりついている。


 ここはウェストエンドの南東で中央街とは通り一本を隔てたところに独身の放蕩貴族向けの小邸宅が並んでいる上流階級の通り。


 まあ、建物自体は隙間なく並べられた建売住宅なのだが、内装は自分好みにしているらしく、天井にミケランジェロもびっくりのフレスコ画が描いてあり、家具も椅子一つとってみても、ケツの下に敷くことを前提にしていない芸術品みたいな代物。


 この調子だとたぶんおまるも芸術品なんだろう。


 一階には小さいながらも厩舎と車庫があり、ハープシコードが置かれたサロンや召使いたちの寝室などもあるから、大邸宅のようにはいかないが、気合った仲間と夜通しカードをし、娼婦を引っぱり込むにはまさに好都合な造りをしている。


 だが、それ以上に資金洗浄マネー・ロンダリング向きの不動産だ。建材費と工賃を実際より高く申告して、差額を裏金にできる。


「ムッシュー・クルス。知っての通り、わたしは自前の兵隊を抱えない主義だ。その意味で言えば、わたしの商会は本当の意味で商会なのですよ」


「誰もが王妃お気に入りの女官を姉に持つことはできない」


「確かに家族には恵まれましたよ、ムッシュー・クルス。ですが、恵まれた家族ファミリーという点はあなたも同じだ」


 おれは黙って、小さなグリンピースを一粒フォークで突き刺した。

 その恵まれた家族どもが毒見と称して、おれのために出されたフルコースのほとんどを食っちまいやがったのだ。


「それにあなたは洗練されている。儲けるだけでなく、文化に貢献した。それがヴァレンティやフライデイとは違う」


 フェアファックスはチョコレート味のカノーリにナイフを入れた。

 ちなみにおれの分のカノーリは毒見に消えた。お前ら、帰ったら覚えとけよ。


「わたしは愛国者です。ムッシュー・クルス。しかし、我が国の製菓事情ははっきり言ってお粗末であり、愛国心も喉につかえていたのですが、それが一気に解消した。わたしは直々に国王陛下よりおききしたのですが、陛下は菓子税を廃止するつもりでおられる。もちろん、それは――」


「わしにはいい知らせではない。だが、同じことを二度できるとは元から思ってはいなかった」


「ムッシュー・クルス。わたしとあなたはよく似ている」


 おいこら、寝言は寝て言え。

 そんな笑えるダッサいファッションと、このおれのゴッドファーザー風ファッションを一緒にするんじゃねえ。


「失礼ですが、その年齢でいて、取る手法は進取の気に満ち溢れている。わたしはコーサ・ノストラのアサシンがあなたに継承されたと聞いたとき、ウェストエンドの勢力図を一気に塗り替えるような流血の抗争が起きるものと思っていたが、あなたには別の考えがあった。ヴァレンティやフライデイと違い、我々はウェストエンドの外においても、活躍の場を見つけることができる。そうではないですかな、ムッシュー・クルス?」


「そんな高尚な考えで動いたわけではない。ここはすでに縄張りが確定している。流血を見ずとも、儲ける口はいくらでもある。それにウェストエンドには時間制限がある」


「と、おっしゃいますと?」


「ファウスト・ヴァレンティの息子。父親ほどの慎重さがあるとは思えない」


 これにはフェアファックスも黙り込んだ。

 おれと同じことを考えていたらしい。


 正直、あのバカ息子がヴァレンティの頭領になると、こっちに無理難題を吹っかけてくるんじゃないかと思ってる。

 そうなると、ナンバーズをこれまでどおり経営することは難しくなるし、新しいラケッティアリングを見つけても、妨害されたり、こっちの我慢の限界をはるかに超えた上納金を課してくる可能性がある。


 立場はフェアファックスも同じだ。

 そりゃ、実の姉が王妃お気に入りの女官なのは大きいが、実際、ヴァレンティの連中が手に剣を持って、やってくれば、そんなコネは役に立たない。


「どうでしょう、ムッシュー・クルス。非常時に備えた同盟のようなものを結ぶ可能性について、検討したことはありませんか?」


 ほら、来た。甘ったるい声でふざけたこと吹いてきた。

 これはなんの役にも立たない同盟だ。


 平和な時期なら同盟を結ぶ価値もある。

 女官の姉貴の宮廷のコネを使う機会もある。


 だが、フェアファックスが言ってきたのは非常時の同盟だ。


 言い換えれば、軍事同盟。


 でも、こいつには動員できる兵隊がない。

 だから、抗争になったら、おれが、というより、ツィーヌたちが矢面に立たされる。


 ファウスト・ヴァレンティがこの男のことをシルクの靴下につまったクソと言ったのは正しい。


「検討したことはないな。こちらに何が提供されるのか分からない」


「宮廷とのコネクションに興味は?」


「フェアファックス卿。この際、はっきり言っておこう。ヴァレンティなり、フライデイなりが殺し屋をこの快適な住居に差し向けたとき、貴殿の姉君がかわりに剣をとって戦うことはできない。ヴァレンティの息子が跡目を継ぐような非常事態になれば、役に立つのは自前の兵隊だけだ。そして、貴殿はそれを持ち合わせていない。わしの四人のアサシンが抗争の矢面に立たされたとき、あなたは何を提供できる? 王妃の寵愛? 国王陛下のお言葉? よしてくれ。ここは宮廷ではない。ウェストエンドだ。目を逸らしたら最後、貪欲なサメどもが脇腹に食らいつく世界だ」


 フェアファックスは白粉塗りたくった顔を醜く歪めて、おれを睨んでる。


 正体を見せたな。

 おれに言わせりゃ、こいつもヴァレンティ・ジュニアとどっこいどっこいだ。


 姉貴のコネばかりあてにして、自分では何もしようとしない。


 こいつにとって、商会の経営はちょっとした冒険。

 危険があったら、宮廷に逃げ込めばいいくらいに思ってる。


 そんなやつのケツ拭くために誰か殺してこいと、うちの小娘たちに命令するなんて、絶対にできない。


「話は以上か? まあ、そうだろう。わしの顔など見たくもないと白粉の上に書いてある。では、失礼するとしよう。グリンピースごちそうさま」


     ――†――†――†――


「フェアファックスが思ったより小物で参った」


 ギルド屋敷の居間に戻って、元の姿に戻った後のおれの第一声。


 いや。本当にこの一言に尽きる。


 もうちょっとしっかりしてるかと思ったが、見た目通りの駄目なやつだった。


 あれはファウスト・ヴァレンティが何かあった後、ジュニアに尻尾をふる可能性が高い。


 ああでなきゃ、共闘の可能性も模索できたが、あれじゃ駄目だ。信用できない。


「――で、ちみたちは何をしとる?」


 四人は例のアサシンウェアのまま、背の順に並んで――アレンカ、マリス、ツィーヌ、ジルヴァの順――、プラカード手にシュプレヒコールを上げている。


「抗争回避反対なのです」

「マスターはボクたちを暗殺に使えー」

「お腹すいたから、何かつくれー」

「わたしは、う、えーと……」


 おれはプラカードの主張一つ一つに丁寧に対応してやる。

 労働組合のストを潰すのもマフィアの大切な仕事の一つだ。


「アレンカ。抗争はないに越したことはないんだ。ドン・コルレオーネだって息子のソニーが蜂の巣にされたとき、ぐっとこらえて、抗争を回避したんだ。マリス、お前らの腕を信用しないわけじゃない。殺れって命令すれば、ヴァレンティだろうが、フェアファックスだろうが、殺ってこれると思ってる。でも、ナンバーズの集金係たちは? 抗争になったら、真っ先に狙われるのはあいつらだ。いくら、お前らが凄腕でも百人の集金係を守れないだろ? だから、抗争につながる暗殺はなし。それと、ツィーヌ。飯ならさっき食べただろうが。夜食なんか食べると、デブるぞ。で、ジルヴァ。ジルヴァはそのままでいてくれ」


 ぶー。ぶー。

 んまあ、可愛らしいブーイングの嵐。


「じゃあ、マスターはアレンカたちと遊ぶのです」

「このあいだ、教えてもらったインディアン・ポーカーがしたい」

「せっかくだから、わたしも参加してあげる」

「わたしも……」


 最近、うちのアサシン娘たちのあいだでインディアン・ポーカーが大ブーム。


 というのも、こいつら、トランプはババ抜きしかやったことがなかったので、今後カジノをつくるときに役立てればと、ポーカーを教えようとしたのだが、四人とも全然役を覚えない。


 で、もっと簡単なインディアン・ポーカー(ほら、おでこにカードかかげて、自分以外の全員にカードを見えるようにして、一番大きな数字のやつが勝つってあれ)を教えたら、めちゃくちゃ流行ったのだ。


 それこそ暇さえあれば、おでこにトランプかかげて、勝負に明け暮れる姿はなかなか愛らしいものがあったし、四人とも相手のカードを見たときの反応が顔にもろに出るのも微笑ましい。


 そんなマスター大好きな四人の美少女たちとインディアン・ポーカーができるなんて、おれってば、なーんて、リア充なんでしょう。


 でも、それは罰ゲームがなければの話だ。


 目隠しナイフ投げとか、毒入りミルクのロシアン・ルーレットとか、アレンカが作り出したいつ爆発するか分からない火の玉とか、彼女たちが設定した凄まじい罰ゲームの数々を見ていると、熱湯風呂がぬるま湯に見えてくる。


 だから、おれは釘を刺した。


「やってもいいけど、命に関わる罰ゲームはなしだぞ」


 そこで、わーい、と素直過ぎるほど素直に喜ぶ姿を見ると、とても彼女たちが凄腕の情け容赦ないアサシンだとは思えない。


 くっくっく。そこが甘い。

 命に関わる罰ゲームは禁止したけど、スケベな罰ゲームは禁止にしてないもんね!


 さあ、思わず恥ずかしさに赤面する罰ゲームを食らわせてやるぜ!


 おれは最初の一枚を引いた。

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