第十三話 ラケッティア、もふもふパンケーキ。
ブツが酒じゃなくて粉であることに目をつむれば、すべてが禁酒法時代のシチュエーションだ。
足りないのは機関銃だけで、待ち伏せと警察の追跡をかわしてつくったパンケーキはうまいし、メイプルシロップの流通ルートを一からつくるのはラケッティア心をくすぐる。
それに禁パン法の施行によって、人心は大いに堕落した。
ほんと。パンツを禁止にしたほうがまだマシなんじゃないかってくらい堕落した。
賄賂が横行し、判決はカネで買えた……あれ? これ、禁パン法以前のカラヴァルヴァと変わらないぞ。
でも、風紀が以前より乱れたのは事実だ。
パンケーキ屋台はこれまで通り営業し、禁パン法を屁とも思わない。
街じゅうの人間が法を破る楽しみを覚えてしまい、時代は自然と享楽へと流れていく。
さて、おれの密輸したホットケーキミックスのほとんどは〈フライング・パンケーキ・モンスター〉へと流れる。
だから、ロデリク・デ・レオン街から東ではパンケーキをつくるやつは誰でも〈フライング・パンケーキ・モンスター〉を通じて、おれのホットケーキミックスを買わなければならない。
〈フライング・パンケーキ・モンスター〉には大きなビジネス・チャンスの到来だが、支配人のアレサンドロにとっては受難の時代だ。
突然、愛するパンケーキが非合法化されたのだから無理もない。
アレサンドロは法のいうところの確信犯になり、一枚でも多くのパンケーキをターコイズブルーに染めることで、パンケーキ仲間の精神が死んではいないことを証明しなければならなかった。
アレサンドロは大真面目だったが、暗黒街では最高にトベるパンケーキが食べたいなら〈フライング・パンケーキ・モンスター〉のアレサンドロをたずねろ、というのが黄金律になっていた。
そんなわけで、カラヴァルヴァのお偉方が夜な夜な空飛ぶパンケーキに乗って、夜空を飛びまわっている。
もう一つの卸し先は魔族居住区だ。
といっても、魔族が食べるんじゃない。
魔族のパンケーキはヘルとかキルとかデスとかいうレベルで、ティラノサウルス的な嗜好が強い。
ふかふかパンケーキでは、物足りないんだやー、なのだ。
ということは、ホットケーキミックスの卸し先はカジノ、そう、もふもふたちである。
カジノの十階は一切のゲームを置かず、もふもふたちの居住区となっている。
ここは癒しゾーンでもあり、客はもふもふたちの邪魔をしないという条件で、もふもふたちがお菓子を食べたり、小鳥を追いかけたり、学校で勉強する様子を観察することができる。
で、この十階にパンケーキを食べさせてくれる秘密の店があるのだ。
おれも行ったことがあるのだが、十階に巨木があり、その根の下に開けた洞穴に鋼鉄のドアがある。
そのドアを、ドンドン・ドン・ドンと叩くと、鉄の覗き窓が開くので、そこで「第三肉球」と言えばいい。
ドアが開くと、他のもふもふよりちょっとだけ大きい用心棒役のもふもふがおり、「ボディーチェックでち」と肉球がぷにぷにした手で触られる。
これがまた猫に踏まれるみたいに気持ちがいいので、じゃんじゃんボディーチェックされましょう。
危険物を持ってないと納得してもらったら、次の扉が開く。
金管楽器のテカテカした音とハイグレード・メープルシロップの匂いがワッと氾濫する。
外のカジノは古代遺跡風だが、このもふもふ専用カジノはモンテカルロやリヴィエラと言った貴族趣味でいて、シャンデリアや大理石といった感じの内装に、ちょっとナイトクラブ風に崩した感じのカジノになっている。
テーブルクロスをかけたテーブルにはメイプルシロップたっぷりの三枚重ねのパンケーキ。
壁際にはもふもふ向けに小さめにつくられたスロットマシンがずらり。
もふもふたちは緑の羅紗に番号や倍率を書いたルーレットテーブルに集まり、小さな蝶ネクタイをつけたディーラー役のもふもふがカードを切り、神経質な客もふもふに出くわすと、古いカードを真鍮の壷に捨て、新しいカードの封を切る。
「レイズでち」
「赤の六が出たでち! 赤の六でち!」
「パンケーキ早食い競争、賭けを閉め切るでち!」
「迷子のお知らせでち、迷子のお知らせでち」
「コーラスガールのもふ美ちゃん、かわいいでち~」
ブラックジャック、ポーカー、ルーレット、クラップス、スロットマシン。
さっき十階にゲームは置いてないと言ったな? あれは嘘だ。
といっても、ここのチップはカネではなく、お菓子と交換できる。
クッキー、大きめのクッキー、チョコレート、キャンディ、カノーリ、そしてパンケーキなどなど。
ポーカーコーナーで片眼鏡をかけたもふもふが吸っている葉巻だって、チョコを錬り込んだワッフル生地を細く丸めて焼いたもので、先っぽにさくらんぼの砂糖漬けがくっついている偽葉巻だ。
チャールストンを踊るもふもふたちをかき分けながら、右手奥へ進むと、ビリヤードラウンジがある。
そこに行くと、ケモミミイケメンのロムノスがいる。
ベストに白いシャツ姿。ビリヤードは最近覚えてメキメキ腕が上達している。
相手はもふもふだが、キューも台も大きすぎるので二人一組で玉を突く。
おれが来ると、ロムノスはひらっと広げた手を握って、勝負の中断を合図した。
もふもふたちもうなずき、ぴょこんと飛び上がって、器用にキューをラックにしまい、トコトコ出ていく。
「王よ。なにか用か?」
「調子はどうか、見にきただけ。でも、大盛況だねえ」
「パンケーキが禁止されて以来、フィフィたちは前にもましてパンケーキ好きになった」
「やめろといわれるとやめたくなくなるのはもふもふも同じか」
キャロム・ビリヤードの台のそばに座り、カットグラスに注がれた琥珀色の水を飲む。
ウィスキーじゃないよ。メイプルシロップの水割り。
「パンケーキのことで一つ厄介なことになっているらしいな」
「え? おれ、そんなこと言ったっけ?」
「マリスからきいた」
あー、なるほど。
うちのファミリーで剣の腕が立つというと、マリスとロムノスだ。
南洋海域でオバンドを始末して以来、二人はちょっとした剣友になっていた。
「まあ、なんというか、確かに面倒なことになってはいる」
おれは水割りをすすった。
――†――†――†――
禁パン法施行以来、おれはホットケーキミックスを海外から買いつけている。
カラヴァルヴァではデモン粉に依存した独自のおかずパンケーキ文化が強すぎて、いいホットケーキミックスがないのが現状なのだ。
で、おれが買いつけたホットケーキミックスはディルランド南部から船で運ばれてくるが、聖院騎士団の邪魔があって、荷揚げをカラヴァルヴァ市内で行うことができない。
で、おれは荷揚げをエスプレ川の河口にある砂浜で行っている。
問題はその河口の南にあるサン・グレという町だ。
そこにサルヴィアソ子爵という反パンケーキ主義を唱える土着のマフィアもどきがいる。
タチの悪い連中だが、大昔からそこを縄張りに密輸や人身売買をしていて、名誉子爵の称号も持っている。
サン・グレの判事も政治家も商業ギルドもサルヴィアソに買われている。
今夜のサツだって、サルヴィアソの差し金なのだ。
先月はサン・グレ市内に密輸の前線基地としてつくった酒場兼事務所にガサ入れを食らってる。
たまたま前日に帳簿を売掛金の確認するために持ち出していたからよかったが、あれが押収されていたら、おれと付き合いのある密輸業者や荷揚げの際に使っている労働者たちの名前が割れた恐れがあった。
しかし、サルヴィアソの野郎、反パンケーキ主義とは笑わせる。
そんな思想、禁パン法以前はききもしなかった、即席のカス思想じゃねえか。
正直、サルヴィアソの狙いが何なのか、分からない。
ただ分け前が欲しいだけなのか、それとも本当にパンケーキを排除したがるクルクルパーなのか。
分け前が欲しいというなら、二十パーセントまでなら払うつもりだ。
それに荷揚げをするとき、やつが押さえている労働者ギルドの人間を使ってもいい。
やつの縄張りで荷揚げをしてるんだから、当然だろう。
ただし、判事や警吏たちにはおれのホットケーキミックスには手を出させない。
上がりの二十パーセントくれてやるのだ、当然だろう。
これなら手入れのリスクがなくなって、トントンになる。
おれはこの手にみんなが幸せになれる方程式を握っているのだ。
ただ、もしサルヴィアソが頭のなかに脳みそではなくカップラーメンが入っているようなら、こりゃ戦争になる。
「そのときはおれを連れてくれ。剣の使えるものが必要だろう?」
「まあ、戦争になる前に一応、話し合いはしてみるつもりだ。抗争は結局高くつくからな。その護衛で良けりゃ、マリスと来てもらうけど」
「ああ。それで大丈夫だ」
そのとき、スロットマシン・フロアからジャックポッドを知らせる火災ベルみたいな音が鳴りまくった。
スロットマシンがコインを吐き続け、もふもふが一匹、山と積もったコインの上でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「やったでち! 当てたでち! ここにいるみんなにパンケーキを一枚おごるでち!」
ワッとわく毛玉の妖精たち。
「いよっ、御大尽でち!」
「ごちになるでち!」
ビリヤード・ラウンジのおれとロムノスのもとにもパンケーキがやってきた。
「せっかくだ。王よ。ごちそうになろう」
「はーい。考えてみると、禁パン法以来、人の食べるパンケーキは密輸したくせに自分では全然食べてなかった。よっしゃ、どれどれ……うめえ! ちょー、うめえ! こんなふわふわしたうまいもん、禁じたやつの気が知れねえ!」




