第六話 ラケッティア、プリンス・オブ・ガルムディア。
「ガルムディアの王子ぃ? あいつ、そんなんだったの?」
「いったいどこの王子だと思っとったんだね?」
「いや、普通にロンドネの王子だと思ってた。なんで、ガルムディアの王子がロンドネの王子やってんの?」
カールのとっつぁんは肩をすくめた。
マスター独占日をヴォンモの寝顔やツィーヌのデレで終わらせてもよかったが、あの馬鹿野郎が何者なのかが気になった。
で、野郎どもがたまっている〈モビィ・ディック〉に立ち寄ったのだ。
「外交と政治の複雑怪奇な利害調整の結果だ。もちろんロンドネの王位継承権はない」
「王位継承権がないのに王子って名乗っていいの?」
「それがね、プリンスという言葉には王子という意味と公爵という意味がある。王子の偽造品だと思うと、どうだい? 親近感が湧くだろう?」
「全然、あんにゃろ、おれのこと非人道的なミジンコだとか言いやがった上に、おれがイタズラ目的でヴォンモを連れまわしてるみたいに言いやがった。そういや、ききたいんだけど、ガルムディアってかぼちゃパンツとタイツのコーディネート、流行ってるの?」
「さあ? そんな話はきいたことがない」
ふむ。
ちょっと頭を冷やして考えてみるとこれは注意が必要かもしれない。
おれは以前、この世界でかぼちゃパンツのタイツ野郎を見たことがある。
八百長ダンジョンで稼いでいた時期のことだが、ガルムディアのクソ貴族がおれのダンジョンを横取りしようとして、あるガルムディアの要人を送り込んだのだが、そいつがかぼちゃパンツ野郎だったのだ。
おまけにガルムディアはそのかぼちゃパンツをおれの縄張りで殺して、自作自演の政治的暗殺事件をでっち上げ、ダンジョンへの侵攻の大義名分を得ようとしたことがあった。
思えば、あのかぼちゃパンツも馬鹿野郎だったなあ。
そんなわけで馬鹿王子は要注意。
ガルムディア帝国とのあいだにはあまりいい思い出がないのよ。お互い。
ダンジョンの一件ではかかわったやつ皆殺しにしたし、ディルランド王国でもあいつらの駆逐を手伝った。
たかだか一犯罪組織の親玉に領土拡張を邪魔されて、いい印象を持つわけがない。
もし、このカラヴァルヴァで、しかも、カジノか〈ラ・シウダデーリャ〉か〈フライング・パンケーキ・モンスター〉のなかであの馬鹿王子が殺されたりでもしたら、間違いなくダンジョンと同じことをしてくる。
とはいえ、ダンジョンのころはその捨て駒かぼちゃは一人でやってきたが、馬鹿王子には忍びとでっかい女騎士がついてる。
もちろん、この二人が本国から命令を受け次第、馬鹿王子をぶっ殺す役なのかもしれないが、おれが〈ガレオン〉の倉庫にやっこさんを閉じ込めたとき、二人はパンケーキを食べ終えてから、きちんと解放した。
まあ、それなりの忠誠心はあるようだ。
「とっつぁん。ガルムディアって何人王子がいるの?」
「それについては現皇帝は非常に盛んな男で、ざっと二十人、これは正室と側室のあいだだけでできた数であって、一晩限りのお手つき庶子たちもいれれば、百人は行くだろう。おかげでガルムディアには出来高の子爵が大勢いる。庶子とはいえ、皇帝の血が入っておるわけで、最低でも子爵くらいにはしておかないとかっこがつかない」
「百人……もう、ただのファック・モンスターだな。じゃあ、馬鹿王子はそのうちの一人で、政治のあやとりの末にロンドネにやってきたと?」
「正室とのあいだにできた最後の子だから、文句なしに王子だが、まあ、ガルムディア皇位を継ぐ可能性はないと言ってもいいだろう。同腹の兄が五人もいる。ただ、ガルムディアには珍しい正義感の強い王子ともきく」
「カールのとっつぁん、おれ、酒の密輸とギャンブルで稼いでるの。正義の味方は商売の敵です」
「ヴォンモから直接、その王子とやらに伝えたらどうだい?」
「幼子を洗脳したっていちゃもんつけられるのがオチ。ったく、厄介なやつに絡まれたなあ」
「ただ、その一途な正義感にはロンドネ宮廷でも同調者が多いときいたことがある。たとえ、母国ガルムディアが関わっていても、それが悪であれば、悪と断ずる。そういう点では公平な若者だよ」
「公平ってのはマフィア的にも大事だけど、悪を悪と断じられたら、こっちの商売が干上がっちまう。これから、アサシン娘たちと外をうろつくたびにあいつに絡まれたんじゃ仕事にならないよ。カジノのほうもかなり出来上がってきてるのに、そんな不安要素抱えたくない」
セディーリャはやってることがかなり際どかったが、頭がよかったので安心していられたが、ヴォルステッドは頭が単純でこの世には黒と白しかないと思ってる。
実際はみんなよどんだ、水に濡れてボロボロになったボール紙の灰色がほとんど。
しかし、ヴォルステッド。
このまま、何もしないでいいようにされるのは面白くない。
何か洒落たやり方でお返しがしたい。
うーむ。
「ヴォルステッド、ヴォルステッド、ヴォルステッド」
「すっかりヴォルステッド王子に夢中だね」
ガチャン、バタンと表のドアが開き、怪盗用の黒装束に身を固めたクリストフとジャックがかっぱらい珍道中から戻ってきた。
「よし、無事帰還! 今日もいいことやりましたっと」
「もう、シデーリャスの屋敷を襲うのはやめるぞ」
「どうして?」
「番犬だ。いくら何でも多すぎる」
「ありゃ、愛犬家の屋敷だったんだよ」
「とにかく、高利貸しでも奴隷業者でもなんでも忍び込めばいいが、シデーリャス通りをやるときはおれの助力はあてにするな」
「へいへい、って、あれ、ミツル? なにしてるんだ?」
「しーっ、ボスはいま瞑想中だ」
「瞑想?」
ヴォルステッド――ヴォルステッド――ヴォルステッド……。
この名前、どこかできいたことがある。
ヴォルステッド……アンドリュー・ヴォルステッド……禁酒法!
「そうだぁ! それだ!」
みんなが慌てて、しーっ、て、やってきた。
娘っ子たちが起きるからだ。
少女の安眠を妨害するのはおれとしても本意ではない。
そこで、この喜びを噛みしめ、これから仕掛ける憧れのラケッティアリングの算段を付け始める。
キーパーソンはヴォルステッド、そして、ヴォンモの初任務だ。




