第十四話 ラケッティア、前科の話。
話にはきいていたが、きくのと見るのとでは全く違う。
聖院騎士団の裁判マニアック。
訴えたやつも訴えられたやつもこれみな等しく法手続きのアリ地獄にはまり込んでいる。
勝つためならてめえの母ちゃんでも売っ払う代言人たちが偽造した証拠を武器に裁判に臨むが、その二つに一つがエルネストの作品だ。
偽造証拠がエルネスト製なら、その裁判は勝ったも同然、とはいかず、たいていの場合、相手もエルネストがこしらえた偽造書類を持っている。
一方は『1+1=3』だと証明する文句なしの書類を持っていて、もう一方は『1+1=1』だと証明する文句なしの書類をもってきていて、裁判官は『1+1=2』であるという絶対の確信をもっていると、こいつぁもう集団パラノイアまで、ほんの一ミリだ。
おれ「イヴェスのやつ、呼び出したりして、おれになんの用だってんだ? 買い物行きたかったのによ」
クリストフ「もしかすると、アレのことかもしれないな」
おれ「なんだよ、アレって?」
クリストフ「口に出して言えるわけないだろ。ここ、聖院騎士の本拠地だぜ?」
おれ「ジャック。お前、分かる?」
ジャック「ああ。アレのことだろ」
クリストフ「いや、違うって。あのアレじゃなくて、あっちのほうのアレだよ」
ジャック「お前、アレ、やってないって言ってなかったか?」
クリストフ「それはアレの話だろ。おれが言ってるのはアレだよ、アレアレ」
ジャック「オーナーが前に言っていたアレアレ詐欺みたいだな」
おれ「オレオレ詐欺ね。もういいから、言っちまえよ。クリストフ。みんな裁判で頭がいっぱいで誰もきいてねえんだろうし」
クリストフ「ほら、サン・イグレシア大通りのアレだよ」
ジャック「どっちのアレだ? 二つあるだろ」
クリストフ「ハゲ親父のほうのアレだよ」
ジャック「それはシデーリャス通りのアレだろう?」
クリストフ「違うって。シデーリャス通りのアレはまだちょっと耳のあたりに髪の毛残ってるだろうが。おれが言ってるのは完全につるっつるのアレだ」
それで思い出した。
あこぎな詐欺まがいの商人の屋敷がサン・イグレシア大通りにあって、この二人はご丁寧に予告状を出して、その商人のお宝を盗み出したんだが、それが純金製のカツラだったそうな。
二人はそれを貨幣師のもとに持ち込み、金貨に変えて、被害者たちに配ったのだが、それがバレたんじゃないかって思ったらしい。
ただ、呼び出されたのはおれだけなのだが、使用者責任でも問うつもりだろうか?
まあ、二人はそれなりに責任というか、いざおれがパクられそうになったら、体張って逃がしてやろうって話になったらしい。
それにしても、とジャック。
「イヴェスは治安判事なのになぜ聖院騎士団の建物にいるんだろう?」
「これは当てずっぽうだけどな、たぶんイヴェスは治安裁判所で厄介払いにされたんだろう。なんせ、マンドラゴラ・バブルは司法関係者にとってカネのつかみ取り大会みたなもんだ。そうなったら、イヴェスは邪魔だ」
「じゃあ、ミツル、イヴェスはこのままなのか?」
「バブルが弾けりゃ戻るだろ。治安裁判所だって、一人くらいはきちんとした判事を置いとかなきゃならないだろうし。何よりイヴェスを聖院騎士団に預けっぱなしにしたら、イヴェスのやつ、すっかりこっちの水に馴染んで、マジで治安裁判所を血祭りに上げるかもしれない――お、ついたぞ、この部屋だ。それ、トントコトンのスットントン、イ~ヴェ~ス~ちゃ~ん~。遊びに来たよ~」
部屋に入る。
うおっ、なんじゃこりゃ。紙飛行機だらけじゃん。
「ん、この飛行機。よく見たら、起訴状でつくられてる。こんなふざけたマネをするということはギデオンも一緒についてきてるな。なんだか、帰りたくなってきたなあ」
「オーナー。そのギデオンだが、こっちに倒れてる」
「なに、死んでるって?」
「いや、死んではいない」
「やっぱりなあ。いつか殺られる、ろくでもない最後が待ってるとは思ってたんだよ。よりによって聖院騎士団の本拠地で殺されるとはねえ。まあ、しゃあない。なにせ、やつは性格が悪い。大切なことだから二度言っておこう。やつは、性格が、悪い」
「オーナー。事実と願望が混ぜこぜになっているぞ」
「少しくらいは夢見させてくれよ。どれどれ?」
ギデオンは事務机の後ろで仰向けに倒れていた。
目をつむっているが、おでこにたんこぶ。
そばには目玉焼き一個でいっぱいになってしまう小さなフライパンが転がっている。
「やったのはイヴェスだな。目玉焼きをつくろうと卵をフライパンの縁にぶつけるかわりにギデオンの頭を叩きつけたに違いない。で、イヴェスはどこだ?」
「あれじゃないか?」
クリストフが指を差したのは出入り口とは別のドア。
続き部屋らしいのだが――、
『ここに魔王を封ず。開けるのは自己責任』
と、いう羊皮紙が釘付けされていて、ドアノブの下には向こうから開かないように背もたれ付きの椅子がかってあった。
開けたくないなあと思うドアはこの世に星の数ほどあれど、『ここに魔王を封ず。開けるのは自己責任』という羊皮紙が釘付けされていて、ドアノブの下に向こうから開かないように背もたれ付きの椅子がかってあるドアほど開けたくないドアはない。
しかも、そのドアから静かにコツコツと叩く音がする。
「帰っちまうか」
「このなかにイヴェスがいるんじゃないのか?」
「でも、魔王が封印されてるらしい。世界平和のためにもここは見なかったことにして――」
と、言っているそばからクリストフが椅子を取っ払って、ドアを開けた。
出てきたのは一部の隙もなく、きちんと服をつけたイヴェスだった。
「あれ、魔王はどこ?」
「なにをおかしなことを言っている。この紙飛行機はなんだ? ギデオンはどこにいる?」
「ギデオンならそこで伸びてるよ。何があったんだ?」
「分からない。仮眠室で目を覚ましたら、扉が開かないようにされていた。それよりギデオンはどうして伸びてるんだ?」
「知りませんがな。そんなこと」
「隣の部屋に運ぼう。手伝ってくれ」
ギデオンは隣の部屋の粗末な寝台に乗せると、イヴェスは自分の机につき、あれこれ、書きつけを見ては書類を分類していた。
「で、おれに用事があったらしいけど、なんの用?」
「相変わらず麻薬は扱わないのか?」
「扱ってないって。あんなん取り扱うのも不幸だし、憧れるだけでも不幸になる。おれの同級生で薬師寺ってやつがいたんだけど、こいつ、コカイン・ディーラーに憧れて、龍角散を一グラムずつパケにして持ち歩いてたんだ。あるとき何をトチ狂ったか千円札を筒みたいに丸めてコカイン吸い込むみたいに龍角散を鼻から吸い込んだら、さんざんむせて、それから一か月、何を嗅いでも龍角散の匂いしかしないって状態になっちゃって、それで――」
イヴェスはうっとおしそうに手をふった。
そして、机の引き出しから二枚の似顔絵を出してきた。
セディーリャだ。
ただし、顔は似ていない。
髪型で分かったのだ。片方がふさふさしたヅラ姿で、もう片方が若禿。
「マンドラゴラに対する投機が始まって一か月経ったあたりから調べてみた。ここ数年で、アルデミルのブランデー、バルブーフのケコ豆、アズマのヤマウサギなどが異常な暴騰と投機を呼び、破綻している。これらの投機熱の全てにふさふさした髪の男が関わっていて、暴落後、頭の禿げた若い男が指名手配されている」
「それがセディーリャだって言いたいの?」
「手配書きはどちらも似ている」
「この似顔絵そんなにうまくないよ。髪型だけ。これがセディーリャだってんなら、チョウチョやトンボも鳥の仲間ってことになるな。ただ、この情報、でっかい活火山の上に座ってるようなもんだよ。これ、知られたら、街じゅうがパニックに陥る可能性がある」
「セディーリャにコントロールさせろ」
「もう相場はとっくにセディーリャの手を離れてる。買い支えなんてしなくても、みんなが勝手に買い支える。最近じゃ他の町からやってきた連中までが投機に手を出してる。これ、弾けたら、国じゅうでどえらいことになる。おれが言えるのはできるだけはやく現ナマを手に入れて、あとは静観しろってことくらいだよ。イヴェス、あんたもひょっとしてマンドラゴラにカネ出してる」
「そんなカネがあれば、食費にまわす」
「ですよねー。で、どうするの?」
「お前たちがセディーリャを好意的な目で見ていることは知っている」
「お前たちって、おれと叔父さんのこと?」
「そうだ。だが、わたしの見方は少し違う」
その違う見方ってやつが総天然色で見えてきた。
バブルが崩壊したら、投機家たちがバラバラにする前にセディーリャをとっつかまえて、法の裁きを受けさせるつもりだ。
ただ、イヴェスはわざわざおれにセディーリャがこれまであちこちでブームを巻き起こしては破綻後に消えたことを教えたということは、おれ経由でセディーリャに警告を出せという意味合いもある。
セディーリャを法廷に引きずり出すことは好ましいが、できるなら一番被害の小さい方法でこのバブルを弾けさせ、カラヴァルヴァを平常に戻したいという意思もある。
それができるなら、セディーリャが逃げる時間くらいは与えるということだ。
イヴェスはただの正義馬鹿ではなく、トータルで正義を測れる。
イヴェスが渇望しているのは秩序であって、狭量な原則主義じゃない。
セディーリャと一度話をしてみよう。
いま、どれだけ相場を掌握しているのかも知りたい。
「用事はもうおしまい?」
「そうだ」
「そっか。なあ、イヴェス。これは知っておいてほしいんだけど、おれも叔父さんも大勢の破産者がカザルス塔から飛び降りてトマトペーストになるのを見たいわけじゃない。そこんところはある程度分かる。ただ、セディーリャってのはある種の運命論者だ。それも運命を動かす力が人間には存在すると考える運命論者だ」
「つまり?」
「セディーリャは免責くらいで動く男じゃないってこと。やっこさんは間違いなく弾ける瞬間を見たがってる」




