第十七話 ラケッティア、脚本家になる。
マダム・マリアーヌから〈槍騎兵の戦乙女楽団〉なる踊り子さんたちを専属にして以来、売り上げが三倍になった。
〈パンケーキ〉の客は分かりやすい。
彼女たちがステージに立つと同時にアサシン娘たちを舞台から下げたが、それというのもうっかりものの客がプロの踊り子さんとうちのアサシン娘たちを比較して、貧乳とか幼児体型とかもらして、流血の巷になるのを防ぐためだ。
幸いにもアサシン娘たちは劇に飽きていた。
彼女たちの新しいおもちゃはヴォンモである。
以前、ヴォンモがおれのことをマスターと呼ぶことを許されたワケについて、後で説明すると言って、すっかり忘れていたので、いま説明するのだが、四人はヴォンモをアサシンに育てようとしている。
まあ、妹分になった段階でそれは予想した。
本人にそれでもいいのかと一応たずねると、
「おれはマスターの役に立ちたいから。平気です」
と、素直なおれっ娘のアサシン候補生として健気さを全開にしてきた。
ヴォンモはまじめに暗殺術の体得に励んだ。
なにせ四人はアサシンとしては一流だが、教師としてはダメダメで、たとえばマリスが剣の練習を始めて、短剣の型を教えて繰り返させると、三分もしないうちに先生のほうが飽きて、ほかの訓練をやろうという始末。
アレンカ、ツィーヌ、ジルヴァも同様で気ままでちゃらんぽらんな教え方をしているのだが、ヴォンモはそうした破綻寸前の授業のなかから重要なものを選び取り、スポンジみたいに技術と知識を吸収していった。
もう半年もしないうちに大人の男が彼女になめた態度を取ったら、きっちり思い知らせることができるようになるかもしれない。
さて、〈ラ・シウダデーリャ〉の二階にある事務室で店子たちの売り声をききながら、おれは芝居の脚本を書いていた。
ほら、アサシン娘が舞台を降りたでしょ?
で、マダム・マリアーヌから借りた踊り子たちも興行的には大成功なんだけど、やっぱり客はコロシ劇も見たいってわけ。
そこでコロシ劇をどうするか考えてるわけでござんす。
アサシン娘たちは自分たち以外の人間が自分たちの仕事の再現をすることにはNGを出している。
プライドの問題だし、女の子のプライドを無下に扱うようなことはしちゃいかんと思うわけです。
じゃあ、どうするかといえば、まあ、ほかのコロシ劇をかけるわけなんですが、どうもインパクトが足りない。他で見られる劇をかけてちゃ意味がない。
一歩先んじないといけない。二位じゃだめなんですよ、二位じゃ。
で、おれが脚本を書いてる。
正直、脚本なんて今まで書こうと思ったこともないし、書けると思ったこともないし、書かねばならぬ理由もなかったわけだが、既存の脚本を眺めていても、納得のいくコロシ劇が見つからない。
なら、自分で書けばいいじゃないか。
自分の買った劇場で自分の書いた劇をかけるなんてこっぱずかしいが、客が納得するものをかければ、別に問題はない。
最初に考えたのはハムレットとマクベスからコロシのシーンだけ抜粋してくっつけたその名も『ハムベス』。
だけど、考えてみると、おれは暗唱ができるほどウィリアム・シェイクスピアにハマったわけではない。
読んだのはマンガで分かるシェイクスピアだけ。
……。
以前から思ってたんだけどね、歴史上の偉人のファーストネームをくだけた呼び名に直すと、なんだかポン引きっぽくなるよね。
ビリー・シェイクスピア。
ジョニー・バッハ。
フランキー・ザビエル。
ミッキー・ノストラダムス。
ね、なんかケチなマリファナ売ってパクられそうな名前っしょ?
これをスペイン語ふうに崩すとだね――、
ナチョ・デ・ロヨラ。
ホルヘ・ワシントン。
ペペ・スターリン。
おお、ルチャリブレっぽい! ペペ・スターリン、めっちゃ悪役!
……。
いや、思い浮かばないんですよ、脚本。
だって、そんなもんの書き方、高校でやらなかったもーん。
なんつーか、あれだな。
いいコロシ劇を書くにはいいコロシを見ないといけない。
アサシン娘たちにあいつ殺ってこいと命令する以外にコロシを見る方法は、と。
いやいやいや。ここはカラヴァルヴァだぞ?
外に出て、五分も歩けば、いくらでも殺人事件が転がってる。
殺すやつも殺されるやつもゲス野郎なあとくされなしのコロシはいくらでもある。
よし、とおれは立ち上がると、事務室の隣のレクリエーションに使われている表側の部屋へ飛び込んだ。
「これからコロシ見に行くけど、一緒に来る人、手ぇあげて!」




